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10・青嵐フェスティバルⅠ

このお話絶対長くなると思うんで切っておきますね。あとこんな時間帯にスミマセン

 私たちが来たときには、昇降口がすでに文化祭の色で飾られていた。

「うおー、こりゃー凄いな」

 各クラスのポスターなどの飾り付けが、いつもは殺風景な校内を彩って、私も明音も、感嘆の声をあげた。

「二日間が楽しみだね」

 六月の二十七・八日に開催予定だった青嵐祭は日時の変更もなく開かれる。これが現代ファンタジーアニメの舞台なんかだと、途中で謎の敵が乱入してきて主人公が正体を明かさないように奔走する、なんてことも起こりそうなものだが、生憎私も明音もそんな戦闘スキルは持っていない。

「私らって、今日の午後と明日の十時から十二時までのやつだっけ?」

「うん。暇な間一緒に見て回る?」

 一緒に行こう――――だなんて、いつもは気恥ずかしくて言えないような台詞を満更でもなく言うのは、やっぱりこの浮ついた空気が原因だろうか。

「おう、アイ先輩とかノゾミンのクラスの出し物とか行こうぜ」

「今のは何かのボケかな……?」

 同じクラスじゃんと突っ込もうとして、そんな気にはなれなかった。

 私は寄り道をしながら教室へ行こうという明音の手を引っ張って強引に連れていった。

「後十分しかないんだから、さっさと行くよ」

「後十分もあるんだから、良いじゃん。ちょっとほら、五組のとか視聴覚教室であるってよ、これは下見に行っておくし」

 急に明音が手をひっぱりだしたので、頭をぶったたいて黙らせてやる。痛がってるけど、知るもんか。

「おいおい、そんな急ぐなって」

「うっさい」

 そうやって廊下を歩いていると、多分上級生だろう人達がくすくす笑いながらこっちを見ている。

『あの二人、仲いいよねー』

『ねー可愛い』

「……」

「お、おいちょっと待っ、腕がちぎれいだだだ!」

 後ろから明音が悲鳴をあげているのも無視して、私は腕を握ったまま速足で廊下を立ち去った。

 教室の入ると、メイク係がおはようと言いながら手招きしていた。

「おはよー。遂に本番になったなー」

「うん。この椅子座って」

「うぃーっす」

 楽しそうに話しながら椅子に腰かける明音の横の椅子に、私は微笑みながら会釈して座り込んだ。メイク係の女子は少し苦笑いしながら、私の肩から下を布で覆って早速化粧粉を付け始めた。

「あれ……メイクって最初にそうやるんだっけ」

「え、違うの? わ、私やったことないから……」

 私が羨むようなアニメの少女に多い高い声が狼狽の色を帯びた。その実私もメイクなんざやったことはないので、正しいかどうかなんて分かりはしない。ただ中学校の文化祭でしてもらったものと順序が違うような気がしただけだった。あのときは後ろに座っていたのがどうしようもないクソビッチだったから早く終わらないかなーなんて思っていただけで、今となってはそんな自分が恨めしい。

「……まあ、良いよ。血糊つけて包帯巻くだけだし」

「うんっ……あ、はい」

 まずい、怖がらせたかな。地よりも低い声で喋ってしまった。まあ、私よりも背は高いし怯えられる相手でもないだろう。

 そのまま数分沈黙が続いたけど、口元に血糊がつけられたあたりでメイク係の耐久レースは終わりを告げてしまったようだった。

「ね、ねえ姫雪さん」

「ん、何?」

 自分の顔を確認するための手鏡に、相手の顔が映っている。物静かで人当たりの良さそうな顔面に、社交性百パーセントの笑みだ。

「七村さんも言ってたけど、やっぱりファンシーなお化けだよね」

「私のこと?」

 あれえ、私こんなに不機嫌そうな顔してたっけな。それにもっと声も高かったよね?

