第23話
おそらく、クロウとクジャクは強力して超人類保護研究所の最高責任者、ティーチャーの支援を行っている。
別口で依頼を受けて、エージェントとして、ミッションに望んでいるというわけだ。それならば、こちらもそれは同じだ。対立するのは明白である。
我ら秘密結社バードが抱えるミッションは、大きく二つある。
一つは超人類に扮しているという少女を特定し、捕らえること。
二つ目に、超人類保護研究所の企む、擬人類創成プロジェクトの把握、そして阻止。
だが、ミッション遂行中に裏切り者が発生した。クジャクとクロウだ。ティーチャーと協力関係にある強敵である彼らを捕らえ、擬人類創世プロジェクトを阻止しなければ、世界はやがて恐慌に陥ることになる。
現在は、クジャクとクロウの目的を阻止すべく体勢へとシフトしてきているらしい。
ボスから伝えられた内容はそこまでだった。
寮で休養中のチキンは、外傷を負った次の日には、もう完治しきっていた。
しかし、まだ演じていなければならない。真の目的のために。
――きた。
無線が届き、チキンは耳裏に指を当てた。
《怪我はどうだ? チキン》
《おいおいボス、舐めてもらっちゃあ困るぜ、一日で完治さ》
ベットから身体を起こして、スーツに袖を通す。
《で? 俺はもう動き出していいのか? いまなら独りぼっちだぜ》
《ああ。既にわかっているとは思うが、お前には超人類研究所に単独潜入し、地下で眠っている超人類のカプセルを破壊してもらいたい。超小型爆弾は小包でもう届いているだろ? そいつで研究所もろとも破壊してやるんだ》
一ミリにも満たないシール状の爆弾をポケットに忍ばせる。
《とんだ兵器だぜ、こんなものが世の中に出回れば世界はパーだ。最高にイカしてやがる》
《他の工作員によって既に三割ほどは設置済みだ。後の七割をお前に任せたい。設置場所については紙が同封されていただろう。暗記したら、紙は即刻焼いてくれ。潜入ルートや警備レベルも記入しているが、あまり当てにはするな》
《了解。思い出と共に焼き捨てることにするよ》
《……検討を、祈る。頼んだぞ、コードネーム、チキン》
ボスの懇願するような声が耳に届くと、チキンは瞼を閉じて胸に手を当てた。
チキンは秘密結社バードのメンバーには誰にも打ち明けることなく、もう一つのミッションに従事していた。
超人類研究所の破壊。そして捕らわれている超人類の解放。
誰にも悟られることなくこのミッションを遂行する必要がある。己の真の目的を改めて思い返す。
――俺は生粋のエージェントだ。だが、秘密結社バードのエージェントではない。もっと大きな概念の元に司るスペシャリスト。だから、絶対に失敗は許されない。
簡単な身支度を済ませて、チキンは部屋を慎重に抜け出す。周囲の目はない。
流れるような身のこなしで、誰の目に捕まることもなく超人類保護研究まで辿り着く。夜の潜入のほうが、圧倒的に楽である。
同封されていたIDをかざして、クジャクがしたように超人類研究所に潜入を開始する。
暗闇の廊下を突破して、ロビーに潜入、一つ目の超小型爆弾を設置する。
暗記した潜入ルートを確認し、順当に超小型爆弾の取りつけを完了させる。
物事は進んでいるように思われた。――しかし。
「動くな」
首筋にひやりと冷えたものが当たる。声で誰なのかがわかった。どうやら、研究所に潜入したときから尾行されていたらしい。かなりの手練れである。今のいままで、まったく存在に気がつくことができなかった。
「……目的は何だ、なんでここにいる」
答え次第では、この首が撥ねられる。
「俺は……お前ら側だ。ティーチャーの計画支援のために、別の組織に派遣された」
チキンは咄嗟の嘘をでっちあげた。
「……ふん、ジョークならもっとマシなものを用意しておくんだったな、チキン」
男は冷酷に言い放つと、硬化させたタイロープブレードを首に突き立てる。
「……クロカワ……コバト」
「……何故、お前からその名が?」
声に動揺が感じられた。事前にボスから受け取っていた合い言葉だった。どうやら使いどころとしては合っていたらしい。
「これでわかったか? 俺はお前等側さ……よう、元気だったかい、兄弟」
やがて引かれる刃の切っ先に注目しながら、少しずつ目線をあげていく。
白衣姿の下にはエージェントスーツ。一つ結びの長髪。クロウだ。
「テメェの……妹だろ?」
これもはったりだったが、おそらく的中する。エージェント養成学校潜入の際に与えられたクロウの偽名は、クロカワツバサだ。
「……ふん」
クロウはタイロープブレードの硬度をゼロにして、自らの胸元へと還す。
――オーケイ。よーし、よしよし、ビンゴだ!
チキンは心中叫びながら、和やかに微笑むと、手を差し出した。
「へへっ、お手柔らかに頼むぜ、相棒」
「……いつから相棒になったんだ、お前は」
クロウは鼻を鳴らして、差し出された手を無視した。チキンにちらりと横目を送り、
「どこまで知っている?」
「悪いが現地で情報を聞いてくれって話でね、まったく聞いていない。俺は何をしたらいい」
「……秘密結社バードのエージェントの中に超人類のボスが紛れ込んでるという」
「超人類のボス?」
「私はティーチャーの命でそいつを探している。現状では探し出すだけだ。それ以上の命は受けていない」
クロウは冷たく吐き捨てた。クライアントと良好な関係を築けていない可能性が高い。
「ボスってのはなんだ? 具体的に言うと、何をさすんだ?」
「超人類という生命体の総括であり、生命体全体の意思だ。奴らの行動理念は、そのボスとやらの意思とイコールになっている」
「……そのボス様が地球を焼けと命令すれば、種全体で焼き払おうってか」
「まあ……そういうことだ」
「とんだクレイジーだ。是非とも顔を拝みたいもんだね」
「……まだお前という可能性も、捨てきれないがな」
冷え切った鋭い瞳をチキンへ向けてくる。
「おいおい、冗談だろ? ジョークはもっとわかりやすくしてくれねえと。クロウ」
「知るか」
「オーケイ、わかった。じゃあ俺もそいつに協力させてもらえばいいわけだな」
「俺は……立場上こちらの研究員ということになっている。むやみやたらにここを抜けられない。だからお前には――」
「わかってるぜ兄弟。養成学校での活動は俺に任せておけ。超人類のボスとやらを見つけ出せばいいんだろう。報酬はフライドチキンでいいぜ、行きつけの店のな」
「だから知るか。勝手に食いに行け」腕を組んで顎を撫でる。「しかし、バードのクロノライトグラフは全員分不自然に故障しているし、超人類研究所でストックされているものさえ、すべて故障していた。……これは超人類のボスとやらの差し金なのか? 発見方法は任せるが、一筋縄ではいかないことは確かだぞ」
「冗談はよしてくれ、この俺がミッションに加わったんだ。一〇〇パーセント成功するね。何なら賭けてもいい。とにかく任せてくれれば、やり遂げてみせるぜ。俺が発見したら、まずお前に連絡を入れればいいんだろう」
自らのクロノライトグラフが正常に稼働することを告げず、話を進める。
こうして、チキンとクロウは水面下で同盟関係を結ぶこととなった。
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