第26話
「まったくあのガキは何がしたいってんだ、頭に膿でも溜まってるんじゃないのか」
チキンは言葉の途中で舌打ちを混ぜながら壁に背を貼り付ける。
《私語厳禁だ、チキン。何とか潜入には成功しているんだから、文句を言うな》
オウルから無線が入る。しかし当人は直ぐ横にいた。
たった今、超人類研究所に潜入を開始したところだ。オウルの『変幻自在の言霊』で、外に出た研究員を拉致し、一時的に洗脳状態にさせてIDにて中へ侵入することに成功した。
「あー、アンタって本当にクールなヤツだよな、最高だよ。惚れそうだ」
チキンが皮肉たっぷりに頭を振りながら、突き当たりの壁からそっと顔を覗かせる。
「悪いが、俺はクジャクのような両刃の剣ではないからな、そこら辺は理解してくれ」
チキンの指サインを送ると、オウルとチックが飛び出して道なりに廊下を進んでいく。
「……大丈夫でしょうか、パッセルは」
「ちびっ子のガキとはいえ、アイツだってプロのエージェントだ。平気だろう」
オウルが落ち着いた声色で、チックにそう返答する。
「本当に迷惑な野郎だ、超人類研究所に単独で乗り込んで、一体何がしたいって言うんだ。そこら辺の野良猫野郎でも、もう少し考えて行動するもんだぜ」
「わからん。突然姿を消したかと思ったら、無線が繋がらなくなった。襲撃を受けたのかも知れない。とにかく気をつけろよ、何があるかわからないんだからな」
パッセルとオウルはペアを組んで超人類研究所に潜入し、ティーチャーの捜索にあたっていたのだが、途中ではぐれたらしく、それ以来無線通信は繋がらないという。
「まあ捕まえたときにでもゲロってもらうとしようぜ、あのガキめ、今に見てやがれ」
「ゲスですね。小さな女の子にそんなことをしようだなんて」
「テメェ、今お前小さな女の子と言ったか、あのゴリラ以上の怪力女のことを! 俺は一度死にかけてるんだぞ! 腹パン一発であばらが何本あろうが全部粉砕骨折だぜ! エージェントの身体でもだ! とんだクソッタレ野郎だぜ!」
チキンは大声で文句を辺りに飛ばしながら、そっと懐から取りだした超小型爆弾を、誰にも見られることなく目標の設置箇所へ取りつける。
チキンは、単独行動を始めたパッセルを追う傍ら、己のミッションを遂行していた。
オーバーアクションのパフォーマンスといったところである。
「――何者だ!」
チキンの大声に反応した研究員が、声を張り上げながら近づいてくる。
「言わんこっちゃない、このチキン野郎、お前のせいだぞ!」
オウルが珍しく険しい表情でチキンを罵る。
「ああ? 誰がチキンだって? もういっぺん言ってみやがれ! その団子っ鼻へし折られる覚悟はできてるんだろうな!」
「二人とも黙ってください。余計に人を呼び集めるだけです。もう奥に進むしかありませんし、あなたはどっちみちチキンだから安心してください」
何とか研究員たちを巻きつつも、研究所内ではブザーが鳴り響く。おそらく侵入者を捕らえるべく、機械化された警備員が配置されたのだろう。
超人類研究所に配備されている警備員は、武装強化された機械人間たちである。
また、ここに勤めるという研究員たちも、マッドサイエンティストらしく身体の一部分を機械武装しているという。
協力関係にある秘密結社が万が一寝返った際の対抗処置としているらしいが、趣味の一環でもあるというもっぱらの噂である。
そのため実際の戦闘になれば、いかに強化人間であるエージェントであるとはいえ、簡単に勝てるとは限らない。だから戦闘はできる限り避けたい。
各々床や壁を自由に跳躍しつつ、ブザーから逃げるようにして、階段を降りゆく。
ようやく辿り着いた人目のない小部屋で、メンバーは驚愕した。
「なっ……」
そこには、床に倒れたパッセルと、クロウがぎらつかせる瞳で立ち尽くしていた。
「……なんで、アンタは……アイツの言いなりなのよっ!」
パッセルが声を絞り出すようにクロウに叫ぶ。どうやらクロウは『影の強奪者』を使ってパッセルの行動の自由を奪っているらしかった。
