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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第五章   それぞれの未来  】
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110-2 【 ユニカっぽいもの 後編 】

 二人の魔人が鋏の場所に戻った時、そこには誰もいなかった。

 ゲルニッヒは腕を体に巻き付け、微動だにしない。

 一方、ヨーツケールの鋏や足を覆っていた珊瑚質の外殻はバリバリと剥がれ、金属質の本来の姿が露になる。


 《 ゴォアアアァァァァァァァ! 》


 同時に耳をつんざくような叫び声が上がり、体は玉虫色に明滅する。

 ヨーツケールは、パニックを起こしていた。

 同時に跳ね、その場から消える。


 ――探さなければ。


 大地を蹴り、木の幹を蹴り、空を掛ける。


 ――ドコダ、ドコダ、ドコダ!



 一方で、ゲルニッヒは動けなかった。思考が巡り過ぎ、体を動かす余力が無かったのだ。

 魔人達にとって、魔王の家族とはトラウマの塊であった。


 初めてこの世界に召喚した、自分達と意思疎通が可能な存在――魔王。

 苦難の末、彼との意思疎通に成功した魔人達は、生き物という存在の知識を得た。

 そして共に研究し、管理し、いつしか魔王は、魔人を友と呼ぶようになった。





 《 ガアアアァァァァァァァ! 》


 針葉樹の森に、魔人ヨーツケールの叫びが響く。

 それは命令。この領域に住む全ての生き物たちに、ユニカの探索を命じていた。


 この世界の生物は、魔人の言葉に服従する。

 だがエヴィアの様にいい加減に命令すれば、常に本人たちの意思が優先される。これはエヴィアが適当なのではなく、魔人はいつも生命を持つ他者を尊重していたからだ。

 しかしヨーツケールは今、強制の命令――友である魔王、そして同じ種族である人間以外には決して逆らえない、命よりも優先する指示を出していた。

 その姿はもはや人に遠慮するいつもの姿ではなく、神格を現した魔神。

 体色は赤と黒が混じり合いながら流れ、輪郭はぼやけ、霞み、まるでこの世界と隔絶しつつあるかの様だ。

 もしユニカがその姿を見たならば、改めて彼らは自分達とは違う存在なのだと認識しただろう。





 その叫びを遠くに聞きながら、それでもゲルニッヒは動けなかった。

 今でも思い出す……初代人類を絶滅させた日の事を。これは、どれほど捨てようとしても捨てられない魔人の記憶。


 魔人は、理不尽な要求をし、身勝手にふるまう人類を持て余していた。だが同時に、彼らの傍若無人な振る舞いは魔人達の興味を惹き付けた。

 なぜそのように考えるのか? 我が儘(わがまま)さえも、魔人達は楽しんだのだ。

 だが彼ら人類が魔王を打倒しようと蜂起した時、興味よりも危機感――自らの考えを優先させた。


 結果、魔王さえいれば問題ないとの結論に達し、魔王以外の人類全てを滅ぼした。そこには、魔王の家族も含まれていた。

 あの時の、魔王の憎悪の目は忘れない。初めての他人、初めての友……そして、初めてそれを失ったのだ。


 魔王の為に新たな人類を召喚し、新たな家庭も築かれた。だが、失ったものは帰っては来ない。

 魔王はもう、自分達を友と呼ぶ事は無かった。

 ただ最後に一つ、オスピアを……娘を頼むとだけ言い残し、彼はこの世から消える。自分たち魔人を置き去りにして…………。



 その後も魔人達は魔王のシステムを継続する事にした。

 もう生き物の知識は十分に蓄えられている。魔王無しでも世界は回るだろう。

 だが、最後の一人まで融合し意見を戦わせても、もう魔人は生命の絶滅に介入すべきでないと判断されたからだ。

 多くの反省を元に、魔王の力に耐えられるよう、より強く、より才覚溢れた人間を召喚した。

 だが(ことごと)く上手くはいかなかった。

 いや、世界の管理自体に大きな問題はない。だが彼らはどれほど優れていても、魔人の友にはなれなかったのだ。


 そんな時、今の魔王が召喚された。

