108 【 謁見 魔王、相和義輝 後編 】
「人類が作った壁。そこを線引きとして、不干渉地帯を作る。人間と魔族、互いに不可侵だ。将来的には友好関係を築きたいと思うが、それはまず戦いを止めてからだな」
「まあ妥当な要求であるの。だが、魔族領侵攻戦はいわば遠征。疲弊はせども、社会を覆すほどの事ではない。一時的に止めたとて、百年もすれば再び攻め込むだけよの」
「そうならない為に、こちらから人間に提供する物がある。太陽と海だ。空を覆う雲は消し、海の魔族は元の住処へと戻す。人間世界は今よりずっと豊かになるはずだ。だけど、魔族領に攻め込むのならそれは没収だ。太陽と海の恩恵が大きいほど、今の状況には戻りたくないだろう? 後は、人間社会で問題を解決していけばいい」
「確かに魅力的には聞こえるの。だが海は別として、太陽は同じことを考えた魔王がかつてもいたの」
「他にもいたのか?」
それは初耳だが、そういえば昔は壁が無かったんだ。今より人間と魔王との距離も近かっただろうし、交流の結果そうした魔王がいてもおかしくはない。
だが今は太陽が隠れていし、ゲルニッヒも嫌がらせだと言っていた。
まあ魔人が嫌がらせをするとは思わないので、魔王と色々とあったわけか。
「うむ、かつて太陽が出ていた時期はあった。だが最も近いのは1万5千年以上の昔であるの。当時は領域も豊かで、人も大いに発展した。だが……」
「結局は飽和したわけか」
「そうだ。平和であるほど、そして社会が安定するほど人は増える。当然、増えた人間は死なねばならぬ。結局、人間が増えるほどに、争いは激しさを増しただけであったの」
「それでまた隠したのか。魔王は相当に恨まれただろうな」
「そうだの。だからお主の提案は、既に失敗した道だ。それで平和がなるという甘い考えであれば捨てよ。最後には、今とは次元の違う規模の殺し合いが待っているだけぞ」
「……ああ、そうだな」
この辺りは予想していた。いや、俺が考え付く程度の事など、全て実行されていたと考えていいだろう。人間は馬鹿ではないのだから。
だが、ここからの事。それは、まだ誰もやったことが無いと確認済みだ。そして問題を根本的に解決するためには、俺はこれしかないと思っている。
「だから……寿命を与えることにするよ」
その言葉を、魔人達は静かに……いや、モグモグと食事をしながら聞いていた。
様子が全く変わらないので、魔人達の考えは分からない。だがスースィリアの様子を見るに、気にしてはいてくれているのだろう。しかしそれでも、俺の決定と覚悟を認めてくれているわけだ。
「そうか、寿命か……」
「やはり、知っているか。そうだ、この世界に召喚された人間達には元々寿命があった。それを前提とした命なんだ。だけど、こっちの世界では寿命が無い。だから色々とおかしくなっているんだよ」
「一つ伺いますが、ジュミョウとは何ですか?」
マリッカは知らないか。まあ先代魔王が教えなかったのだろう。
「要するに、30歳くらいになるとだんだん衰え始めて、100歳になる頃には死ぬ、そういった……うーん、自然のシステムみたいなものかな」
「それは最悪ですね。私の人生設計はどうなるのです? そんな事をされるのなら、ここでいっその事……」
急激にマリッカの殺気が膨らんでくるのが判る。こいつ本気だ!
