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17・二人きり

歳の差姉妹百合っていいですよね。うちの作品だと双子しかいないけど。

 家に帰ってから黙々と物理の問題を解いていた。普段なら勉強道具などをしまって、パソコンを立ち上げて絵を描き始める時間になってもまだ解き続けていた。

 期末考査が近いから、というよりも明音に対してとても甘酸っぱい気持ちを抱いたことを忘れようとしていたのかもしれない。一瞬網膜に彼女の顔が映りそうになったのをもみ消して、運動方程式をたてた。

 やがて物理の問題は試験範囲に指定されたものまで終わり、化学の問題集を取り出した。

「はー……」

 溜息をついて、問題文を読み始めた。周期表の二族はアルカリ土類――――

 というところで、携帯電話が震えた。

「へっ!?」

 驚いて見ると、相手は明音だった。今一番話したくない相手だというのに、しかもどうしてこんな時間に。

「……うーん」

 しばらくの間考えて、放置することにした。バイブが鳴り止んだ十秒後、また携帯が鳴った。

 また放置したけど、相手は何回切られても諦めずにかけてくる。私は六回目で痺れを切らした。

「あーもううっさい! 何か用!?」

『お、繋がった! 大丈夫生きてる!? 幽霊じゃないよね!?』

「ほっといたからって変なこと言うなし。で、何?」

『さっきさ、テスト範囲聞こうと思って忘れてたんだけど――――』

 ブチッ

 聞き終わらないうちに通話を切った。知らない知らない。せっかく集中してたのに、わざわざ電話をかけてくる明音の方が悪い。存分に困らせてやる。

 それからまた十回ほど私と明音の格闘が続き、遂に私は明音のアプローチに屈したのだった。フン、どうせ勉強なんてしない癖に。明日になったらそう言ってやろう。そんなことを考えて、頭の中でイメージトレーニングを始めた。


 翌日。鏡を見るとクマができていた。

「うっわ……なんとかならないかな……」

 目を擦った。特に身なりに気を遣った覚えはないはずなのに、やけに今日はそういったことが気になる。昨日明音に『勉強なんてしないくせに』って言うつもりで頭のなかでイメトレをしていたせいだ。アイツが悪い。じゃあ、今日目の下のクマを明音に笑われたら明音のせいだってことにしよう。私はそんなことを思いながら朝食を平らげて玄関を出た。

 蝉がけたたましく騒ぎ立てる外はとても暑かった。日差しに顔をしかめさせながら歩いていると、自転車に乗った明音が追いついてきた。

「おーい、奏」

「ん」

 目が合った瞬間に、顔のことで何か言われるかと身構えていたのに何も言われずにいつも通り登校していた。

――――え? どうして。

 一瞬面食らってしまった。言葉にもせずに目を丸くしたまま明音の顔を見ていた。

 いや、寧ろだからこそクマが見えなかったのかもしれない。私は少し目を細くして、明音の言葉を待った。だけど――――。

「あ、奏さー学校着いたら日本史の課題見せてくんない?」

「は?」

「ほら、文化祭前に提出だった模試の過去問のさ」

「待って! いまの『は?』はそういう答を求めてたわけじゃないし! ってかそんな前の課題ほったらかしてんじゃねーよバカ!」

「頼むよ~ペナルティで追加も出たし後夜祭までに提出できないと怒られるんだよホントに助けて」

「あの既にできてないんだけど」

 ああもう、そもそもその課題はまだ帰ってきてないから見せようがないんだけど。

「ところでさ、試験範囲ってどっからどこまでだっけ」

「……痴呆か?」

「えっ! い、いや違うって。昨日化学だけ聞き損ねてたんだよ」

 なあんだ、びっくりした。さすがにもう一回そんなことを言わされる羽目になるんだったらとっととブチギレて一人で学校へ行った方がいいと思っていたけど、やっぱりそれにはまだ早いみたいだ。

「あー……えっとね」

 とはいえ、少しくらい意地悪はしといてやろう。どうせ明音のことだし、懲りる筈がないんだろうけど。

「教科書のここからここまで……あとワークがここね」

「ほーい……? あれ、こんなところやったっけな……」

 ピクリと肩がはねた。まずい、わざと範囲をずらしたのがばれたかな?

