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エージェント・チキンチック!!  作者: 織星伊吹
◆episode3.いいニュースと悪いニュースなら、俺は最高にいいヤツを注文するね。

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第22話

「……ご覧の通りだよ、今ここでタイロープブレードの硬度を上げてしまえば、彼女は木っ端微塵だ。軟度一〇〇の現在の数値を、硬度に瞬時に切り替えてしまえばね。こういう使い方が実はこの武器の一番賢い使い方なんだよ、知ってたかい?」

「知るかクソ野郎、一応言っておいてやる、俺はな、借りが大嫌いなんだ」


 チキンはクジャクの言葉をかき消すようにして、地面を蹴散らして、流星のようなスピードでクジャクとチックの間に飛び込んだ。かまいたちのように刃を振り回しながらチックを締め上げている黒い布を速効で引き裂く。


「流石だよ、予想もできないとは、まさにこのことだね、君は思考に裏がない。真っ直ぐ過ぎて、逆に予想できないんだ」

「あー、ありがとうよ、感謝しといてやるぜ」


 解放されたチックを抱きかかえて、チキンは宙を舞った。


「……お姫様抱っこですか、めちゃ似合わないですね、チキン先輩、それに……さりげなくお尻さわりませんでした? え、もしかして、えっちです?」

「テメェは黙ってろ! いい加減ブッ殺すぞ!!」


 チキンの罵声が胸の中のチックへ飛ばされる。

 チックを抱え込むようにして地面に転がり、立ち上がった矢先――チキンの背後にずぶりと何かがねじ込まれる。


「でも――予想ができなくたって、僕らエージェントは常に柔軟な思考を持たないと、ね?」


 クジャクの粉々になったタイロープブレードが、宙に舞う中、彼の手にはもう一本の刃が握られていた。黒光りして陽の光を反射する曲線は、地面を這うようにしてチキンの背中へ。


 先端だけ硬度を上昇させ、軟度と硬度を絶妙に調整させながら、肉体の中にえぐり込んで突き抜けてから、かぎ爪のように変形しつつ、ロックする。


「意外に几帳面な君の悪いところさ。説明書の読み過ぎだね、タイロープブレードに再生機能がないこと、それに僕が武器を失ったからといって安心しすぎだよ、別に一本しか持ってないとは言ってないだろう」


 クジャクの思惑通りに姿を変形させながら、タイロープブレードはチキンの内部を切り刻んだり、かき回したりしながら破壊する。


「く……」


 チキンの傷口から、どばどばと真っ赤な血が流れ出てる。

 こめかみを汗が伝う。


 ――やっちまうか。


 チキンが歯茎を噛みしめたとき、黄色い声が青空から届いてきた。


「――えいっ」


 幼い声と同時に拳を握りしめた幼女が地面に渾身の獲物をたたき込む。まるで、隕石の衝突。


 地面がすぐさまクレーターを形成し始め、待避を余儀なくさせる。

 刺さっていたタイロープブレードも、チキンの身体から抜けていた。


「テメェ、こら、おい!! もう少し加減ってのを知りやがれ、このクソガキ、ファック!」


 粉々に砕けた石つぶてが地面から吹き出す。タイロープブレードで飛んでくる障害物を切り捨てながら、チキンは悪態をついた。


「せっかく助けに来てあげたって言うのに、酷いのね、チキンってば」


 パッセルは興味もなさそうに負傷したチキンを一瞥したあと、裏切り者たちに向き直った。


「…………」


 何かを感じとったのか、沈黙したまま小さな拳を握る。

 既にクジャクとクロウの姿はそこにはなかった。


「……悪いな、遅くなった」


 遅れたオウルが、笑みを忘れず片手で挨拶する。


「おい、テメェ、このポンコツデブ! テメェは一体なんの役に立ったって言うんだ!」

「まあまあ、そう興奮するな。これで身内間の裏切り者をあぶり出すことができたんだ、それでいいじゃないか。虻だけに。ガーッハッハッハ」

「いいやよくないね。アンタのファッキンコールドジョークなんて聞きたくもない。おい、いい加減にその軽快な笑いを止めねえと、アンタの息の根を止めて……くっ」


 思ったよりも出血が酷い。じわじわと体温が温かくなってくる。


「とりあえず、止血だ。パッセル、コイツ寝かしてくれ」

「はーい、あ、押し倒すってわけじゃないのよ、チキン」

「テメェクソガキ、ケツも乳もねぇクセに何が押し倒すだ、ファック! ファーック!」

「そんなことより、チキン先輩……」


 思い詰めたチックが、横に寝かされたチキンに言葉を投げかける。

 どうやら失われた片腕は既に戻っているらしかった。


「……なんだよ」


 その表情を真摯に受け止めて、チキンはいつになく真剣な眼差しをチックへ注いだ。


「その、とても……言いにくいのですが」

「なんだよ、早く言いやがれ」


 オウルとパッセルはお互いに顔を見合わせながら、どうやら俺たちは邪魔のようだな、と肩を踊らせ、チキンとチックの元から離れようとするのを全力で止めて、チックの言葉を待った。


「え……地味すぎません? チキン先輩の能力。え? ヤバくないですか」

「…………あ?」


 急に殺意が芽生える。さっきまでは、少しだけお互いを助け合えた。ペアの相棒とようやくそれらしいコミュニケーションを取れたと満足していた自分がバカらしい。


「なんですか、あれ。指強いんですか、チキン先輩は指がお強いんですか」

「待て。何で二回言った、返答次第でめでたくお前はミンチ行き決定だ」

「だって……指って。指強いって。ぷふっ……だったらパッセルのほうが絶対に上位互換なわけじゃないですか、先輩は旧世代なんですか……ぷふっ、旧世代とか……ふふっ」


 何故かツボにはまったらしく、旧世代を連呼しつつ腹を抱えて眦を光らせる。


「ほれほれ、いい加減に帰るぞ。一度戻って作戦会議だ。チキンの怪我もさっさと直してやらないといけないしな、早くこの場を逃げないと面倒なことになる」


 こんな巨大なクレーターを残しておきながら、逃げるとは一体何事なのか。


「知るか、そんなもんは捨て置け、俺たちは何も見ていなかった。これでいいじゃないか」


 オウルが年相応の温かい笑みを浮かべながら、チキンを抱えてそそくさと退散を開始した。


「……ふふっ、旧世代のフライドチキン……ふふ」


 帰りの道中に、チックのそんなせせら笑いを嫌になるくらい聞きながら。



 * * *



 暗がりの部屋で、無線通信が届いた。


《何をしている。さっさとヤツを始末しないか》

《申し訳ありません。なかなか隙のない男です。少しでも刃を見せる仕草すれば、チャンスを逃してしまいます。もう少しお待ちください》

《……わかった。この件はお前にすべてを一任する。頼むぞ》

《はい。お任せを》


 ボスからの無線通信が途切れると、下着姿のままベットに身体を埋めた。


「はあ、スパイも疲れるわ、本心を押し隠さないといけないだなんて、そんなもの捨て去って流行のファッションに身を包んで、彼と毎日を楽しみたいわ~。彼ってば、最高にキュートなんだから。わたしがリードしちゃうわ! やだぁ、わたしってば、いっつもこうなんだから! ……はあ、イジメたときの、あの嫌そうな顔が堪らないのよね」


 枕を抱きしめながら思い人を浮かべる。


「本当に、最高にかわいいわ。超絶愛してる」

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