――が、透明な何かがその後頭部をボカンと殴る。首がもげるような音がしたが、怪我は見られない。なかなか頑丈だ。
「アンドルスフ! 手を上げましたね!」
だが相当頭に来たのだろう。椅子から立ち上がり、後頭部を押さえながら左右を見まわしている。
正直、ここで喧嘩を始められても困る……。
「大丈夫だ、マリッカ。既に不老の人間には関係ない。これから生まれてくる人間だけだよ」
「フロウという言葉は分かりませんが、問題が無いのなら好きにしてください。アンドルスフは、後で話があります」
そう言いながら着席する。
まあマリッカが本気っぽかったので、アンドルスフは魔王の方を優先したのだろう。
その辺りは古からのしきたりのようなものだ。何とか喧嘩は避けてもらいたい。
「話が逸れたが、そういう事だ。寿命があれば、人間は戦争どころじゃない。これからはいかに人間が死なないように、そして長く健康でいられるように考えるはずだ」
「寿命に手を出すか……それかかつての魔王達すら手を出さなかった事ぞ。永遠に若く生きたいという人の夢、それを踏みにじり永遠の苦しみを与えるか」
「その永遠に若く壮健なままだけなら文句はないよ。だけど、この世界はそれじゃ維持できない。自己満足の為に殺される魔族はたまらないんだよ」
「なるほど、考えは分かった。だがわらわの知る限り、その変更は全世界規模であるの。魔王よ、お主は耐えられるのか? 魔神達はどうなのだ? 許すのであるか?」
「魔人は魔王の決定に従うかな。それはオスピアも知っているはずだよ」
パイナップルの様な果物を皮ごと食べながらエヴィアは賛成してくれる。まあ、魔人から反対は出ないだろう。
俺としても、リスクを考えればこの手札は切りたくはないさ。
人類と魔族による和平と未来の為に、俺は廃人化する。だが同時に、空に貯まった歴代魔王の憎悪……人間を憎む気持ちもこの世から消える。
次の魔王は、きっと俺よりももっと上手くやるだろう。
俺がこの結論に至ったのは、別に全てを投げ出して死にたいと思ったからじゃない。だけど、永遠に人を殺し続ける人生に、俺の心は耐えられないと予想できてしまったからだ。
そういった意味では、マリッカ……いや、先代魔王の計画も考慮はしている。
だけど今この話は無しだ。俺自身の心が決まっていない事を、口に出しても仕方がない。
「そうか……。ならばお主は人類の敵。人類から永遠を奪った禍。それこそ世界最悪の魔王として永遠に呪われるであろうの」
「そりゃまあ、そうなりますよね」
覚悟はしての決断だったが、改めてチクチク言われると居心地が悪い。
彼女としては、やはり人類側に立つ身なのだろう。
だけど分かっているはずだ。この世界は歪んでいる。どこかで誰かが正さなければいけないと言う事を。
「しかし、それもお主が死ねばご破算であるな。次の魔王がその考えを継承する保証はないの。やはり、この辺りの話は全てが終わってからよの」
「あー、その件なのですが……」
俺は正直に、俺が死んだら次の魔王は誕生しない事、そしてその時は魔人が人類を滅ぼすことを話した。
いや、隠しておいても仕方が無い事だしな。
「それはまた……面倒な事になっておるな。あ奴め、そんな重要な事を相談もせずに決めておったか」
そう言いながらオスピアはエヴィアを見る。
一応確認をと言う事なのだろうが――
「事実かな。魔王が死んだら、魔人は人類を滅ぼすよ」
「そうか……だが、それが真実かを実証する術は人類には無いの。やはり魔族領侵攻は止められぬ。精々死なぬことだの」
「いやまあ、死ぬつもりはないですけどね」
「どうかの。実は先ほど、浮遊城の使用許可を出したばかりでの。だが出したものは仕方がない、対処は任せる」
何という他人事感!
「その浮遊城って何ですか? 確か門の近くにあったと思ったけど」
「人類最上の決戦兵器であるの。7つの門にそれぞれ配置されておる。壁は所詮壁でしかない。実際に魔族から人間世界を守るのは、浮遊城の力よの」
「そんな大事なもの、動かしていいのかよ。つか動かさないでくれ」
「お主がもう1日早ければ許可は出さなかったやも知れぬ。だが過ぎた事だ。善処を期待するの」
酷い話だ……。
結局人類との戦いは避けられない。浮遊城とやらも出てくる。なかなかハードな展開だ。
だけど結局はやるしかないんだよなー。
既に引き返せない所まで来ているのは実感している。仕方がない、とりあえず俺も何か食べながら落ち着こう。
「これが甘かったかな」
そう言って、ピクピクと動く目玉がいっぱいついた洋ナシのような果物を差し出してくる。
今度は毒じゃないんだろうな?
――うん、確かに甘い。微妙に肉っぽい感じはするが、その点は考えない事にしよう。
そんな魔王相和義輝を見ながら、オスピアは今までの魔王にはない違和感を覚えていた。
会見の最初に、魔王がテルティルトを止めようとした。そしてエヴィアが冗談を言った 。それが少し信じられなかったのだ。
そして今も、何事もないかの様に会話しながら食事をしている。
相和義輝にとっては、この世界に来てからの日常的な風景。だが、彼女からすればあまりにも異常な光景だ。
「魔神とは、随分と近い関係の様だの」
「へ?」
近い……今一つ、言われた意味が解らない。
だがそう言えば、初代魔王の娘だったか。全ての魔王とこうして会っていたかは分からないが、色々な魔王を見てきたのだろう。だが、今までと何か違うのだろうか?