パッセルは床に這いつくばったまま、潤んだ瞳でクロウを睨み付けている。
「…………私は、お前とは違う。お前は……感情で動きすぎだ。もう少し冷静になれ」
「違わないわ! アンタだって憎んでいるんでしょ!? 殺したいと思っているくせに!」
どうやら言い合いを繰り広げているらしく、言葉が部屋中に飛び交っていた。
「そんなの当たり前だ。だが、タイミングが重要だと言っている」
「バカなんじゃないの!? なんで自分の妹をあんな目に遭わせたヤツの味方ができるの!? 正気じゃない、あたしには全然理解できないわ! そんなんじゃ、コバトだって救われない!」
パッセルが感情をむき出しに、黄色い声でクロウを怒鳴りつけた。
「私がどれだけ時間をかけてきたと思っている。それを台無しにするのは許さない」
クロウがパッセルを縛り付けている影の圧力を強める。パッセルは歯を噛みしめるようにして強く瞼を閉ざした。
「おいおい、待ってくれ、パッセル、クロウ、コレは一体どういう――」
状況がまったくわからず、部屋で立ち往生したままのチキンたちを押しのけて、部屋に入ってくる男がいた。
「二人ともやめるんだ」
「…………クジャク、テメェ」
チキンが表情を怒らせて、睨みを効かせる。
「安心してくれ。今、僕らの利害関係は一致したんだ」
クジャクはまるで腫れ物にでも触るように優しくチキンをなだめて、語り始めた。
「クロウの妹……クロカワコバトは擬人類だ」
クジャクの告げる言葉の重さに堪え忍ぶクロウと、パッセル。
パッセルを縛り付けていた影がクロウの足下へと戻って行く。
「おいおいどーゆーこった、擬人類ってのは、例のなり損ないってヤツで間違いないのか」
「間違いない。僕らバードが最初に受けたミッション、超人類の少女とは、クロカワコバトで間違いない。つまり……僕らバードは、彼女を捕らえるのがミッションということになる」
「妹……? クロウ、お前にはそんなのがいたのか?」
オウルが質問する。それには、身を起こしたパッセルが答えた。
「いるよ、クロカワコバトは……あたしの同級生で親友だった。あたしがまだ養成学校でエージェント候補生としてこの学校にいたころ……」
パッセルの語りを、チキンが上書きする。
「ちょっとまて、なんでお前は養成学校にいるころの記憶があるんだ。卒業したら記憶は消滅させられるんだろ」
「……ああ、言っていなかったな、パッセルは唯一、この養成学校の記憶を保持したまま秘密結社に所属しているエージェントだ」
オウルが答える。
「……本来一五にならないと、薬物投与には耐えきれないって言われてる。でも……あたしは成功したのよ」
パッセルは遠い目のまま、辛い過去を思い出すようにして頭を抱えた。
「あの子……コバトは、エージェントとしての適正値が高すぎた。他の同年代の子たちより頭三つ分くらいは上だったって聞いたわ。だから……超人類研究所の奴らにさらわれて、人体実験の練習台にさせられたの!!」
パッセルの叫ぶような悲鳴が部屋の中でこだまする。
「身体年齢的には耐えられないけど、エージェントとしての能力適正値が高い対象だとどうなるか、とかそんなことを言っていたのは覚えてる……。そして、そこにはあたしも呼ばれてた。あたしもコバト程じゃなかったけど、適正値が高かったの。……もう、地獄だった。目の前で親友の皮膚が沸騰したり、目玉がとろけて少し液状になってたり、まともに見れなかった」
「…………」
チキンを初めとしたメンバーには、その記憶がない。なんとなく辛かったような気がした。という感覚が残っているだけで、薬物投与をされている対象を見ることもなければ、記憶の片隅でぼんやりと雰囲気が残っているだけである。
「それで……コバト、死んじゃったの。びくびく電気が走ったみたいに急に動き出したと思ったら、突然止まっちゃって……そのまま動かなくなった。その次はあたしだった。薬剤投与されて、なんだかとても地獄だったことは覚えてるけど、ここはあまり思い出せない。とても辛かったな。……それで、気がついたときには、身体があり得ないくらい動きやすくなってて、もの凄い腕力がついていた。あたしはエージェントになった」
