093 【 勝利 】
天に雷鳴が響き、地には激しい雨が降りしきる。
両軍互いに譲らぬも、マリセルヌス王国軍の優勢は明らかだった。
ジェルケンブール王国軍が弱い訳ではない。だが、やはり軍事一辺倒の国を相手では分が悪い。地の利が無い上に、雨による視界の悪さがそれに拍車をかけた事も災いした。
「奴の足を抑――」
配下に命令を出していた漆黒鎧の指揮官が、ロイの一撃を受け首から上が吹き飛ばされる。
もはや元の色なのか血の色なのかも分からないほど真っ赤に染まった重甲鎧は、ジェルケンブール兵にとっては魔族にも等しかった。
しかも場は乱戦になっており、敵の数も状況も未だに把握できていない状況だ。ロイの果敢な突撃が、それを確認する時間的な余裕を与えていなかったのだった。
だが遠くから、大地を響かせる重低音の地響きが届く。その音はジェルケンブールの兵士達に光明と余裕を与え、逆にマリセルヌスの兵士達には雷光で撃たれたかのような動揺が走る。
「陛下!」
「分かっている! やはり出してくるか」
雨を切り裂き猛進する三体の巨兵。靄がかかったような視界の中、それは黒く巨大な死神のように映る。
ジェルケンブール王国の人馬騎兵だ。
戦場に落雷のような轟音が響くと同時に、1枚の飛甲板が潰れ地面に叩きつけられる。巨大な長柄戦斧による一撃。その一振りで、戦況は一変した。
人馬騎兵と飛甲板の全長はさほど変わらない。むしろ幅で見れば飛甲板の方が上だ。だが高さが違う、装甲が違う、速さが違う。そして何より戦闘力では別次元の差があった。
歩兵の上陸による斬り合いではなく、ただの一発。それだけで、悠々と飛甲板を無力化できる。彼らにとってフワフワ進む飛甲板など、宙に浮いたビニールプールでしかないのだ。
「マリセルヌス軍を蹴散らせ!」
人馬騎兵隊に強襲された右翼軍は、瞬く間に崩壊した。
指揮をしていたゲルトール将軍の重甲鎧はランスの一撃で穿たれ、その死骸は戦場に高々と掲げられた。
残った残存部隊もまた、軽々と墜とされ屍を晒してゆく。懸命の応戦も、巨兵の前では無力だ。
「陛下、右翼に人馬騎兵が――」
「分かっている!」
部下の報告を遮って、襲い掛かるジェルケンブール兵を粉砕する。その棘付メイスの一撃は、地面である大型飛甲板の天板を凹ませるほど。まだまだ魔力には余裕があるが、戦闘開始から既に4時間。通常の人間であれば、重甲鎧の稼働は限界に近い。
その魔力切れに期待し、或いは人馬騎兵の援護で士気を高め、漆黒の兵士達は怯むことなくロイ王に殺到した。
◇ ◇ ◇
アヴァンダ湖畔からも、その戦闘の様子は見えた。大雨で距離も遠く色合いだけでしか大勢は分からないが、人馬騎兵の姿は十分に確認できる。
「ご決断を……」
全身鎧を纏った兵士の一人がポレムに進言する。
「決断など、とうに出来ているわ」
絞り出すようなか細い声。だが芯の通ったその声には、臆してる様子は微塵も無かった。
ただ待っていたのだった。
◇ ◇ ◇
右翼軍はゲルトール将軍を失ってもまだ潰走はしていなかった。ただ陣形は崩壊し、倍近い数を相手にもはや成す術はない。
その様子を確認した人馬騎兵隊は、1機を残し、残る2騎がアスターゼン将軍率いる左翼軍へと移動を開始する。
「こりゃダメだな。一応、ワイヤーも試してみるか」
全身真紅の全身鎧に三日月の飾りを付けた兜を被った男。アスターゼン・ハイルドは、迫る人馬騎兵を相手にしながらも落ち着いていた。
勝算があるわけではない。単に、死んだら死んだで良いやと思っていた程度である。だが、その前にやれることは全て済ませておく主義であった。
遺品となるものは整理して出かけた。血族に別れも済ませた。ロイに苦言も呈した。そして今、二枚の飛甲板が人馬騎兵の左右に散る。
間に張られたのは太さ5センチのワイヤーロープ。重機を使い、この為に必死で設置した物だった……のだが――
――ブチンッ!