「……」「私じゃないの? じゃあ誰?」

 鏡には、あと一歩で泣き出しそうな顔が私の後ろから覗いている。人のコンプレックス持ち出して会話なんて続くわけないのに。今まで喋ったことがない人だから仕方はないけど。

「……泣かなくていいから。そろそろ終わりでしょ? 続けて」

「あ、うん」

 手捌きだけ多少よくなったが沈黙は重く、メイクが終わるまで正直私も辛かった。


「奏ー、終わった?」

「うん」

 メイク終了後、学級委員長から渡されたパンフレット(見事な自作絵付き)を見ながら明音を話していた。そういえば、まだノゾミが来ていない。

「ノゾミンはどうしたかな」

「んー……もう来てもいい時間帯だよね」

 とはいっても、三界町や隣町の駅は朝でも三十分ごとしか電車が出ないので……この時間帯の電車に遅れたとなれば、もう大遅刻は必至だろう。

「あー、しっかし雨上がりの空気が気持ちいいわー。こりゃ最っ高に良い日になるよな」

「アンタ、よくそんなに話題ころころ変えれるよね」

「んー? まあねー」

 今日の空のように、明音の笑顔は晴れやかだった。多分私の心境も、こんなものなんだろう。口の端が知らないうちにつり上がっていた。


 それから十分後。今さっき雨が上がったばかりなのに、また降り始めた。それどころか、さっきの晴れが嘘のように強い雨が降ってきた。

「おーおー、こりゃすごいわ」

「野外で屋台出すクラス、大丈夫なのかな……」

「それって雨天時は校内に移動するんじゃなかったっけ」

 因みに、まだノゾミは来てない。

「うん……」

 そのとき、後ろで制服姿の男子が段ボールを三枚手渡した。

「二人とも、それ窓に貼りつけといて」

「うん、分かった。ほら、明音そっち持って」

 だが、私の言葉には明音は答えずにずっとぶつぶつ何かを言っていた。

「貼り付けといて……貼り付け、磔……」

「いや、いくらなんでもその妄想は引くわ。ほら持っ――――」

 明音が変な妄想(多分女の子の服を取り払う段階に差し掛かってる)をしながらも段ボールの端を持ったとき、私の浴衣の中で携帯が震え始めた。

「ごめん、そっち持ってて」

「いぎゃっ!?」

 私が急に手を離したので、ボーっとしてた明音は足に段ボールの角をぶつけて変な声を出したけど、気にしなかった。着信を確認する。電話をかけてきたのは……。

「ノゾミ?」

 心臓が高鳴った。携帯を開いてすぐ着信を繋げた。

「もしもし? ノゾミン、何してるの?」

 すると、電話の向こうからやけに不機嫌そうな声が聞こえてきた。案外メイクのときの私の声もあんなだったかもしれない。

『その呼び方、やめてって言ってるでしょ……あの、ごめん』

「え、どうかしたの? もうすぐ文化祭始まっちゃうよ?」

『それは分かってるんだけど……行けなくなった』

「嘘……」

 最後の言葉の後半だけ、ノゾミの声が低くなったような気がした。でも私は、そんなことに気をとられている場合ではなかった。

「か、風邪? それとも何か……」

『今日寝坊してさ、電車一本乗り過ごしたの。そしたら、雨で土砂崩れが起きて、開通するのが早くても四時くらいだって』

「……四時……もう終わりがけじゃん」

「もう周りに青嵐の生徒いないし、ここにいてもしょうがないから一旦帰るね。それに明日またあるからいいよ」

 私の脳内補正を差し引いても、彼女の声は暗く沈んでいた。なんて言えばいいか分からずに、私は少し喋って電話を切ってしまった。顔を上げてみると、段ボールは窓に全部セットされてあって、皆それぞれの持ち場にもうついていた。

「誰だったの?」

「ノゾミンだったよ。文化祭、来れないって」

「どうして?」

 明音の首をかしげる姿は私よりも子供っぽいところがあって、私は何故か彼女に嫌悪を抱いた。けど、そうなったところで今更何もよくはならないことも分かっていた。

「えー……まじかよ」

「……」

 二人で一緒のところに隠れた後、事の顛末を全て説明すると、明音は至極残念といった表情で溜息を吐いた。私も溜息を吐こうとしたけど、喉が詰まって息がおかしくなっていた。

「おいおい、泣くなって」

「泣いてない」

「いやお前どう見たって泣いてるから。ほら元気出しなよー。そんな顔のお化けが出たら心臓発作でお婆ちゃんとか死んじゃうかもじゃん」

「嘘つけ。散々可愛いとか怖くないとか言ってたくせに」

「あはは……まあまあ」

 そこへ、文化祭の開始を告げるチャイムが怒鳴りこんできた。

「ほら、こうなっちゃったらもうしょうがないじゃん? 後は成り行きに任せて楽しんだ方がいいって!」

「……うん」

 私が裾を掴んでいると、明音は動きづらいはずなのに彼女は敢えて離せとは言ってこなかった。


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