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エージェント・チキンチック!!  作者: 織星伊吹
◆episode4.一体何が起きてる! 俺は夢でも見てんのか?

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第28話

 フロアの中心に大穴が空いて、チキンとチック、オウルが姿を消した。

 クロウは寸前の回避行動によって被害の影響を受けずに済んだ。


 部屋の隅からパッセルの無事も確認できた。クロウと同様に逃げ切れたらしい。


「…………はあ、やんなっちゃう」


 パッセルがスーツに被った塵を叩きながら、状態を起こした。機嫌はすこぶる悪そうである。


「もうさいあっく! コバトのこんな姿見たくなかったし、仲間は気にくわないクロウだけだし、殺したい相手が目の前で気持ち悪く笑ってるし! もうとにかくさいあっく!!」


 黒のハイパーグローブをぎゅっと握りしめながら、そんなことを言う。


「…………悪かったな。だが……」

「うっさいわね、わかってるわよ、共闘、するんでしょ!」


 決まりが悪そうにぶんぶんと腕を回してからパッセルはストレッチをする。


「ああ。コバトを助けたいという気持ちは、私もお前も一緒だろう」

「でも……本当にあの人の言ってることは本当なの?」

「……ヤツにかけるよりはマシだ」


 クロウは目前のティーチャーを睨み、唇を噛みしめる。


「……クロウ、貴方は裏切ると思ってましたよ。だからこそこうして私は準備をしてきた」


 ティーチャーは白衣をばさりと翻して銀色の胸元をさらけ出した。

 人間味がまったく感じられない人工の板がぱかりと開いて、小型のミサイルが飛び出す。


 ミサイルは小さな孤を描きながらクロウとパッセルへ降りかかってくる。


「……お前はもう人間ですらない」


 クロウがぼやくと指一つ動かすことなく、ミサイルは軌道を止めた。黒い影がミサイルに手を伸ばし、クロウの寸前で止めていたのだ。


「くらえ」


 鷲掴みにした小型兵器をやって来た咆哮へそのままぶん投げてやる。避けるかと思いきや、拍子抜けするくらい簡単にティーチャーに直撃。大きな爆発音と、黒煙が立ち上った。


「キキキ……いいですねえ、実に素晴らしい! 私のこの身体は!」


 ティーチャーは狂気にも似た叫び声を上げる。どうやら無傷らしい。

 そんなティーチャーに、疾風のように身を寄せる影。


「……気持ち悪い、さっさと死んじゃえば?」


 闇夜に生きる猛禽類のような鋭い瞳で、パッセルは宙から流れるような連撃を叩き込む。


 小さな拳から繰り広げられる小粒な打撃攻撃は、その一つひとつが障子を破るようにコンクリートの壁を簡単に破壊する。肉体の一〇〇パーセントが引き出せるエージェントといえど、素手で厚いコンクリートを破壊することはできない。拳に一切の負傷を負わせることを許さないパイパーグローブを持ってしても不可能なことだ。


 一撃を入れる度に、人工物を含んだ重厚な身体は強引に空へと誘い込まれているようだった。中空へ投げ出されても容赦なく打撃は続いたが、鋼鉄を殴る鈍い音が止まったとき、ティーチャーは壁にぶち込まれることとなった。


「……ごめんあそばせ。悪いけど、こんなもんじゃあなたは許せないから。もっとぎったんぎったんのボコボコにしてあげるね」


 ティーチャーをたたき込んだ壁は簡単に崩れ落ち、隣の部屋へと対象を運んだ。

 パッセルは冷酷な表情のまま地上へと舞い降りる。天使のようなルックスと悪魔のような表情。それに怪力。物理攻撃という区分けにおいて、超人類を除き彼女を勝る生物がこの世にいるとは思えない。


