114 【 激突 】
翌朝、碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月28日夜明け。
ティランド連合王国本隊は、ジェルケンブール王国軍本隊を視認できる場所にまで侵攻していた。
互いに、地平線の先に相手のカラーが見える。赤紫と黒、互いの正規兵の集団だ。
そして上空では既に、両軍の飛甲騎兵が激しい空中戦を繰り広げていた。
ティランド連合王国軍、本隊21万人。
全てが飛甲板に搭乗しており、飛行騎兵から見れば、大地に赤紫のタイルを張り付けたようにも見える。
この後方には、分散した部隊が合計10万人。そして予備軍8万人も健在だ。ここまで本隊に損害と言えるほどの被害は出ていない。
だが駐屯地の生き残りが存外にしぶとく、どちらの部隊も交戦中である。
後方からの援軍は望めて2万人といったところだろう。
北方の左翼軍は予想通り敵少数部隊との交戦に入っており、こちらは乱戦模様だ。
「グレスノームは何と言ってきた」
「右翼軍はマリセルヌス王国軍と合流を果たしました。しかし、夜明けと共に人馬騎兵隊を擁する敵部隊と交戦。戦況は芳しくないとの事です」
「そうか。まあ最初から俺達だけでやるつもりだったからな。構わねえさ」
◇ ◇ ◇
そう言うカルタ―の眼前に迫るのは、ジェルケンブール主力部隊である正規兵44万人。
更に地平線の両翼へと広がりを見せているのは、200万を超す民兵隊だ。
正規軍は全て大型の飛甲板に搭乗し、その様子を上空から見れば、こちらも連合王国と似たような黒塗りのタイルの様に見える。
一方で、民兵は全て徒歩。彼らはこの機動戦に関わる事は殆ど無い。空を飛ぶ機動部隊には無力だからだ。
だが一度下に落ちれば、彼らは虫のように群がりその兵士を殺すだろう。
そして、投入された人馬騎兵は30騎。全てが完全に起動し、出撃の合図を待っている。
夜中の襲撃からここまでで、襲撃された駐屯地は14カ所。その総兵力は正規兵30万人と民兵500万人程だ。
最大規模であったウィンバート駐屯地が陥落した他、幾つもの駐屯地が壊滅した。
だが、多くの駐屯地は今も抵抗を続けている。いくら軍事大国ティランド連合王国軍でも、これだけの要地・兵員を一夜にして滅することは出来ない。
数としてもこちらが多く、それぞれ10日から20日は持ちこたえられるだろう。
当方の援軍としては当てにできないが、あちらの援軍も防いでくれる。そして何より、退路を断てる位置にいる点が大きい。
今は守勢だが、連合王国本隊が潰走したとなれば、一気に攻勢に転ずる事が出来るのだ。
今現在、双方の主力は2キロメートルほどの距離を取って睨みあっているが、これはティランド連合王国が随時集結し、部隊を配備しているためだ。こちらが防衛する立場とは言え、それが終わるまで待ってやる義理は無い。
「人馬騎兵隊、突撃せよ!」
クライカ王の命を受け、30騎の人馬騎兵が突撃を開始した。
◇ ◇ ◇
戦場に激震が走る。
人馬騎兵の重量は、約2千トン。それが時速100キロを超す速度で走るのだ。
大地は地響きを立て、そこにある岩は勿論、木すらも根こそぎ掘り返す。
局地的な大地震が移動してくるようなものだ。徒歩であれば、近くを走られただけで足の骨が砕けるだろう。
「いよいよですね、陛下」
重甲鎧のスピーカーから、エンバリ―の声が聞こえてくる。
「ああ、夕べの奴はまともに動かない木偶人形だったが、今回は本番だ。各員、予定通りだ! 気合を入れろよ!」
連合王国も、カルターの指揮の元、一斉に突撃を開始した。
◇ ◇ ◇
先頭を走る人馬騎兵のコクピットから、紡錘形で突撃してくる部隊が見える。
先頭は装甲騎兵。そしてその上には、巨大な重甲鎧が悠然と立つ。
幸いにして、昨日のカルターの戦闘は報告されていなかった。
獲物を見つけた人馬騎兵は、悠然とランスを構えて加速する。
動きの鈍い重甲鎧など一撃――そう考えたのだ。
そしてそれは間違ってはいない。相手がカルターでないのならば。
◇ ◇ ◇
真っ直ぐに突き立てられたランスを斧の腹でいなす。
上から押される形になるが、装甲騎兵は柔軟に高度を変え人馬騎兵の腹部分に体当たりを敢行した。
人馬騎兵の腹部に特攻を仕掛けた装甲騎兵は、轟音と共に無残にも拉げ落下する。
だが同時に、人馬騎兵側も人間部分を左肩から人馬の接合部までを、バッサリと斬られていた。