足に引っかかったワイヤーは、何の抵抗も与えることなく易々と千切れ飛ぶ。
「コンセシールが使ったって聞いたが、やっぱりダメだな」
商国の飛行騎兵が出来たのは、複数、そして上空からの多種な角度、それに空中制御の柔軟性があっての事だ。単に足元に引いたワイヤーでは、5センチどころか10センチでもたいして変わりはない。
「全員敵飛甲板に乗り込め! ここでアレに殺されるよりはマシだ。各員、訓練の成果を見せろよ!」
アスターゼンは愛用の両刃斧を掴むと、圧倒的多数が待つジェルケンブールの飛甲板へと乗り移った。
中央のロイ王の本隊は、敵に完全に囲まれる形ながら奮戦している。
右翼軍は風前の灯火であるが、左翼では多くの味方が敵飛甲板の上で乱戦を始めている。
この状態であれば、暫くは人馬騎兵は遊兵化する。だが――
「陛下! 4騎目が現れました!」
その漆黒の人馬騎兵は、突入中のロイの部隊の背後から現れた。まだ到着にはわずかの猶予があるが、あれに背後から切り込まれたら中央に斬り込んだ本隊は完全に袋のネズミとなってしまう。しかし、ロイ王に焦りは見られない。
「やっと4騎目がお出ましか。確か、この周辺で確認されている人馬騎兵は4騎のみだったな」
「飛行騎兵からの偵察によれば、その様です」
「ならば良し。あいつは臆病で小さいが、それでもやるべき事を投げ出したりはしないさ」
◇ ◇ ◇
「作戦開始!」
高い少女の声が、ケールオイオン王国残党軍の陣に響く。
同時に62枚の飛甲板が、一斉に左翼部隊を攻撃している2騎の人馬騎兵へと猛進する。王国最後の精鋭1200人の特攻部隊だ。
その様子はジェルケンブール軍からも確認できたが、数があまりにも少なすぎて脅威には映らない。
だが、丁度手空きとなっていた人馬騎兵にとって、それ格好の獲物であった。
「こちら208。当方に迫る少数部隊を発見。雨で視界が取れないが、おそらくケールオイオンの隊だ」
「209からも確認。視界が悪く数がはっきりしない。だが多くて50枚前後。どういたしますか?」
「こちら206。209は少数部隊の確認と殲滅に当たれ。207、208は予定通りマリセルヌス軍に当たる」
「209了解」
通信を終え、一騎の人馬騎兵がケールオイオン王国軍へと対峙する。
雨でぬかるんだ足元のせいで操作はきついが、飛甲板程度なら恐れるに値しない。そう考えた彼の眼前に、予想もしなかった光景が広がっていた。
精鋭の突撃と共に、通信兵達が一斉に貝を振る。
「成功するでしょうか?」
兵士の一人が心配そうに彼らが新王に尋ねる。しかし ポレムはきっぱりと――
「するわよ。この土地は私たち血族が作ったの。どんな細かい地形だって、すべて把握しているわ」
彼女の言葉の終わらぬうちに、辺りは地響きに包まれる。
一瞬のそれが過ぎ去るや否や、今度は豪快な炸裂音と共に青い壁を戦場に出現させた。
湖を囲む巨大防塁。それを破壊したのだ。
溢れた水は津波の様に戦場を駆けぬけ、地上に落ちていた兵士達に襲い掛かった。
最初は青かった水の壁は、土を巻き込みながら一瞬で黒く染まる。
不気味なほど体の芯に響く、唸り声の様な音を響かせながら迫り来るその姿は、まるで巨大な怪物の様だ。
その前には敵も味方も無い。意思無き水の怪物は、地上に落ちた部隊を飲み込んでゆく。