「派手すぎる。もっとセーブできないのか」

「こっちのほうが素敵でしょ、いいのこれで。これがあたしのあいぜんてぃてぃなの」

「……アイデンティティだ」


 本日二回目にとなる同じ内容のツッコミを余儀なくされた。クロウは崩れ落ちる壁を一瞥したのち、こめかみを伝う冷や汗を拭って、タイロープブレードをコバトへ。


「…………コバト」


 自らの瞳に映るのはもはや人ではない。人間の手によって化け物に変えられた生命体だ。


 ――いや、あれは私の妹であるクロカワコバトだ。それは間違いない。


 そんなことはわかっている。でも、目の前の現実を受け入れることがどうしてもできない。


 あんなに愛くるしかった妹だったはずなのに、クロウはその記憶を片隅で感じる事しかできない。忘却の彼方へとすっ飛ばされてしまった最愛の妹の笑顔が見えないのだ。


 ――だが。


「これは……私が果たすべきことなんだ、お前が、そんな姿で研究員たちに使われていい道理はない。それなら――せめて、私が……」


 クロウは硬化させたタイロープブレードの切っ先と、漆黒の瞳を妹の胸へと向ける。


 身体が動かない。硬直したまま、刃を投げつけることができない。

 お互いに睨み合っているとやがてコバトは奇声を上げて兄へと襲いかかる。

 人間の二足歩行ではほとんどない。まるで四足歩行の獣の進化途中を見ているかのようだった。


 一瞬、身体が怯む。

 何で記憶もないのに、この化け物のようなコバトという生命体を切ることができないのか。クロウは脳味噌をフルスロットルで回しながら考えたが、答えにはありつけなかった。


 コバトの腕にぞんざいに集まった白と赤の肉が鞭のようにしなる。

 風に乱暴に弄ばれながら肉塊はクロウの視界をゼロにした。

 気がついたときには壁に叩きつけられていた。パッセルのときと同じように壁が崩れて石つぶてが頭へ降りかかってくる。


「アンタ、もしかして戦えないとか言う気なの?」寸前で止めたのはパッセルだった。

「……そうは言ってない」

「記憶……ないんでしょう、だったら、いいじゃない。アンタは別にアレをコバトだって思わなくったって別にいいのよ」


 無表情なパッセルは、わめき散らす人の知性の欠片も感じない擬人類を顎で指した。


 しかし、涙ぐんだ声色のまま、力強い口調で続ける。


「……あたしには…………アレがコバトにしか見えない」


 パッセルは記憶を持ったままエージェントになっている。

 肉を膨張させたり変形させたりする、怪物の親友だったのだ。その声音には若干一二歳とは感じられない決意が感じられた。


「……それでも、あたしたちがあの子を救わないと、誰が救ってくれるのよ!」


 パッセルは、眦に浮かぶ雫を手袋で拭ってから地を踏みしめた。


「コバト、ゴメンね!」


 パッセルは瞳を閉じて、黒の鉄拳を少女の中心にねじり込む。コバトは半場発狂しながら己の肉を腕へと巻き付かせていく。


 まるで地獄絵図だ。生臭い匂いが鼻の奥を刺激する。


「くっ……」


 超人類にも人間にもなることができなかった悲しき生命体、擬人類。こんな生命体をもう生み出したくはない。クロウはそう誓った。


「あぎゃあああああああああああ」


 幼き少女の悲しき咆哮。

 気がついたときには、最愛だった妹の腕を切断していた。

 濁流のような値と共に肉塊がぼとりと地面に落ちる。まるで意思を持った生命体のように、うねうねと気色悪い動きを続けるウジ虫のようなだった。クロウは床を一瞥してから、肉の波に呑まれていったパッセルを助け出す。


「平気か、パッセル」

「……アンタ、大丈夫なの?」


 パッセルはあっけらかんとした表情で成されるがまま身体をクロウの胸へと預ける。


「……救ってあげればいいだけのことだ」


 今から人間に戻るなんていう都合のいい話があるはずがない。突然やってきたうまい話を盾に取って、自分が変わりたかったのかも知れない。でも、コバトが少しでも楽になれるのなら。


