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エージェント・チキンチック!!  作者: 織星伊吹
◆episode5.あ~、この辺りじゃよくあることさ。あんまりがっかりしないでくれよ。

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第32話

 ――五分あれば余裕だ。その程度の時間があれば、解除した爆弾を再び設置するだけの時間がある。それでいくしかないだろう。


 チキンは五〇個目の爆弾を解除し、懐へとしまった。

 続いて五一個目の爆弾に手を付け始める。設置箇所はロビーのテーブルの裏だ。


「マズいわね、残り時間は?」


「……あと五分だ」

「五分で一五〇個? ははっ、神様にお願いするべきかしら、わたしたちを助けなさいって」

「まったくもって同感だね。だがもう無理だな、脱出を考えるべきだろう」

「無駄口を喋ってないでさっさと解除に徹しなさいよ」

「見てわからないか? 今やってる!」

「遅いのよ! そんなんじゃ今に爆発して、あたしたちは木っ端微塵だわ!」

「だから言ったじゃないか、さっさと逃げろって! 何なんだテメェは! 自分で付いてきたクセに文句は言うし大した力にもならねえ! まったくもって使えねえ!」

「使えねえ? 今わたしのことを使えねえと言ったのかしら、やだ、信じられない。あなたってほんと最高」

「そいつはよかったよ、もうテメェとのこのどうでもいい掛け合いも終了だ。さっさと行け」


 チキンはチックの襟首を鷲づかみにしてぽいっと放り投げる。チックはそれを見越して宙で一回転してから着地。こちらへと向き直る。


「本当に……あなた、死ぬ気なの?」

「俺が? バカも休み休み言いやがれ、俺はミッションを果たすだけだ」

「映画の中のヒーローにでもなったつもり? 本当にバカね」

「別にいいだろう。一度くらい、ヒーローになってみたかったんだ」


 お互いの瞳の中に相手を写して、見つめ合う。

 すると、チックが靴音を鳴らしながら目の前に立ちふさがった。


「いい? 別にわたしはあなたが死のうが生きようが知ったことじゃないと思っているわ。でもね、残された側は決していい気持ちでもないのよ。それだけ理解することね」

「ははっ、随分と上からだな、お前後輩だよな」

「……それに、わたしのミッションはあなたの身を守ることよ。離れられるわけないでしょ」


 そう言ってチックは、チキンの胸に顔を埋めた。

 フレグランスのいい香りが鼻につんと届く。柔らかい身体がチキンの引き締まった身体に密着して、どうにも気持ちが高揚する。


「あー、お前って、そんなキャラだったか?」

「……うるさいのよ、しばらくこうさせて」


 鼻を擦りつけるようにして、胸元を仔犬のようにまさぐってくる。

 時間は刻一刻と迫っているというのに、甘い空間が広がっていく。


「ああ、まいったな……お前のその、しおらしい顔は…………悪くない」

「もっと正直に言ったらどう? 超絶かわいいと思っているんでしょう、わたしのこと」

「おっと、そこまで言うか! 悪いがまったく思ってない、それは言い過ぎだ。顔があながち悪くないとは前々から思っていたが、性格が壊滅的だ。ウチの近所の野良猫野郎のほうがまだ愛嬌がある。ゴロゴロ身体を擦りつけてくるのがたまらねえんだ」


 チキンは少し困った表情のまま皮肉を飛ばす。一方のチックは、くすりと笑ってから、白い指先をチキンの頬へと押し当てた。


「…………猫よりも、上手に甘えるかもしれないわ」

「そ、そうかい……まあなんだ、お前の性癖については別に知りたくない、さっさと行け」

「わたしにハグされて嬉しくて、気持ちいいんじゃないの? あなた、チェリーボーイのくせに、よく我慢するのね…………本当にイ●ポ野郎ではないわよね」


 チックは下半身をチラ見してから、くすりと微笑む。


「ああ、最高だね。これ以上その甘ったるい香りを嗅いでると、正直頭が狂いそうだ」

「ならいいじゃない、狂っちゃいなさいよ。映画にもよくあるじゃない、世界が終焉を迎える前にめちゃくちゃセックスするヤツ、ああいうの……わたし好きよ」


 少し潤んだ瞳で、上目遣いにこちらを見上げてくる。チキンは参ったように髪を掻き乱して、


「とんだクソビッチだぜ、まったく……」

「諦めて脱ぎなさいよ……女に脱がさせるつもり?」

「脱がねえし、やらねえよ! ファックが! 女は黙って男が声をかけるのを待ってやがれ」


 そう怒鳴ってから、チキンはチックの襟首をもう一度鷲づかみにした。


「またなの~? もうその手には乗らないわよ」

「悪いが――次はもっと遠くまで飛んで行ってくれるとありがたいね、あばよチック」

「――!?」


 ぐおんと風を薙ぐ音と共に、チックは強化ガラスを突き破って、超人類研究所から投げ出される。


 ――残り時間は三〇秒だ。できるところまで、やるしかない。

 チキンは神風のような跳躍スピードで、懐の爆弾を一度は設置した場所へ設置し直した。


 その身のこなしは人間の能力を完全に超えており、生粋のエージェントにしかできない芸当そのものであった。


「……ああ、本当に……女ってのはめんどくせえ」


 チキンはそうぼやきつつ、脳裏の片隅で思いをはせる。頬を赤くさせて涙ぐむ愛しいチックの顔が、浮かんできて離れない。


「……俺はエージェントだ。この世でたった一人のエージェントだ」


 目にも留まらぬ速さで研究所内を飛び跳ねる。その姿はまるで偉業の怪物ようだった。


 やがて、研究所内のすべての超小型爆弾のカウントダウンが停止したとき。



 ――すべてが爆発した。

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