 魔人が選ぶ強靭な人間ではなく、先代魔王自身が選んだ人間。

 これまでの引継ぎ教育を改め、人間世界で生活させることも合意した。


「もしかしたら、新しい魔王はそのまま人間になってしまうかもね」


 先代魔王のその言葉は、魔人達を困惑させた。

 だが結果として、新たな魔王は魔人達を仲間と呼んだ。その時の感動がどれほどであったろうか。


 そんな中、魔人達の心に古の思い出が去来する。

 家族に囲まれ、幸せに包まれていた初代魔王。もう一度、あの環境を作りたい。今度こそ、魔王に……我らが友に、未来永劫の祝福を与えたい。

 魔人達の、魔王の家族を求める考えは日増しに強くなっていった。


 ――ナノニ、ナゼ


 ゲルニッヒの思考は数万年に渡る記憶の海を彷徨い、肉体は石の様に動かない。

 だが感知する。高速で移動するモノを。

 それが何なのかを理解した瞬間、ゲルニッヒは全ての思考を止め動き出していた。





 ◇     ◇     ◇






「うっ、ぐうぅぅぅ……い、いだぁ……」


 ユニカが落ちた場所、そこは凍てつく世界だった。誤って、領域を越えてしまったのだ。

 高さは5メートルはあるだろうか、切り立った崖だ。

 腹から落ち、激痛が全身を巡る。股からは大量の出血が見てとれ、震えるように伸ばす手も殆ど動かすことは出来ない。


(なんでこんな事に……なっちゃったんだろう……)


 痛みと痺れで指一本すら動かない。視界が霞み、だが痛覚が気絶すら許さない。

 意識をお腹の子に向ける。だが――そこには何も感じない。


「ご、めん……ね……」


 どうしてあの時、逃げてしまったのだろう。なぜもっと考えなかったのだろう。何度も考え直したはずなのに、引き返さなかったのは何で?

 あの魔族達に殺されるから――それは嘘。そんな事がないってことは、ずっと分かっていた。彼らなら、絶対に許してくれる。

 間違いない……そう言い切れる程に、彼らの優しさを知ってしまっているのだから。


(ああ、だからだ……)


 怖かったのだ。それを認めてしまう事が。

 百年以上、魔族を憎んで生きて来た。悪い事は全て魔族のせいだった。この世の悪、人類の敵。深く考える必要なんてなかった。

 だけど、ここに来て全てが(くつがえ)ってしまった。見ず知らずの相手に抱いていた憎しみなど、簡単に消え去ってしまう程の現実があった。

 だから今までの常識が、過去が、自分自身が――消えてしまうような気がしたのだ。


(あたしは、あたしから逃げたんだ……)


 体は動かせないが、もう痛みも無い。

 最後に神に祈ろうとして――可笑しくなる。

 いつも胸から下げていた聖印(ホーリーシンボル)が無い。いったい、いつから付けていなかったのだろう。頭では抵抗しながらも、心はとっくに認めていたのだ。


(ユニカっぽいもの……ああ、あの時すでに、心はもう定まっていたんだわ)


 もし生まれ変わることが出来るのなら、次は魔族に生まれよう。

 力なんて無くてもいい。賢く無くてもいい。小さな小さな、名も無き魔族。

 でも、もしも許されるのなら、あの人たちの近く……微かな温もりを感じられるところで、生きてゆきたい……。


 ふと、目の前で小さな花が揺れている。それはとても小さな、白い一輪の花。


(モフギ草……咲いたんだ…………でも小さな花。何十年もかけて……やっと咲いたのがこれなんてね……)


 だけど、その小さな花と自分の姿が重なる。

 そしてもう一人の姿も。

 名前に反し、乱暴でも残忍でもなかった。少し線の細い、優しそうな人。

 彼はいつも遠慮がちだった。でも、何とか打ち解けようと努力していた。だけど、結局受け入れることが出来なかった。それも全部、自分が愚かだったから。

 もし、もう一度会えたのなら……。


「……あ…………」


 ユニカは、最後に何を言おうとしていたのか。

 死の気配を察知したルリアと、それを追ったゲルニッヒが到着した時、それは母子ともに、冷たい(むくろ)となっていた。

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