 ――私はこの命を投げ出せる。たった一人の妹のために。忘れてしまった妹のために。


「直ぐに助けてやる。お兄ちゃんに任せておけ」


 コバトの切断面から新しく生えてくる緑と紫の血管だらけの脂肪の塊を確認、クロウは頬を緩めた。


「ケホケホ……失礼するよ。どうです、私の擬人類の完成度は。貴方たちにも勝る力を持っているでしょう」


 パッセルが破壊した壁の隙間から白衣の武装研究者が出現する。


「知らん。だがお前を殺すことは容易そうだな」クロウが吐き捨てるように言う。

「それはいい。……まだまだパーティーはこれからというもの。さあ、楽しみましょう」


 骸骨のように薄い頬のまま、にたにた笑うティーチャーがパキンと指を鳴らす。すると、ぞろぞろと五体の新たな生命体が姿を現した。


「……お前、人間を辞める覚悟はできてるんだな」

「私は人間ではない。超人類をこよなく愛するただのマッドサイエンティストですよ……」


 特徴的な笑いかたでケタケタと笑ってクロウを指差す。

 五体の新たな擬人類は標的を発見すると、全員が一斉に冥界からの雄叫びをあげる。


 足の不自由さを訴えるように床をのたうち回りながら飛んだり、撥ねたり、本当に人間の飛びかかり方ではない。


 この擬人類たちも、元はエージェント候補生だったのだろう。死した肉体に超常的な生命の欠片を入れられたら、こんな醜い姿になってしまう。両生命体において、こんなに悲しいことがあっていいのだろうか。


 クロウの足下がうねうねと暴れ始めた。黒の相棒が大蛇のように舌をちらつかせる。


「悪いな、ミッションだ」


 影は向かってくるものを噛みちぎる。一体目、一番接近してきていた擬人類の胴体を両断し、その下半身がクロウの左手に握られた。


「一分間、いただくぞ。まあ、わからないか」


 クロウは右手でタイロープブレードを構え、左手で擬人類の下半身を掴んで離さない。離してしまえば、相手の身体へと戻ってしまう。


 足を失った擬人類は、血の海をのたうち回りながら片割れを探しているようだった。


「醜い。だが、これを作ったのも人間だ。人間がケジメを付けるべきだ」


 続いて二体目。向かってくる擬人類の少年を右手で切り崩し、ミンチにする。だが、バラバラになった擬人類は徐々に再生を開始していた。再生能力が極端に高い。


 左手に握った下半身は一時的に借りている状態であるだけであるから、再生は始まらないらしい。一つ有力な情報を得たクロウが眼界の中にコバトを入れたとき、視界を遮ったパッセルがあらぬ方へ飛んでいった。


「パッセル!」


 クロウを庇ったパッセルが二〇メートル以上は吹っ飛んで、天井を突き破る。

 コバトの鞭のように伸びた肉塊パンチだった。


 切断したはずの腕はそのままに、新たな腕が二本も余分に生えていた。完全に化け物の所行。


 しかし、クロウの側面側から攻め込んできている擬人類の数は残り三体、うち一体は既に修復が始まってしまっている。


 ――どうする。

 苦戦を強いられるクロウ。自らの生命が長引くほうへ、思考を巡らせる。

 そんなとき――。



「やあ、苦戦しているみたいだね」



 耳が調子の軽い声音を拾った。


「……ふん、早く手伝え、クジャク」

「了解」


 クジャクはタイロープブレードを鞭のように扱って、襲いかかってくる擬人類の足首を素早く切断。川の流れのように跳躍し、すとん、とティーチャーの背後を取った。


 その間コンマ一秒。エージェントの能力ですら、不可能なレベルである。


「……かわいそうな彼らの動きを止めろ」


 クジャクは声に凄みを走らせて声色に乗せる。あまり聞いたことのない声だった。


「…………貴様はっ」


 呆気にとられたティーチャーが、驚いた表情でクジャクを睨み付ける。


「早くしろ、同胞たちの悲鳴が耳を離れない。君は僕をなぶり殺すつもりか?」

「貴様が…………超人類のボスだったのか」


 ティーチャーの瞳がだんだん怯えた小動物のように小さくなっていく。


「如何にも、僕は『ネオラス』のボスをさせてもらっている超人類だ」


 くすりと微笑みを浮かべてクジャクは続ける。


「…………一つ、話をしよう。我々は、決して人間を憎んでいない。憎んでいないどころか、愛していると言ってもいい。人間がこの地球という最高の移住星で、独自の文化を育んでいるのはとても可愛らしく感じるよ。だが……」