「うー……いや、やったような気も……いや、やった。うん、やったな!」

 やってないよ。

 言おうとして、慌てて口を紡いだ。それでこれから学校に着いたら明音に課題のノートなんて見れないことを伝えて――――他にも何かあった気がするけど、もう思いだす必要もないかな。

「さーて、勉強やるかー」

「その前に課題終わらせないといけないんじゃないの?」

「ほら、それは見せてもらうからさ」

 ……ほぉー。まあいいや、見せるとは一言も言ってないし。

 浮かんできた含み笑いを抑えながら、明音と一緒に歩く。自転車通学の明音から、高校の入学式の日に後ろに乗ればいいのに、と言われたけど私は断った。確かに彼女はこんな性格のくせして安全運転だし、力が強いから自転車だと早く着くから乗った方がいいのは分かってる。でも、いや、早く着く分後ろには乗りたくない。別に明音と長く一緒にいたいわけじゃないけど。クラスも一緒だし席も前後で隣なんだから。


「は?」

 日本史のノートが帰ってきてないといって示された明音の反応がこれだ。

「えっ待って待ってないってどういうこと」

「いやだから日本史のノートなんて帰ってきてないけど」

「待ってよそれじゃ課題出せないじゃん! 見せてくれるんじゃないのかよ!」

 両肩を掴まれて揺さぶられたけどないものはない。というか明音の声にクラス全員が注目しているからやめてほしい。

「見せるとか一言も言ってないけど……」うーん、さすがに罪悪感は湧いてきたかな。明音も相当切羽詰まっているようだ。「先生に言って謝ってきたら? 放課後なら付き合ってあげるから」

「……計算が崩れた……」

「そんな頭で計算しても大体外れてるでしょ。ほら、いってきな」

 突き放してから見える後ろ姿がいつもより小さい。明音は教室を出ていったきり一時間目が終わるまで戻ってはこなかった。


「ん? 藤原教道に男子ができなかったからじゃないの?」

「違う違う。教道が天皇に嫁がせた娘に男子が生まれなかったから、だよ。だから天皇と外戚関係になれなかったから摂関政治が終わった。ざっくばらんに言うとそんなとこ」

 今日の最終下校時間までに終わらせろと言われた明音。彼女と向きあい、夕方の陽ざしが射す教室で日本史を教えていた。クラスの他の人達は帰ってしまって誰もいない。ノゾミが図書室にいるかもしれないけど。七時が最終下校時間で、今は五時を少し回ったあたり。明音の課題も半分をすぎたところなので余裕で終わらせられるだろう。あと二十五分とかそんな感じだろうか。そうしたら少し残ってテスト勉強でもしておこうかな。

「奏ー、ここは?」

「どれと思う?」

「……」

 人名を埋めるのくらい、簡単だろうに。

「あっ、西行!」

「うん、じゃあこの下は?」

「えーっと……俊寛?」

「正解」

 明音は別に成績が悪いわけじゃない。偏差値で言えば50.1とかそのくらい。で別にいいとも言えないけど。うちの学校の授業くらいなら着いていけるはずだろうに。

「……? 何」

 彼女が私の顔をずっと見つめていたのに気付いて問いかけた。すると、明音は慌てて顔を下げてまた問題を解き始めた。

「あ、いや何も」

 私の顔に何かついていた、とかだろうか? 特にいつもと違うようなところは……。

 そこまで考えて、今朝目の下に隈ができていて少し凹んだのを思い出した。今頃になって思いだすだなんて。

 そういえば、今朝明音に会うまではこの隈について何か言われたらどうとかこうとかなんて考えていたけど、いざ明音に会った瞬間化学やら日本史の課題やら色々言われていて忘れてしまった。明音は目の下の隈なんて気にしないのか?

