26・守れない約束
この連載小説は未完結のまま約3ヶ月以上の間、更新されていません。
出しちゃいましたテヘペロ☆
今年は何かと忙しい年になりそうなので恐らく三か月じゃすまないレベルの警告を出しちゃうかもしれませんがよろしくお願いします。
エアコンの効いた部屋の午後一時。明音から唐突にLINEが来た。開いてみると、「夏休みの宿題見せて」という分かりきっていた文字列が目に飛び込んできた。私は当然、「知らん」とだけ返す。
何も彼女を責めるつもりはない。むしろ八月に入ったばかりのこの時期に、しかも「夏休みの宿題の範囲見せて」と言い出さないだけ彼女は成長した方だろう。
「頼む、今度アイス奢るから」という返信に、既読だけを付けて放置した。そのままLINEを閉じようとしたところで、今度はアイ先輩から何か飛んできた。画像ファイルが一枚、二枚……五枚?
アイ先輩とノゾミが海水浴場で自撮りしている写真だった。アイ先輩は黒のビキニで、ノゾミは上からTシャツを羽織っていて水着の形がわからない。最後の一枚でTシャツを脱いでいるかと思いきや、水着まで脱げて胸を隠しているところだった。
「……海かぁ」
二人とも楽しそうで、特にノゾミはいつも仏頂面なのに、あんなに笑っていて、私もうらやましくなった。私は枕を抱きしめると、明音に「海いかない?」とLINEを送ろうとした。
――――やめておこう。アイツ、会ったら確実に宿題をねだってくる。それにそろそろ日高見海岸もクラゲが発生する時期だ。
「来年まで待つかなぁ……」
とぼやいてLINEを閉じ、携帯を置こうとしたところで件の明音からLINEが来た。
『海いきたくね?』
なんてタイミングがよろしいんだろうこいつは。でももう遅い。私は行かないと結論を出してしまった。
『また来年ね』
すこし素っ気ないと思いつつ私はそう返した。多分、来年まで覚えてない。
そもそも海なんか行くのは小学生で満喫しきったんだろう。大人になるにつれて、そんなところにはいかなくなるものなんじゃないか、なんて少し思っていたりもした。
『いーじゃん。笑ったりしないから』
何を笑うんだこの野郎。
まぁ笑おうが笑うまいがいかない。私は携帯を放り出してベッドの上に寝っ転がった。
――――多分、明音もアイ先輩からあの画像をもらったんだろう。それで唐突に海に行きたくなった。そうだ、他意はないはず。
おかしいな、最初は行きたいと思っていたのに行かないだなんて。そんな自己矛盾を頭から追い払う。明音と二人きりなら、行ってもいいんじゃないんだろうか?
「……ないない、絶対ない」
と呟いた。そう、二人きりより、たくさんの人と行った方が楽しいはず。
――――アイ先輩とノゾミは二人きりで行ったけれど――――。
「ああもうっ」
私は寝がえりを打ちながらタオルケットをかぶった。
瞼が重くなっていく。エアコンの効いた涼しい部屋の中で、私は徐々に意識を手放し微睡み始めた。
ああ、心地いい。ぼーっとするこの感覚が、いつまでも続くようだ――――。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。
「はーい」
母さんがスリッパでペタペタと歩いていくのが虚ろながら聞こえる。新聞配達の人か、牛乳屋さんだろう。放っておこ……
「奏ー」
突然揺さぶられた。
「うぇえ……な、なに!?」
驚いて飛び起きる。寝起きで微かにしか映らない視線を右に左に動かし、やっとのことで声がした方を向いた。
「……海ならいかないけど」
私を揺さぶり起こしたのは、案の定明音だった。もう、勝手に部屋にあげないでって言ってあるのに。私は再びタオルケットにくるまって横になる。
「えぇー、いいじゃんいこうぜ。ほれ」
彼女は図々しくも、私が寝ているベッドに腰掛けてきた。
「やだよ。だってもうクラゲが出る時期じゃん」
「まだぎりぎり大丈夫だって! な、誰もお前の胸なんて笑ったりしないから行こうぜうぶっ」
明音が言い終わらないうちに飛び起きるや否や、うなじに手刀一撃。もちろん気絶とまではいかなかった。
「んなとこ気にしてねえ」
「じゃーなんだよその早すぎるリアクションは」
「……別に」