 クジャクは悲しむような表情で、「何故君らは独り占めしたがる」


「僕らは決して多くの種族を喰ったりはしない。最低限の人間しか喰わない。それも居なくなっても何の問題もない人間を選んで食す。それだけだ。君らと変わらないどころか、地球にとって君らよりエコだと思うんだが、違うかな?」


 この問には、クロウやパッセルも含まれているらしい。


「……さあな。人間はわがままだからな。私の知ったことじゃない」

「僕だって知ったことじゃない。僕ら超人類だって、君らより後発かもしれないが、この美しく住みやすい地球で生きていきたいんだ。だから地球の生命体たちとは仲よくやっていけたらいいな、と常日頃思っているんだよ」


 クジャクは手に握られているタイロープブレードを首元に少し刃を入れて、続ける。


「それなのに……君たちときたら、まったく聞く耳を持たない。生物界の頂点にいるんだか何だか知らないけれど、僕たちを害敵だと早々に認識し始めた。そうなってしまえば、僕らも対抗戦にでるしかない」

「……ちょっと待って、どういうことなの。なんでクジャクが」


 パッセルが巣汚れたスーツ姿で、天井から降りてくる。


「パッセル、君は肉や魚を食べるとき、何を思う?」

「え? 美味しいなって……って何? この質問。何言ってんのクジャクは」


 パッセルが苦い表情をクロウへと向ける。


「僕らも同じだ。料理された君らを食べても、美味しい、という感情しかわかない。かわいそうだとか、そんなこと微塵も感じない。ちゃんと超人類にも調理業者があってね、人間を捕獲して調理するのが彼らだ。そして、それが我々の食事となるわけだ。君らが生の豚や牛を食べれないのと同じで、僕らだって生の人間なんて願い下げだよ、気持ち悪い」


 クジャクはクロウに同意を求める仕草をするが、クロウは無視する。


「どうだい? つくづく同じだろ? だから僕らは僕らだけの世界を作ることにしたんだ。今も秘密裏に企画は進んでいてね、ああ、平気さ。君らには迷惑をかけないところだし、君らはそこでは息すらできないから安心して欲しい」

「別に構わない。好きにしろ」


 クロウは目の前で命乞いをするマッドサイエンティストの命の意味も込めて、そう言った。


「そうかい。じゃあ遠慮なく」


 ティーチャーの銀色で覆われた首が、クジャクの手刀で簡単に切断される。クジャクの手刀の先端が、刃物へと変形していた。


 クジャクは、床へ転がるティーチャーの生首へ、憂いの瞳を向ける。


「ああ、どうか悪く思わないでくれ。同族を救わなくちゃいけない。君らだって、逆の立場ならきっとそうするだろう?」


 大量に吹き荒れる血しぶきをクジャクは愛しい人を優しく抱きしめるように、全身で受け入れた。浴びるように黒のスーツを血を浴びせる。


 ティーチャーが死んだのを直感的に理解したのか、擬人類たちの咆哮が再び巻き起こる。


 クジャクはその中で擬人類の少女、コバトを瞳に写した。


「クロウ、彼女でいいんだよね」

「ああ」

「そうか。……じゃあ、彼女をクロノライトグラフに閉じ込めて、僕に渡すことだ」


 そうすれば助かる。クジャクはそう言い、タイロープブレードを握って、擬人類の群れに漆黒の鞭を飛ばしながら、無線連絡を入れることにした。


《ああ、僕だけど。――君のクライアントのことなんだけど~……》

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