第29話
大柄な巨体が目の前に立ちふさがる。大きく息を吸ってから吐き出された、攻撃的な音波につい耳を塞いでしまう。
「……~ッ、まったく、とんだ単独ライブハウスだな。耳が一発でイカレちまう」
チキンは間一髪で何とか音波区域から逃れて先手を打つ。
指弾による即席石つぶてによる反撃である。
しかし、オウルはその巨体には見合わないほどの身のこなしでチキンの牽制術をやり過ごし、流麗な拳法による連撃をチキンへ、二、三と叩き込む。
「デブだと思って甘く見ちゃ困る。お前とは熟練度が違うぜ、このチキン野郎」
「そいつは面白い、是非ともデブ野郎のポールダンスを見ながらフィーバーしたいね」
チキンはオウルの攻撃を間一髪で躱しながら、減らず口を叩く。
「どうして本性を見せない。もしかしてまだ大丈夫だとでも思ってるのか?」
「おいおい何の話だい? 俺にはアンタの言っていることが何一つ理解出来てないぜ」
「……舐められてやがるな、プロのエージェントとして、そこは見逃せねえ、俺はミッションは遂行する。ただそれだけだ」オウルは静かに口内で言葉をこぼす。
打撃戦を繰り広げながら、オウルはチキンに顔を寄せて耳元でぼそりとこう呟いた。
「跪け、チキン」
「なッ――」
チキンはオウルの声を聞くとその場で跪いて、顔を地面に付けた。
「『変幻自在の言霊』の中でも一番めんどくせえヤツだ。『王への絶対服従』。テメェはあと二回分俺の命令に従うしかない。んむ……そうだな、チックを全身全霊込めて殴れ。正面から鼻を潰してやれ」
「な、何だと、やめろ」
チキンのこめかみに冷たい物が流れた。
「お前もそろそろエージェントとして、新しい自分にならねえとな。ガーッハッハ」
オウルの高笑いがあがると同時に、チキンはチックに言い含める。
「おいチック、悪いことは言わねえ、逃げるんだ。身体がいうことを聞かねえんだ」
「嫌よ」
「ああ? テメェ、俺がテメェを殴っちまったらな!」
「殴っちまったら何なのよ、一体何が起こるの? ほら、説明してごらんなさい?」
「…………」
オウルは沈黙を続けるチキンを、品定めでもするみたいに凝視してきている。
――こいつ、確証が欲しいんだな、きっと試してやがる。
オウルの思惑に乗るわけにはいかない。チキンは硬く拳を握りしめるが、それは自分の意思ではない。完全に油断していた。オウルの能力は、単体戦において無力に近いものだと、勝手に思い込んでいたのだ。それは今までミッションを共に従事してきたからこそだ。
今まで皆の前で見せてきた能力など、おそらく挨拶程度のものなのだろう。能ある鷹は爪を隠すとはこのことだ。しかし――それはチキンも同じだ。
この土壇場を切り抜ける方法など、山ほどあるが、それを実行してしまえば今後のミッションに差し支える可能性がある。できれば穏便にことを進めたい。
チキンは無線通信を入れた。相手はもちろんチックだった。
《おいチック、マジだぞ、逃げてくれ、頼む。誓うよ》
《あなたって優しいのね……。いいわ、やってあげる。絶対に動かないで》
《やる……?》
チックとの無線通信が途切れると、目の前のチックが大きく息を吸い込んだ後だった。
「ああァ!? おいマジかよクソッタレ――」
チキンの背に隠れ、チックの様子を確認できないオウルを巻き込んだ形で、爆風を発生させる。
「チキン避けなさい!!」
チックの『爆焔吹き矢による一矢』が炸裂する。衝撃が出現して、チキンとオウルを無理矢理に引きはがした。チキンも床に倒れ込んで、爆風に反射的に瞼を閉じた。
「おい! ミスクレイジー、テメェ顔面に穴開けられてえのか! 能力発動してから言うヤツがあるか! あー、もうッ、本当にもう、クソッ、ありがたくて涙が出るね!」
顔面煤だらけになったチキンが、両手を広げながら見上げてくるチックを怒鳴りつける。
「早くどかないのがいけないの。タラタラしてんじゃないわよ、このノロマの腰抜け野郎」
「おい……もしかして……今この俺をノロマと言ったのか? もう一度言ってみろ」
「ノロマで腰抜けのイ●ポ野郎。最高のコードネームだと思うわよ、あなたにぴったり」
「あー、どうやらたった今、俺の堪忍袋の緒が切れるカウントダウンが始まっちまったようだぜ。いいか? 結論から言う。今のいざこざはすべて抜きにして、テメェを今からブチ殺してやる。あの世で相棒によろしくと伝えてくれ。それにテメェが動くなと言ったんだ。俺はしっかりと覚えてるぜ、誰が何と言おうとこのことは死ぬまで忘れることができそうにないね!」
「…………」
チックと激論を交わしている最中、視界の隅で黒焦げのオウルが無線通信を終了させた。
「…………終わりだな。俺の負けだ」
力の抜けたでそんなことを言う。オウルは顔全体を撫でながら首の骨をぽきぽきと鳴らした。
「ああ? なんだって? もういっぺん言ってみやがれ」
「だから、俺のクライアントが死んだんだよ。俺の第一優先ミッションは終了ってこった、ガッハッハ」
「お前のクライアントってのは誰だったんだ」
「ティーチャーだよ。超人類のボスっつうのを始末するのが、ティーチャーから受けた俺のミッションだったんだ。俺はそれをチキン、お前だと聞いたんだがな、隣のそいつから」
オウルが面白そうなものを見るように、チックを見下ろした。この二人も繋がっていたということだろう。
「因みに秘密結社バードに、超人類の捕獲を指示したのは俺だぞ。ティーチャーのことを探らせたのも俺。つまり俺は秘密結社バードのボスだったっつうことだよ」
「……マジでか?」
「マジでだ。ガーハッハ」
「冗談きつすぎるぜ、オウルの旦那」
チキンは呆れた顔を撫でつけて、両手を広げる。
「さて、これでめんどくせえいざこざは終了だ。俺らの目標はたった一つのものへと向かってる。仲間のために、戦うんだ」
オウルは踵を返してこの場を後にした。
その場に残されたチキンとチックはお互いを見合って、
「……とりあえず行くか、相棒」
「あなたの相棒になったつもりなんてないんですけどね」
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