「なんだと!? あれはカルタ―か!」
遅れて後方にいた2騎の人馬騎兵達が、目標が何者であるかに気付く。
カルタ―の扱う重甲鎧は、それなりに有名だ。いや、敵にとっては悪名と言って良い。
幾多の人馬を葬り去った赤紫の巨兵。それも体高は4.6メートル。通常の重甲鎧の2倍ほどの大きさだ。
必要な魔力も桁違いであり、並の人間に扱えるものではない。
だが何より他と違うのは、その特異な機動性だろう。
チャリチャリチャリチャリ――
鎖の音が戦場に響く。
操縦席を断ち切られた人馬騎兵の胴に、いつの間にか一本の斧が刺さっている。副兵装として、背後の装備されていたものだ。
柄には金属の鎖が取り付けられており、それを本体が巻き上げている音だった。
通常であれば、鎖程度で重甲鎧の重量を支えられるものではない。
だがこの鎧は、それを可能にしたものだ。
この大きさだと、もはや鎧の様な外骨格的な運用は出来ない。完全に乗り物だ。
扱いとしては、飛甲騎兵とほぼ同じと言って良い。炉も同じ物が使用される。
だが重すぎる事と一人乗りと言う事もあり、空を掛けることは出来ない。
しかし僅かに浮かすことが出来るため、その身軽は他の重甲鎧とは比較にもならないだろう。
「あれが浮遊式重甲鎧か。見るのは初めてだな」
「僅かとはいえ、あの巨体を浮かせるとはね。流石の高級品だ。だが――」
カルタ―は、最初に潰した人馬騎兵の背に乗り移っていた。
操縦士を潰された人馬騎兵は、そのまま一直線に戦場を疾走する。同乗する二人の動力士はパニックだろうが、操縦は出来ないのだから仕方がない。魔力が尽きるまでは、このまま走り続けるのだ。
その背後から、新たな2騎の人馬騎兵が襲い掛かる。
左の人馬騎兵はランス。右の人馬騎兵は長柄戦斧。
正面からの付きと上空からの振り下ろし。それぞれ異なる角度、軌道からの立体的な攻撃。
だが僅かに先にランスが当たり、重甲鎧の巨体が軽々と突き飛ばされる――いや、先端をショルダーの装甲板で受け、自ら体を預けたのだ。
火花が走り、超重量の重甲鎧がまるで滑るように人馬騎兵の背から中空へと押しやられる。
遅れて、今までカルタ―がいた人馬騎兵の背に長柄戦斧が突き刺さる。
その瞬間――
「しまっ――」
長柄戦斧を引き戻す間もなく、その首に鎖が絡まる。
同時に迫りくる巨大斧。
操縦士は死を覚悟する間もなく、一撃のもとに操縦室ごと斬り裂かれていた。
「こちら032。030と031はやられた。敵は――」
報告と同時に、ガクンと一瞬期待が傾く。
(まさか!?)
騎体を回すが、目に映るのはもはや直進するだけの人馬騎兵。ついさっき、隣で長柄戦斧を振るっていた騎体だ。
だが、その背には誰も乗ってはいない。或るはずの物が、そこには無い。
人馬騎兵032の操縦士は察した。今、敵が何処にいるのかを。
「こちら032。敵の重甲鎧はカルターだ! 後は頼む」
その報告が終わらぬうちに、背後から振り下ろされた巨大斧の一撃が操縦士の命を断った。
その通信を受け、他の人馬騎兵乗りが色めき立つ。
相手は軍事国家ティランド連合王国。国王を殺しても、すぐに次の国王が現れる仕組みであり、その首自体にはさほどの価値も無い。
だが、さほど程度には価値があるのだ。
「国王が出てきたぞ! 033から037までの各機は奴を始末しろ!」
「「「了解」」」
指示を受けた5騎の人馬騎兵がカルタ―めがけて進軍する。
とはいえ巨大な重甲鎧や装甲騎兵も、12メートル級の人馬騎兵からすれば小さい的だ。全騎で攻めるわけにもいかず、先ずは1騎がランスを構えて突撃を開始。その背後に4騎が隊列を作る。
だがその瞬間、轟音が響く。
カルタ―に気を取られた瞬間、上空で戦闘中だった飛甲騎兵隊が、後方の三騎に体当たりを行ったのだ。
人馬騎兵に何騎もの飛甲騎兵が突き刺さっている様子は、まるで小型のサメに襲われた大型魚の様だ。
だが飛甲騎兵は、随時突き刺さった衝角を切除して上空へと離脱する。
これは全ての飛行騎兵が備えている機構だ。そうでなければ、空中戦で体当たりが成功しても、そのまま一緒に墜ちるだけである。
「こちら036。後部動力士をやられた。すまん!」
「気にするな、こちらは少し重くなっただけだ。このまま攻撃を敢行する!」
一方で、人馬騎兵側も致命傷にならない部分は多い。
問題になるのは操縦士た動力士といった人間、魔道炉と出力伝達系統、それに脚部であり、それ以外は幾ら壊されてもさほど影響は無いのだ。