別に、どんな体型でも構いやしない。私の望むことが満たされるのであれば。けれど、ただ明音の絡みに応じてやっただけだと思いたい。
「今年はもう……めんどくさいし、それに……」
明音と二人きりで海に行くのは、なんだか恥ずかしい。さっきLINEを送ってきた二人は――――そうだ、夏休みに入る前に、キ、ス、をしていたんだ。
「それに、なんだよ」
私の気のせいかもしれないし、あの二人にデートをしているという意思があるのかも定かではない。それでも、今のままなのは嫌だった。二人きりでどこかにいく、何かをする、というのにその関係が“友だち”というのが納得いかないのかもしれない。私は彼女のことが好きなわけじゃないけれど、もうちょっと特別な関係でいたい――――。だから、今年は無理でも来年。私の気持ちが、私たちの関係が動くころに。
「……行くなら来年」
「そ、そっか……」
「来年までにはなんとかする」
明音の目を真っ直ぐに見て言ったつもりだった。彼女も私の目を見返してくれた。そのあと、私の言うことが分かったのか分かってないのか、微笑んで視線をやや下げた。
「一年じゃ無理だから諦めろって」
「へ……あっ」
一瞬空を突かれて間抜けな声が出たが、直後に明音の視線が私の胸に刺さってると気づいた。
「泣かす」
「待て待て、誰もお前の胸のことだなんて言ってないし無理なのは事実だし痛い痛いですやめて!」
全力で彼女の関節を握りあげた。
――――確かに、誰も私の胸が、なんて言ってないけど。
「いってー……馬鹿みたいにきつく締めやがって」
「私を怒らせたんだから、自業自得でしょ」
「へいへい」
ひょっとして、明音は私の考えを見越して言ったんだろうか。そんなことはない、と信じたい。あの馬鹿に限って、そんなに察しがいいはずはない。
「……来年まで、絶対待ってくれるよね?」
私はそっぽを向いて尋ねた。
「多分な」
そう答える明音の表情は分からなかった。分かろうとしなかったのかもしれない。
海に行かないにしても、このまま帰るのはいやだと明音がごねるから外に遊びに行った。
「遊びに行くっつってもここしかねーんだけどな……」
ここ、というのは当然アトムモールである。せめてボーリング場かカラオケでもないものか……とは思うけれど、思い当たるのはいまだに10年くらい前のPVを使ったボロいカラオケ店くらいだ。広いし、清潔だけど……。あそこにはもう何回も行ってるし、飽きた。正直ここも飽きたけど。
「私らがこの町にいる間に都市化計画とかないかなー」
「……ないでしょ」
そんなことない、と思いたいけど、この地域は一校しかないとはいえうちの高校に人が集まっているのが不思議なくらい都市部から離れているしそもそも人口が流出して年々減っている地域だ。私たちも御多分に漏れず、高校を卒業するときには出ていくはずだ。そのあとどういう進路をたどるにせよ、就職するなら都市部に出るし……私の希望進路は進学だけど、それでもこの町から出ざるを得ないんだろう。田舎に設立される傾向にある国立大学でさえ電車で二時間かかるようなところに建っているし、私立の大学なんてまず家から通えるところには一つしかない。
どのみち三年後には私はここにはいないんだ。
「ねぇ」
「なんだよ」
「三年後さ、私たちどうしてるかな」
口を割って出たのは、不安だった。
「どうだろうな。まぁ、差支えないなら――――あ」
私が次の言葉を聞く前に、明音の視線が固まった。
「差支えないなら、なんだよ――――」
不服を言いながら彼女の視線を追うと、その硬直の意味が理解できた。目の前のカフェの中、数組の客の中に、いた。ノゾミと、アイ先輩が。
「……邪魔になる前にいくか」
「えっ」
普段なら茶化すだろう明音が私の手を引いて、そそくさと歩き出した。
「お、おい、なんで――――」
わけもわからず、近くを通り過ぎる瞬間にノゾミとアイ先輩がいるところに目をやってみて、目を見開いた。
笑ってる。あの、ノゾミが。
横顔しか見れなかったけど、若干の照れと恥じらいを含んだ笑顔を、先輩に向けていたのがはっきりと見えた。
――――あんな可愛い顔できるんだ。
そう思ってから、それがアイ先輩の前でだから、と気づくのに時間はかからなかった。
ぶっちゃけタイトルからしてフラグなんですけど許してください。