虚を突かれたジェルケンブール兵士達は悲鳴を上げ逃げ惑う。だが一方で、マリセルヌス兵士達は笑みさえ浮かべながら濁流へと消えていった。
彼らは、自分の運命を知っていたのだ。そして、その後の結末も……。
中空を進む飛甲板は水深の分だけ浮き上がるだけだが、徒歩の人馬騎兵もまた、濁流に足を取られてしまっていた。
水深は3メートル程度。人馬騎兵の高さなら、馬の足の膝丈程度だ。だがここのは一面の田畑。柔らかな土は泥のようになり、千トンを優に超える巨体は勝手に更に深くまで沈んでしまう。
「クソ! こちら209、足を取られて動けない」
「こちらも同じだ。移動不能!」
「落ち着け! 外部ハッチのロックを確認しろ。中に入られなければどうという事は無い。水が過ぎるのを待て! 奴らめ、どうせ奪われるのなら自滅しようって魂胆か!」
人馬騎兵たちは、左右の武器をでたらめに振り回しながら水が過ぎるのを待つ。だがその背後から、旧式の装甲騎兵が半ば水に沈みながら接近しつつあった。
「これ以上の接近は武器が届いてしまいます。行けそうですか?」
「十分でございます。それでは……」
操縦士の言葉に応えた男。身長は179センチ。濃い褐色の肌の上には、灰色の軍服に朱色の革のジャケットを纏う。インナーには濃紺のレオタードを着ているが、男性が着るのは決して珍しくはない。これはサイアナなどが使う魔力増幅器だ。
短く揃えた黒い髪に、知的な色を滲ませる黄色の瞳が、装甲騎兵の司令塔から人馬騎兵を睨めつける。
キルター・キャスタスマイゼン。エンバリ―と同じ魔導士の血族。
以前は中央人事局副局長を務めていたが、魔王が壁を越えた責により失脚。以後はこうして兵役に就いていた。
彼が使う魔法は、風の刃――
見た目には何の変化も無い。だが、人馬騎兵の後ろ足が畳まれ地に落ちる。
「なんだ!? 後部、連絡しろ! エルゼア、聞こえているのか!?」
209号騎の操縦士が叫ぶ。だが返事が来るどころか、今度は前足まで動力を失い畳まれてしまう。
「こちら209、トラブル発――」
その最後の言葉を残し、209号騎の操縦士は操縦席を自らの血で真っ赤に染めて絶命していた。
操縦席で発生したカマイタチによってズタズタに切り裂かれていたのだ。
魔法には手元で発生させ打ち出す投射型と、座標を指定して発生させる出現型がある。
前者は簡単だが、人馬騎兵の装甲には通じない。一方後者は扱いが非常に難しい。人間には、3次元の座標を正確に把握する能力が無いからだ。オスピアや魔族でもない限り、数百メートル離れた場所に正確に発生させることは難しい。
だが、ここまで近づけばそれも可能だ。
魔法の前ではどのような重装甲も通じない。魔族領で飛行騎兵などの機械化部隊の使用が限定的になる所以であり、同時に魔族が恐れられる理由でもあった。
「ここは完了です。急ぎましょう、水が引くまでに残り3騎を倒さねば、我らは全滅ですからね」
「了解した。本部、こちら装甲騎兵ギュンテル。対象の1騎を撃破。作戦を継続する」
戦闘中にその報告を聞いたロイは、この戦いの勝利を確信した。
碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月1日。この日ティランド連合王国は、開戦以来初めてとなる勝利を収める事に成功したのだった。






