72.草妖精と知識神の神官
「ソウヤさん。リンゲンの街はご存知ですかね?」
「ええ。南東の山道を越えた処にある街ですね。訪れたのは随分昔の事ですが」
宗谷は行商人のぺリトンにせがまれたサインを書きつつ、二十年前の冒険を想起した。
依頼で一度訪れた記憶のある街だった。ただ、拠点にしてた事のあるイルシュタットと比べ記憶はおぼろげで、これといった印象を持っていなかった。
「高級葡萄酒の産地なのですよ。ご心配無く、道案内は私がしますので。……しかし山道というのが曲者で。たまに山賊なんぞが出たりします。小鬼とか、豚鬼とかの報告例も。まあ、魔将殺しのソウヤさんならば、何の問題もなさそうですな。はっはっは……」
ぺリトンは安心しきったように笑っているが、宗谷は彼が魔将殺しの称号に頼り過ぎている点が気になった。そして悪意はないのかもしれないが、少し差別的な意識を持っている節がある。軽んじられて不貞腐れているメリルゥに、若干申し訳無い気持ちになった。
冒険者には等級による序列というものがある。冒険に関係の無い平常時ならともかく、依頼において今一番高い白銀級の等級を持つ彼女を蔑ろにするのは、好ましい事とは言えないだろう。
「……募集人員は五名以上という事でしたね。ルイーズさん」
宗谷はルイーズに確認をした。今集まっているのは、白銀級のメリルゥと、青銅級の宗谷とミアの三名。後二名、青銅級以上の冒険者が必要となる。
「ええ。待機中の青銅級も多いので、五名になるまでは募集させて貰います。……青銅級以上で護衛依頼に参加したい方が居たら、手を上げてカウンターに来て下さい」
ルイーズは冒険者ギルド内で待機している、十名程の冒険者に呼びかけを行った。
メリルゥが来るまで白銀級が居なかったという事は、今この室内に居るのはルイーズを除くと、青銅級か白紙級の冒険者だけという事になる。
「んー……オイラも護衛に参加していいかな。青銅級だけど」
一早く手を挙げて、カウンターに近寄って来たのは、薄く軽量な革鎧を身に着け、やや癖のある茶色の髪と瞳をした、小柄な少年だった。彼は耳が大きく、そして耳の先端がほんの少し尖っていた。
(……おや、草妖精か。イルシュタットでは初めて見たな)
草妖精は、はるか東の彼方にある、広大なる平原と呼ばれる草原地帯に住まう種族だった。『草歩きの民』と呼ばれるこの種族は、腕力こそ子供並だが、指先が器用で、力の必要ない細やかな手作業を得意とし、そして普段から草原を駆け廻る為か、機敏さに秀でていた。
「ソウヤ兄さん、よろしく。オイラは草妖精のタット。職業は……えーと、笛吹きで」
「よろしく、タットくん。笛吹きか。是非演奏を聴かせて貰いたいね」
タットは宗谷に笑うと、腰に下げた縦長の布袋から、木製のフルートを取り出して、即興の演奏を始めた。
金管フルートのような高級な音色ではないが、柔らかな音色が中々心地良い。演奏の腕前は中々良さそうに思えた。宗谷が彼を観察すると、腰に投擲用のスリングショットとダガー、それと数本の針金を下げているのが見えた。笛吹きは副業の為の一芸で、彼の本職は恐らく盗賊だろう。手先が器用で俊敏な草妖精にとって、それは天職とも言えた。
冒険者ならば盗賊の重要性は知っているので抵抗が少ないものだが、職業に対する差別意識のあるぺリトンの手前、はぐらかしたのかもしれない。
一分程の簡易な演奏が終わり、お辞儀をするタットに宗谷は拍手をし、タットに一枚の銀貨を手渡した。
「……おい、タット。オマエ、護衛なんてこなせるのかよ」
メリルゥが、銀貨を貰って喜んでいるタットの傍にやってきて、ちょっかいを入れた。
メリルゥは身長一五〇センチちょっとくらいの背丈だが、タットはさらに低い。一三〇センチ程度で、見た目は耳の形を除けば、人間の子供同然だった。
「あっ。メリルゥ姉ちゃん! うん。護衛なら少しいけるよ。小鬼や豚鬼くらい弱いのなら大丈夫」
タットは呼吸をしながら、徒手空拳による戦闘の構えを取った。体格が体格なので迫力は無いが、ある程度は様になってるように見える。
「悪くない構えだね。メリルゥくん、タットくんとは知り合いなのだね?」
宗谷が訊ねると、メリルゥは、何とも言えない表情で溜息を吐いた。
