第27話
――何故、お前が。
最初に脳裏に焼き付いたのは、それだった。
いけ好かなくて生意気なヤツだが、任務に従順で、面白い後輩だとチキンは思っていた。
様々な感情がチキンの中で渦巻く。大きすぎる爆発のあとの、静けさのようなものだ。
チキンは表情を歪めて、命という価値失ったを亡骸の背を確認し、顔を上げる。
眼界で、美しい金色の髪がふわりと遊ぶ。今のチキンには、髪さえ笑っているように見えた。
「……殺したのか……仲間を」
チキンの心の声はそのまま放出された。
「騙されるほうが悪いのよ」
綺麗な唇からは、信じられないほど冷徹な言葉が届いた。
床に倒れたクジャクの心臓はすでに停止していた。死んでいる。殺されたのだ。
タイロープブレードを引きずりながら振り返った彼女に。
「ああ、嘘だと言ってくれよ、チック……クソ、チクショウがッ」
チキンは歯を食いしばって、そう嘆くしかなかった。
* * *
目の前で意気消沈としたチキンを見下ろしながら、せせら笑う。
地面に投げ捨てた黒髪のカツラを蹴り飛ばし、少し離れた位置で唸りを上げる擬人類の少女、コバトを一瞥する。
「あなたがコバトちゃん? とってもキュートよ、とくにそのグロテスクな乳白色の肌とかね。ぜーったい真似したくないわ、サロンでもいったらどう?」
チックは本来の口調で皮肉を言いながら、タイロープブレードに付着した鮮血を薙ぐ。
飛び散った液体が床にこびりついたとき、上部で甲高い音が研究所内に響き渡った。
――自らのミッションを遂行しなくてはならない。
チックは座り込むチキンのほうへ向かおうとしたそのとき、二階から超人類研究所の最高責任者、ティーチャーとクロウが飛び降りてきた。
クロウの握ったタイロープブレードは、ティーチャーの腕でがちりと止められている。
超人類研究所に所属する多くの研究者は、自らの身体をサイボーグ化させているというが、ティーチャーにおいてもそうらしかった。
白衣の隙間から見える部分は肌色が極端に少なく、銀色に輝く圧倒的硬度を誇る人工皮膚が、黒の刃を受け止めることができるということだ。どちらの製作者もティーチャーである。
むしろこうなることを予測していたのだろう。その生気の感じられないくたびれた表情からは驚きといったものは感じらない。目の前の現実だけを信じる瞳がゆらりとコバトへ向く。
「コバト、やってしまいなさい。全員殺して構いません。後の材料になりますから」
うんともすんとも言わないまま、コバトは小さな拳に肉塊を集中させる。赤と白のマーブル模様をねじり上げてから、それをそのまま床に叩きつけた。その間、コンマ二秒。
起きた現象を現場は素直に受け止めた。結果、フロアが音を立てて崩れ落ちる。
チックは驚愕した表情のチキンの首根っこを掴みながら、地割れの中へと入っていく。
他のメンバーの喧騒を完全にシャットアウトして、チックは己のミッションの為に全真剣を集中させる。
――絶対にあなたを離さない。何があっても。
二人いるクライアントのうち、一人の怒り狂った表情を想像すると、また笑いそうになる。
――騙されるほうが悪いのよ。
だからチックは、そいつにも一言添えてあげることにした。
* * *
――一体何が起きてる! 俺は夢でも見てんのか!?
フロアが崩れた。それはかろうじて理解した。
しかし何故自分はチックに首根っこを捕まれているのだろうか。
崩れた地下シェルターのさらに下、そこは保存中の超人類のカプセルが並んでいた。中身は空だが、チキンにはわかる。この中には外的情報を持たない超人類がまだ生きている。
「ほらこっちよ、さっさとここに入りなさいよ、粗チン野郎」
チックに引きずられるまま、上部からの落石でできた倉へ乱暴に放り込まれる。
「おい、待て! チック、テメェ一体なにがどうなってやが――」
チキンが矢継ぎ早に言葉をチックに飛ばす。チックは、くすりと笑って指を立てた。
「あなた疲れてるのよ。いいから黙ってわたしに守られてなさい、この役立たず」
「なっ……!!」
あまりの豹変ぶりに、チキンは声を荒げることもできずに倉の中で頭を抱えた。
「わたしはあなたの護衛ミッションを請け負っているのよ。とある人物からね」
「とあるミッション? 護衛ミッションだって? ははっ、最高のジョークだぜ、喜べチック、テメェの渾身のジョークたちの中で一番面白いよ」
「あらそう? 光栄ですこと」
「…………誰から依頼を請けてる。俺を護衛する理由は何だ」
「教えられるわけないでしょ、何とち狂ったこと言ってるのよ、バーガーの包み紙でもされたいの? いいわよ、行きつけの店の野良猫野郎でも紹介しましょうか? あなた何か一発でミンチよ」
「……ワーオ、本当に今日は最高の日だね、ビール片手に乾杯といきたいぜ」
「あなたって本当におめでたいのね。わたしはあなたのことなんて何にも知らないし、興味もない。勝手にしたら?」
「おいおい、素のテメェが何なんだか知らねえが、バードのエージェントという肩書きを持つお前が俺の後輩であることは変わらねえぞ。口に気をつけろ、どてっ腹に風穴空けんぞ」
「じゃあわたしはあなたの脳天ブチ抜いてあげる」
やがてエスカレートしてくるチキンとチックの罵り合いを遮るように、声が響く。
「楽しそうだな、俺も混ぜてくれよ」
それはクジャクの声で間違いなかったが、チキンはほくそ笑んでから一言、
「ああ、何だか嫌な予感がするぜ……」
「奇遇ね、わたしもよ」
チックが同調する。
つかつかとこちらへ歩み寄ってくる男の靴音を聞きながらチキンは胸元のネクタイを緩める。
「おいおいそりゃあないぜオッサン。色男の声は色男にしかできねえ。気色悪いだけだぜ」
「ガッハッハ、お前らが仲睦まじくやってるもんでな、声かけづらかったんだ」
穏やかな声色が耳にまで届く。その表情は実にうさんくさい。
「よしてくれ、アンタのそんな顔なんて見たくないぜ」
すとんと綺麗に落ちるように、嫌な予感は的中した。
「――チック、どうして裏切った?」
オウルは笑みを絶やさぬまま、淡々と告げる。
「……もうその言葉はうんざり。わたし、気前のいいクライアントの方が大事なの」
チックも笑み返してから胸の前で拳を作った。片方の手にはタイロープブレード。
「まあな。こういうのが多発する商売だ。しかたねえっちゃしかたねえさ。恨んじゃいねえ」
オウルはボリボリと頭を掻きむしってから、冷徹な視線をチキンに注いだ。
「悪いがチキン、お前さんには死んでもらう」
チキンはチックに倉から出ると、黒の刃を光らせて、大柄な男を瞳に写した。
「かかってこいよ、オウル」