攻撃された3騎の内、1騎は動力士をやられたが、残り2騎は衝角が刺さった程度の事。少し騎体重量が増えた程度の影響しかない。
それよりも、問題は上空で行われていた空中戦の方だ。
こちらに手を回してくる余裕がある事は、すなわち味方の飛甲騎兵隊の劣勢を意味している。
だが、そのやり取りをしている最中にも、033号機の胴体が切断され、地面に落下する。
無人となり疾走するその騎体の背に立つのは、当然ながらカルターだ。
(これで5騎か。序盤の手としては上手くいったが、後はあいつら次第か……)
残る3騎が、疾走する人馬騎兵とその背に乗るカルターを追う。
だが危険な相手であることは言うまでもない。しかも今は、空からの襲撃の危険もある。
(一度本陣に判断を仰ぐか……)
そう考えた034号騎の無線に、緊急の連絡が届く。
「こちら本陣右舷防衛隊。”神出鬼没”のリンバート隊にに突破された! 至急援軍に戻られたし!」
「こちら本陣左舷防衛隊。敵の突破を止められない! 敵は”四本腕”のアルダシルだ。援軍を乞う!」
上空から見れば、ティランド連合王国が紡錘陣形で前進し、その正面に人馬騎兵隊。
その背後にジェルケンブールの部隊が配置され、全周を民兵隊が囲んでいる。
そのままであれば、連合王国軍は人馬騎兵相手に手も足も出ないだろう。
だがカルター他数基の重甲鎧、それに飛甲騎兵が作った穴から、まるで紐のような布陣で連合王国が流れていく。
それはジェルケンブール軍に絡まり、応対した漆黒の軍隊と共に飛甲板による渦を作る。
相和義輝と戦った時と違い、かっちりとした陣形ではなく、その動きは魚の群れの様だ。だが、実際には陣形を組んでいない訳ではない。この形もまた、長い訓練の成果なのだ。
一方で、ジェルケンブール軍も同じように見える。見た目は同じだ。
だがこちらは、連合王国軍の動きに対応しているだけで、訓練された動きではない。
外見上は同じ、二つの大きな魚の群れ。だが、その差はすぐに形となって現れる。
連合王国軍は速度を落とさず渦を巻くように動き、一方で漆黒の軍隊は動きを封じられ、見る間に地面へと落ちていく。
正攻法では、戦う前から勝敗は決まっている。
このままでは、ジェルケンブール王国軍は見る間に崩され、やがてのその刃は王にも届くだろう。
だが――土煙を上げながら人馬騎兵が隊列を切り裂いていく。
ただ走りながら武器を振り回す。それだけで、血を吐く様な努力と修練で身につけた陣形が軽々と崩される。
圧倒的な力の差。戦場を走る漆黒のケンタウロスは、連合王国兵には死をもたらす魔族の群れだ。
その中に、一部塗装の間に合わなかった騎体が混じる。それなりに黒くは塗っているが、胴体部分に三つ星に七流星のマークが残っている。それは、これらを連合王国にもたらした死の商人の紋章だった。
長い訓練により身に着けた技、新たな技術によりもたらされた巨大機動兵器。
互いがそれぞれの持ち味を生かし、双方に多大な死傷者を出しながらも、戦況は互角といったといったところだろうか。
大地には無数の残骸と屍が転がり、悲鳴と怒声は絶えることなく続いていく。
「陛下、一度後退を」
「そうだな、こちらもそろそろ限界だ」
中央で戦っていた人馬騎兵隊は、敵本陣の防衛の為に帰還。カルターを牽制する為に2騎の人馬騎兵が残ったが、それもたった今、破壊し終わった所だ。
だがカルターと言えども人間には違いない。今は魔力切れの症状を起こし、これ以上の戦闘は困難だった。
「今日はこれまでだが……夜襲部隊の編成は出来ているな?」
「既に配置についております」
「よし、詳細はグレスノームに任せる」
しかしそれでも正念場だ。疲れたから――魔力が切れたから休みますとはいかない。
この大規模戦は、数日で終わるようなものではない。これから当分の間、このような戦いが続くだろう。
両軍合わせれば、いったい何百万人の死者が出るのか……。
ふと、最初に特攻を仕掛けた装甲騎兵を見る。
だが、そこから脱出した人間はただの一人もいない。運命は決まっていた。
作戦上仕方が無かった。昔であれば、気にもしなかっただろう。だが今は、胸にしこりのような感情が残る。
地位がそうさせるのか、それとも別の何かの要因か……それはカルターには分からない。
今も遠くで戦う両軍の姿を見ながら、もしこの地獄のような戦場に来れるものなら会ってやろう――そう考えていた。