「知り合いと言えば知り合いだな。……商売敵だよ。中央広場で、たまにカチ合うんだ。……演奏はそこそこ上手い。わたしのオカリナの方が上だけどな」
「でもオイラの方が、メリルゥ姉ちゃんより、少し客が多いと思うよ」
「……タットは踊りと曲芸を交えて演奏やってるからな。それは純粋な演奏力勝負とは言えないだろ」
森妖精と草妖精の口喧嘩という珍しい光景が繰り広げられたが、演奏の実力はお互い認め合ってるようなので、犬猿の仲という訳では無さそうだった。
妖精族同士は、森妖精と地妖精が若干相性が悪いと言われているが、草妖精は特にそういった話を聞いた事が無い。居住地域の違いもあるだろうが、彼らは性格も楽天的でお調子者、人間の子供そっくりで愛嬌もあり、亜種族では人間社会にもっとも馴染みやすい性格をしていた。
そして、タットは曲芸が得意という事で、運動神経は良いのだろう。先程の構えからしても小鬼や豚鬼程度であれば立ち回れる能力は持ち合わせていそうである。
「ふむ……草妖精とは珍しいですな。まあ、ソウヤさんが居れば安心でしょう」
ぺリトンはタットに対しては、これといって興味が無さそうだったが、参加を拒む様子も無かったので、内定と考えて良さそうだった。残る募集人員はあと一名。
「あの……あたしも、参加しても構わないでしょうか?」
タットに続いて、手を挙げ、カウンターに歩み寄ったのは、神官の女性だった。灰色の神官衣、茶色の三つ編み、緑の瞳、大きな丸眼鏡、そして、特徴的とも言える赤い魔石の嵌められた知識神専門の神官の杖を両手で抱えていた。
「……アイシャさん、お久しぶりです。……あの、お元気でしたか?」
「……ミア。こんにちは。……一応、元気。……あの、あたしは知識神の神官、アイシャと言います。一応青銅級ですが……護衛、参加させて貰って構わないですか?」
ミアと面識があるらしい、アイシャと呼ばれた女性は、随分とたどたどしい口調で参加を希望した。
(……知識神の神官か。しかし……少し顔色が悪いようだが。大丈夫だろうか)
宗谷はアイシャを観察していた。先程カウンターに近づく時も、荷物が重いのか、少し足取りがふらつき加減であった。体力面に問題を抱えているのかもしれない。
その上で知識神の神官という点に、宗谷は若干の不安を覚えた。知識神教徒というのは、他の信仰にはない、長所とも短所とも言える、ある特徴を持っていた。
「……アイシャくんと言ったね。護衛は山道を通る事になるようだが。大丈夫かね?」
宗谷はアイシャに尋ねた。アイシャは宗谷の質問に対し、無言で少し迷った素振りを見せていたが、やがて口を開いた。
「大丈夫……だと思います。……山道を歩いた事は無いですが。……今回依頼にありつけないと、大切な本を売らなくてはいけなくて。……どうしても、参加したいです」
アイシャの返事は、あまり頼もしいとは言えなかった。要は経験は無いが、切羽詰まって不慣れな依頼を受けたいという事である。
とはいえ、誰もが最初は初めてであり、経験という物はゼロから積まれていく物である。もしこの依頼を達成出来れば、彼女にとって、良かれ悪かれ一つの経験となるだろう。
「ふむ……どうにも、バランスが悪い気がしますな。ですが、ソウヤさんが居れば大丈夫ですかね?」
ぺリトンが先程とは変わって、やや不安そうに宗谷に尋ねた。
確かにある程度の偏りは覚悟していたが、若干面子が魔法使いに寄っている気がした。そして専業の戦士が一人も居ない。
宗谷は冒険者ギルドの中を見回したが、どうも待機中で青銅級以上のフリーの戦士は居ないようだった。
二名ほど戦士の身なりをした者が居たが、動かないのは既に固定のパーティーを組んでいるか、白紙級で参加する資格が無いと言った処だろうか。
「……まあ、問題無いでしょう。戦士の不足についてですが、僕がその役を務める事も出来ますし、魔術で石塊兵という戦闘員を何体か造り出せます。……後はメリルゥくんが居る。彼女は本当に良い精霊術師だ。ぺリトンさん。もし護衛の最中、戦いになれば、貴方はきっと彼女を見直すことになりますよ」
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