91.それぞれの道へ
朝日が東の空から見え始めた頃、既に冒険者達の出発の準備は整い、山小屋から少し下った、イルシュタットとリンゲンへ分かれる岐路まで荷馬車は進んでいた。
雨も止み、幸い路面も、荷馬車が何とか進む事が出来そうな案配である。
メリルゥ、ミア、アイシャの三名は、依頼人のペリトンとラムスの運転する荷馬車の護衛の為、山道を下りイルシュタットへ帰還する。悪い想定になるが、もしタットが昨晩事故に巻き込まれていた場合、冒険者ギルドへの報告は、このタイミングになる。
リンゲンの狩人ハンスは、負傷こそアイシャの神聖術で治っていたが、精神的なダメージが大きく、ペリトンの計らいで、荷馬車の荷台で身体を休めていた。当面はイルシュタットに住む親戚を頼ってみるとの事だった。
一方、宗谷と使魔であるシャミルは、山道を進み、リンゲンの街の救援に向かう。
ハンスが目撃した、赤角と思わしき白銀の魔将や、数体の青銅の魔兵が街に留まっているのかは不明であるが、もし留まっているのであれば、セランの仇敵である赤角を狩る機会でもある。だが、宗谷とシャミルの二人で太刀打ち出来る相手かどうかは怪しく、その辺りは臨機応変に対応する必要があるだろう。
そして悪魔に襲われ、炎に包まれたリンゲンが、現状どのようになっているのか。実際目にしてみるまでは何とも言いようがないが、昨夜の雨雲が、リンゲン上空を通過していれば、街を襲った炎は鎮火しているかもしれない。その事を願いたかった。
「ペリトンさん、帰路の護衛に付けず、御迷惑をお掛けします」
「いえ。……ソウヤさん、貴方の勇敢な決断に敬意を表します。……リンゲンの事、どうかよろしく頼みます」
呟くペリトンの表情は暗かった。恐らく彼を苛むのは、護衛の人数が減る事では無く、交流の深かったリンゲンの事だろう。
「ソウヤさん」
ミアが心配そうに宗谷を見上げていた。その隣には複雑な表情のメリルゥ。
「ミアくん。今、君を連れていく訳にはいかない。君は君のやるべき事を。……僕とタットくんが抜けて護衛が手薄になっている。帰路も十分に気を付けてくれ。イルシュタットで再会しよう」
「わかりました。ソウヤさん、どうか御無事で。……癒し手が必要な状況で、力になれない事を悔しく思います」
ミアは無念そうに呟くと、目を閉じ、短い祈りを捧げた。
宗谷とシャミルは、ミアやアイシャのように神聖術を行使出来る訳ではない。魔術でも治癒効果を促す術はあるが、神聖術より魔力効率が悪く、即効性の無い物だった。大勢の負傷者の治療は不可能である。
それゆえに、彼女のような優れた癒し手が欲しい状況ではあったが、想定するべき強敵の事を考えると、あまりにもリスクが高い。宗谷にしても、本来なら冒険者ギルドの救援を待って合流するべきだった。
それでも単独でのリンゲン行きを宗谷が決断したのは、昨夜の六英雄物語や、黄金の勇者と白い聖女の行方不明、草妖精の少年タットの行動などが、心変わりを促したかもしれない。
目の前に居る、森妖精の少女メリルゥには、そのような本心を読み取られていた気がする。決断の後押しをしたのは彼女の言葉だった。
「メリルゥくん。万が一の時は、ミアくんを頼む」
「そんなお願いは聞けないな。わたしは頼まれてなんてやらない。リンゲンから必ず生きて帰ると誓え」
メリルゥは、薄く微笑む宗谷を睨みつけながら、ぶっきらぼうに言い放つと、外套のフードを下ろし、宗谷に背を向けた。不用意な発言で怒らせてしまったと気づき、宗谷は眼鏡を指で抑え、小さく溜め息をついた。
「御二方、どうか御安心を。この私、シャミルが必ず主をイルシュタットまで導きます故」
斜め後ろに控えていた、人姿化した燕尾服姿のシャミルが、両腕を翼のように広げ、微笑を浮かべた。
少年あるいは少女とも取れる、中性的で、しなやかな体付き。そして猫のような大きな瞳。
「……そういや使魔にしたんだってな。シャミルと言ったか。猫妖精らしいが、信用出来るのか?」
「……昨晩少し話しただけだが。基本的には信用するつもりだ。そして僕に従って貰う。使魔とはそういうものだ」
(……とはいったものの。思っていたのと、少し違ったが)
宗谷は表情を変えないまま、シャミルを横目で見た。視線に気づいたシャミルは、にこやかに微笑む。
昨夜の高慢な態度とは打って変わり、礼儀正しさのある振舞い。その変わり様を、宗谷には不気味に感じ、今後どう接するべきか悩んでいた。主従めいた態度が過ぎるようならば、態度を改めて貰うかもしれない。
「ソウヤさん。ハンスさんからです!」
ハンスの体調の様子を伺っていたアイシャが、荷馬車の方からやってきて、慌てた様子で丸めた羊皮紙を持ってきた。
「……手前の丘から、リンゲンの街が一望出来るそうです。入る前に、そこから様子を見るといいかもしれないって」
宗谷が羊皮紙を受け取って開くと、リンゲン周辺と思わしき、簡易な手書きの地図が描かれていた。
「……なるほど、杉の巨木が目印か。……助かる。僕もリンゲンに来たのは、随分昔の事でね。殆ど記憶がなかった。ありがとう」
「ソウヤさんなら何とかなります、なんせ。あ……いえ。どうか御無事で……!」
目を輝かせているアイシャ。六英雄の一人、白銀のレイと知っての態度だろう。
買い被り過ぎである。二十年のブランクが、そう簡単に埋まる筈も無い。そして、口が堅いかどうか怪しい挙動を彼女が見せた事に、宗谷は思わず顔をしかめた。もしかすると、悩みの種が一つ増えたのかもしれない。
◇
山道を下る荷馬車の後ろ姿を見送ると、宗谷は身を翻し、リンゲンに向かう山道を早足で進み始めた。少し離れてシャミルが後に続く。
リンゲン救援に向け、宗谷の長い一日が始まろうとしていた。
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