「普通だと思うけど、何か違うのかい?」
「今までの魔王と魔神の関係はお主とは違うの。使役させるか、はたまた機械のような関係と言えばいいかの。だが、どちらにせよ常に怖れと隣り合わせであった。魔神もまた、それを分かった上で距離を取っておったが……。お主は、そ奴らといて恐怖を感じなんだか?」
ああそういえば、魔王と魔人は長い間確執があるんだったな。
しかし恐怖? そんな事は感じた事も無い。
勿論、魔人が俺に積極的に危害を加える事は無いだろうなとは思っている。
だがそんな考え以前に、こいつらと敵対する道を感じ得ないのだ。
「ないですよ、そんなもの。なんて言ったらいいのかな……まあ、気の良い連中です」
「気が良いか……お主はどう思う?」
そう、食事中のマリッカを見ながらオスピアが訪ねる。
こちらが謁見中で緊張しているのに、さっきから平然と食って飲みしている神経のずぶとさは凄い。さすがは先代魔王の娘と考えていいのだろうか。
「そうですね、正直に言えば恐怖は感じます。今は抑えているようですが、神格を顕わにしたら咄嗟に武器を握ってしまうかもしれません」
だがそんなマリッカから出る意外な言葉。つかアンドルスフと一緒にいるんだろ?と思ったが、あれはいつも見えていないか。
というか、お前さっき喧嘩しようとしていたよな?
しかし神格ねぇ……。
「ピンと来ないけどな……」
「そ奴らは魔神……神であるぞ。分かっておるのか?」
は? それはさすがに『この人は何を言っているの?』だ。
左を見れば、エヴィアは蜜をたっぷりと乗せた林檎をもぐもぐと食べている。
右を見れば、こちらはテルティルトが短い脚で器用にケーキを掴み夢中で食べている。まるでバキュームカーの様に食いまくっているが、欠片一つ飛ばさないのはさすがだ。執念すら感じるな。
「うん、こいつら只の食いしん坊です」
だが冷静に考えてみれば、納得できる点も無いわけではない。
大地を作り、生命を創造する。それは確かに神の所業ではある。
あの日、エヴィアは『まじん』と名乗った。いや、そういう言葉に翻訳された。
あの時俺は、その姿から魔人と捉えて今日まで来た。だが実際はどうなのだろう? あの時、もしかしたら魔神と名乗ったのではないだろうか……。
人間は自分達に都合のいい神を作り、その言葉に従ったという。
そして敵である魔族――それを守る、自分達が考えた最強の存在である神にも匹敵する力。
それはまさしく、魔族の神だ。そういった意味で付けられた名前なのだろうか。
だがしかし――
エヴィアとテルティルトの頭を撫でる。
魔人達を、今更神様だと崇める? それは有り得ない。
「こいつらはちょっといい加減で、呑気で無責任で、そのくせ食い意地が張ってるけど、俺の大事な仲間……いや、家族だよ。今更神様とか言われても、もうこの関係は変わらないな」
「そうであるか……いや、良い」
オスピアは前魔王との会話を思い出していた。確かにあの日言われたように、目の前の魔王からは何の才も感じ取れない。ごく普通の人間だ。
だがそんな力なき人間が、魔神を家族と呼ぶ。
おかしなものよ……人の世界から隔離され、同じ人間から命を狙われ、異形の者に囲まれ暮らす。狂気と孤独の世界であろう。だがそれでも自己を見失わず、それどころか人間との共存すら考えておる。
これは確かに、目に見える才能ではない。だが、拗れ、歪み、絡まってしまった人類と魔族の関係。それを壊せるのは、実はこういった人間なのかもしれぬ。
「やはり惜しいの、魔王よ。悪い事は言わぬ、魔族領は捨てよ」
「それは……海にでも逃げろという事か?」
「それも良し。だが、必要であればハルタール帝国が面倒を見ようぞ。そして魔族領を消し去っても、人の世は変わらない――その現実を人類が知った時、改めて人の世を変えればよい」
それはすなわち、魔族領に住む生き物達を見捨てるという事か……。
「それは却下だな。俺には、彼らを見捨てることは出来ないよ。だから戦う道を選んだんだ。それに、なんかいきなり負ける前提になってないか?」
「相手が相手だ。正直に言ってしまえば、勝てぬだろうの」
「つまり浮遊城の使用許可を出した相手は、リッツェルネールであるという事ですね」
「彼か!?」
まさか彼と戦う……いや、今までも実は戦っていたのかもしれない。しかし面と向かって戦う事になるとは思っていなかった。
そもそも、確か結婚して人間世界で暮らす様な事を言ってなかったか? なぜそうなったかは色々あるのだろうが――
「彼は強いのか?」
「強いというか、軍略に関してなら右に出る者はいませんよ。なんと言いましょうか、真綿で首を締める様な戦い方が大好きな男です」
「戦略、こと軍略に関しての専門家だの。これまでの、中央を介した緩慢とした攻め方ではない。次の魔族領侵攻戦は、具体的かつ迅速に行われるであろう」
二人から説明が入るが、正直戦略とか軍略とか全く分からい。いや、言葉くらいは知っているが、具体的にどうするのかは想像もつかない世界だ。
だがまあ、かなり大変な相手だという事は理解できる。今のままでは、確かに厳しいかもな。
「心配してもらえるのはれしいけど、俺はやっぱり逃げるより戦う道を選ぶよ。それは、この世界で魔王になった時から変わっていないさ」
「意固地な男であるの」
「誉め言葉として聞いておくよ」