「ねえ」

「? なんだ?」

「いや……あのさ、目の下」

 というと、明音は顔を上げて自分の目の下を擦りだした。お前じゃねーよ。

「そうじゃなくて、私」

「え、うん……まぁ隈ができてるけど。急にどうしたん?」

「いや、気にならないのかなーって思って」

「私が? 気にしないけど。っていうか、奏の目の下の隈なら時々できてるし、できてても奏自体がいつもと変わらないし気にしてないからさ」

「あ、あれ……そうだっけ」

 そういえば、朝起きて鏡を見たのなんて久しぶりだった気がするしトイレにいってもいつも注意して鏡を見たりしない。のに、今日だけやけに自分の顔が気になった。

「おっ、ひょっとして好きな人でもできた?」

「は?」

「誰? それ誰? ひょっとして私?」

「う、うるさいさっさと課題やれ!」

 語気を強くしても、明音はへらへら笑ったままだった。

「わー照れてる奏ちゃん可愛いーちゅーしよちゅー」

「殴るぞ」

 そんなに明音のいたずらごころをくすぐるような表情なんてしてないはずだから、さっさとコイツは黙ってしまえばいいのに。

「……もう課題手伝ってやんないよ」

「ざーんねーんでーしたー終わってるもーん」

 コイツの前で私が照れるかどうかは別として、苛立つことなら充分にあるだろう。私は突き放すように言った。

「じゃあさっさと出しにいきなよ」

「……」

 すると、明音は急に黙りこんで私の制服の袖を引っ張ってきた。

「職員室前まで……ついてきて……頼む何でも言うこと聞くから頼むからお願いマジで小田セン怖いんだから見捨てないでぇ゛っ!」

 語尾が断末魔みたいになってるのは多分私が明音の手を振り払って教室を出ようとしたからだろう。

「一人でいきなよー。私トイレにいってくるから」

「そんなこと言わないで! ほら何でもするって! 土下座するから踏んでいいよってか踏んでください!」

「きも」

 そもそも踏んで“ください”とまで言うと踏むのと職員室前までついてくるのとは無関係な気がするけど。というか踏んだらついてこなくていいんじゃないの。

 少し迷った。確かに百八十cmを超える怪物が怒鳴るんだから明音に同情しようとは思った。けど。

 ムギュ

「……トイレいってくるから、用が済んだら迎えにきて」

 私のこの言葉はとても残酷に聞こえただろう。何せ一回強く踏んでおいて見捨てたんだから。

「待ってほんとに待って! やだ! 小田センの説教とかいやだってあの人怖」

 ぴしゃりとドアを閉めて明音の声をシャットアウト。そのままトイレに向かった。

 トイレに入って、個室のドアを開けずに鏡を見つめた。目の下の隈は少しとれてきたみたいだ。顔が赤いのは多分日差しのせい。別に可愛いくもなんともないから、明音の言葉なんて気にしてない。気にする必要もない。

 どれくらいの時間が経ったかわからないけど、しばらくして足音が聞こえてきた。その足音の主はトイレのドアを開けて私の隣に立った。

「どーしたー? そんなに自分の見た目が気になるか」

 明音だった。にやにやしてる。ふん、小田先生にがっつり怒られたくせに。

「あのさ、明音」

 そんなことより、少し気にしてることを聞いてみたくなった。鏡に映ってる明音の顔を見ながら言う。

「うん?」

「もし……か、仮にの話だけどさ、私がその……明音のことを好き、とか、あの、恋愛てきな……」

「てきな?」

「そ、その……」言葉が泳いで、黙り込んでしまった。明音は私をからかうような笑みを浮かべるわけでもなく、少し首をかしげて、多分鏡に映った私の顔を見ている。

 凄く頬が熱い。なんというか、今自分の顔を見たらすごく赤くなっているだろうし憤死しそうだ。

「え、ええっと……」

 照れくさいに決まってる、こんなの。そう言い訳しながら言葉を吐きだした。

「あの、恋愛的な意味で好きって……言ったらさ、明音はどうする?」

「どうするって具体的にどういう……」

 至極真面目な顔で聞いてくる明音に少し苛立ちを覚えた。

「だから、どう答えるか、とか」

「うーん……」

 真面目フェイス、だと思いきや次の瞬間に明音はにやにやを顔に浮かべた。

「逆の立場だったら奏はどうするの?」

「へ?」

「だから、私が奏のことを好きーって言ったらどうするのって。もちろん恋愛的な意味で」

「えっ……そ、それはあの……」

 言葉が詰まる。というか、明音からこんなカウンターを喰らうなんて思ってもいなかった。彼女はやっぱり、頭が悪いわけではない。けど卑怯だ。こんなときにそうであるだなんて。

「しっ、質問に質問で返さないでよ!」

「別にいいじゃん。奏がちゃんと答えたら私も答えてやるって」

 明音のことが好き、だなんて有り得ない。たとえそうだとしても、本人の前で言うはずもないし。

 それに……そうだ、ちゃんと例え話だって言ったじゃないか。

「わっ、私は……その、かまわないけど。それで、明音は?」

「んん? かまわないってどういうことかな~そんな中途半端な答は困るよ~ほれほれ」

 明音が顔を近づけてきて、たまらずにのけぞった。

「だからっ、その、付き合ってあげてもいい、けど? それで明音は?」

「ん、私? へへーどうかなー」

「答えろよ」

「まぁ、そのときになってみないと分かんないかなー。それからでも遅くはないでしょ」

 やっぱり、明音はにやにやしながら言った。やっぱりそんな、答え方が卑怯だ。

「さっき言ったけど、仮にの話だからね」

「分かってるって。それより、さっさと帰ろう」

「ん……」

 あの反応を見る限り、絶対分かってはいないだろうけどいいや。テスト勉強をするつもりだったけど、いつの間にか太陽が地平線に差し掛かっていたし、もう帰ってもいいだろう。

「そうだね。それよりさっきの話、あれ例え話だから絶対気にすんなよ」

「あっはは、何回も言わなくてもいいって、覚えてるから」

「覚えなくていいから、忘れろ!」

「え、さっきのが例え話だっていうのを忘れろってこと? じゃあ……」

「違うーっ!」

 思わず叫んでしまった。ああもう、聞かなきゃよかった。


自分の中では奏はバリタチだと思ってます。

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