特殊薬剤EJDによって、生き残る可能性があるエージェントは一〇〇〇人に一人だけだ。生き残る人間のほうが珍しい。しかしパッセルは、親友が目の前で人間とは言いがたい姿になっていく過程を見せつけられたことで恐怖を覚えた。
その恐怖が、パッセルに施された薬物投与よりも強いものとして精神に残っていたのだろう。だからパッセルは薬物投与に耐えることができたし、記憶操作されようと、目から入ったショックすぎる光景を忘れることができなかった。
「そのときティーチャーが言ったの、コバトの死は絶対に無駄にしないって。あたし……そのとき、もうよくわかんなくなってて……逃げるように養成学校から秘密結社へ配属されてた。……コバトのことを聞いたのは本当に最近、それであたしは、ティーチャーに復讐するために……アイツを……殺すためにこのミッションに派遣されるよう手配したのよ」
親友のための復讐。それがパッセルのミッションの内側に隠れた本心だった。
「コバトにお兄さんがいたは知ってたけど、まさかクロウだなんて思わなかった。そいつ、ティーチャーにいいように使われてるのよ。コバトを人質に取られて。お人形さんみたいに」
「確かに私はティーチャーに従って動いている。だがそうしないとアイツは助からない。定期的に薬剤投与をしないと死んでしまう身体だ。だが……それもついに終止符が打てる」
クロウは、クジャクを睨みながら、煮えくり返りそうな感情を押しとどめて言った。
「……ということで、僕ら利害は一致しているだろう? パッセルはティーチャーへの復讐、クジャクはコバトちゃんの救出。そして……僕たちは?」
クジャクが馬鹿にしたような笑みで、チキンに問いかけてくる。
「ああ? 今何て言った? 僕たち? テメェイカレてやがんのか? 今更何言ってやがる、このクソッタレ野郎。脳天撃ち抜かれたくなけりゃ協力しろってか?」
「まあまあ、落ち着け。チキン」
オウルが、頭に血を上らせたチキンを制すように、割って入る。
「クジャク、つまりはなんだ、お前さんは分裂状態にある秘密結社バードで共闘しようってのかい?」
「ああ。僕らチームの目的は二つ。一つは擬人類である少女“コバト”の確保。もう一つがティーチャーの計画の阻止だ。当初の予定通りだろ?」
「…………ボスに連絡する」
クジャクの淡いブラウンの瞳を見つめ、オウルが黙考した後にそう告げる。
「おい! マジかよクソッタレ! コイツは裏切り者だろッ! どうしたんだオウル!」
「……クロウに対しては何も言わないんだな」
「……」
オウルは横目で口を閉ざしたチキンを見やると同時に、手早く無線通信を終了させる。
「……まったく、今回のが最後のミッションであることを説に願うばかりだ。今回のミッションはどうも疲れることが多くて腰にくるよ……いいかい、一度しか言わないからな、目的は二つだ。クジャクが言ったものと同様だ。ただ、超人類研究所の最高責任者、ティーチャーに関しては、やむを得ない場合は殺しても構わん。以上だ。今までのいざこざは一度忘れろ。全員だ。俺等の利害は現段階で一致している。多少私情も交わっているが、俺たちバードのミッションは、あくまで二つだけだ。それを遂行する。ただそれだけだ」
オウルが新たなチーム理念を言い終わると、その後多少のいざこざはあったものの、秘密結社バードは、保管された超人類たちが眠る超人類研究所の地下シェルターへと潜入することになったのだった。
――そして、後に死亡する者と、裏切り者が出現するのを彼らは未だ知らない。
作品を気に入りましたら『ブックマーク』と『レビュー』をお願いします。
☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。




