第18話
目標である超人類の少女を見つけ出すこともできず、ミッションは難航していた。
数日間に渡ってターゲットの調査を続けたが、これといった成果は何も浮かび上がらない。しかし、クロノライトグラフによる反応は確実にあり、超人類がどこかのクラスに紛れ込んでいるのは明白だった。それでも、根気よく探すしか方法はないらしい。
一方でオウルとクジャクの方も、養成学校と隣接して建設された超人類研究所へ小まめに足を運んでいるようだが、こちらと同じように痕詰まっている状態らしい。養成学校の教師、というだけでは内部まで入ることはできず、極秘情報を取り扱う研修施設なだけあって、徹底的なセキュリティが施されているらしい。
八方ふさがり――とまではいかないが、そろそろ何かの兆しが欲しい。問題が起きてからでは遅いのだ。手短に、手早く、ミッションを遂行する必要がある。
……それはそうとして、チキンは、ぼんやりと考えた。
先日の乱痴気騒ぎ、あれはあれでよかったのかもしれない。
チキンがそう思うくらいなのだから、おそらく他のメンバーもある程度は楽しいと感じていたのだろう。
クジャクやオウルとは、今まで共に多くのミッションをこなしてきたわけだが、あまり世話話や下らない雑談などに耳を傾けたことがなかった。
オウルがいつしか言っていた、チームの団結力、というのも悪くはないのかもしれない。
……しかし、クロウはあれ以降単独行動をより強固なものにした。つい思い出し笑いを浮かべてしまうほどに滑稽なあの出来事を根に持っているわけではないよな? と思いつつ、実は結構傷ついていたのかも知れない。プライドもクソもあったものではない。
「ほい、じゃあ第六回、深夜定時ブリーフィングのだ。……と、クジャクがまだいねえな」
テーブルを囲むのは、チキン、チック、オウル、パッセルの四人だった。
日付が丁度変わったところで、チキンたちは定時連絡会を実施していた。その日の活動内容をメンバーに周知、報告する場である。
「なあ、オウル、これ毎回やる意味あるのか? 無線連絡で済ませばいいじゃねえか」
チキンは毎晩こうしてメンバーで集まることに異議を唱えた。単独行動を譲らないクロウは毎回出席しない点と、会場が毎度チキンの寮部屋というところに文句がある。
「だから言ったろうが。こうして顔を合わせてだな、しっかりと意見交換をすることで、俺たちの関係はより研ぎ澄まされた一本のナイフのようになっていくもんなんだよ」
「ワーオ、そいつはすげぇや。……老いぼれの戯れ言。流石だね。格好いいよ」
「……チキン先輩を擁護するわけじゃないですけど、わたしも毎晩開催するのは疑問です」
「おっ、なんだよ、珍しく意見が合いやがったな、えぇ?」
「何嬉しそうにしてんですか、顔、超ヤバいですよ。鏡見たらどうです?」
チックがぷい、と嬉々とした表情のチキンから顔を反らす。
「かわいさの欠片もねえ女だ、本当に困ったヤツだぜ」
「超かわいいわたしという存在を、認識できないあなたという存在に、わたしは困りますね」
「あー……もう一度聞いておいてやるが、もしかして、それはお前のことなのか?」
いつものように飛び交うチキンとチックの愉快な罵り合いを、間に挟まれるパッセルがうんざりした表情で聞き流していると、ぽそりと小さな口を開ける。
「…………でも、クジャク遅いねぇ」
パッセルは、そのままむすっとした顔で床に寝そべる。クジャクは今まで一度も遅刻や欠席はしたことがなかったから、確かに妙ではあるのだ。どこかでエージェント候補生のナンパに性でも出しているのなら、罵倒の一つでも浴びせられるのだが。
チキンは仕方なしに耳裏に指をそっと置く。
《……おいクジャクか。何してやがる。老いぼれの戯れ言タイムが始まっちまうぞ》
「今クジャクに無線入れたぜ」
チキンがそう言った瞬間だった。
寮部屋の扉がひとりでに開き、どさり、と何かが倒れる音が部屋中に反響する。
「…………おい、どうしたッ!」チキンが倒れたクジャクに駆けより、声をかけた。
「…………くっ、すまない……どうも……奇襲を受けたらしくてね」
エージェントスーツの背中には、真っ赤な鮮血を吹き出す傷口が見える。隣のオウルがクジャクの傷を睨み付ける。
「エージェントスーツが、切断されているな……」
エージェントスーツは、特殊な切断防止加工がされており、滅多なことでは切断することなど到底できない。……しかし、例外が二点ほど存在する。それは――。
「超人類による攻撃か……タイロープブレードによる攻撃だ。でないとこうはならない」
オウルが苦い顔で舌打ちをする。
人間を超越した超人類による攻撃であるなら、エージェントスーツも万能ではない。大いに防御力の向上に貢献してくれるはずだが、あたりまえのようにダメージを受けることだろう。
しかし、タイロープブレードでの攻撃、つまり同じエージェントからの攻撃である場合も、同じことが言える。タイロープブレードは、一部の素材がエージェントスーツと同じもので構成されているため、言ってしまえば、スーツを外部から切断することが可能である。
「…………」
穏やかだった空気が一変する。
つまり、別の秘密結社の刺客からの攻撃か、この中に裏切り者がいるという可能性を捨てきれないというわけだ。
「……あまり、こういうことは……言いたくはないんだが……」
クジャクが苦しそうに言葉を継げる。
「…………おそらく、このバード内に……別の秘密結社の裏切り者がいる」
この場にいる誰もが連想したであろう言葉をクジャクが代弁する。「……と、僕は踏んでるよ。ハハ、チキン、君の言うとおりになったよ。油断したな」いつも通りの薄い笑みを浮かべながら、チキンを見上げる。
「……なんだ、俺が裏切り者だって言いてえのか、テメェは」
自然と語尾は強くなる。
「そうは言ってないさ……それより起こしてもらえないだろうか、床は……冷たくてね」
チキンとオウルはクジャクを担いで止血し、ベットに寝かせた。パッセルは心配そうに横になるクジャクに付き添って手何か握っている。お前は恋人かとツッコんでやりたくなるが、この場の空気にそぐわないことはチキンもわかっていた。
エージェントは人間が持つ身体能力の一〇〇パーセントを引き出すことが出来る。たとえ致命的外傷を負ったとしても、自己治癒力も普通の人間の七倍近く持っている。
クジャクの傷も深手ではあるが、エージェントであれば一週間治療であれば約一日で復活する。
「……ああ、そうだ、あの野郎――」
チキンが言いかけた時、オウルがチキンの肩を叩いた。
「……チキン……やめとけ」
「ああ? 何がだよ」
「チキン先輩が今しようとしたことですよ」
チックが振り返ったチキンに一言添える。あまりいい顔とは言えない。
「……だがあの野郎、こんなときに、どこで何をしていやがるんだ。一度集まるべきだ」
「現段階で、ヤツの犯行である可能性が最も高い。これ以上無線通信で干渉するな」
「なっ……」
いつもは温かく、つまらないジョークで場を和ませるムードメーカー的な立場のチームリーダーは、神妙な表情で顔を歪める。冷たい言葉で、クロウを切り捨てるように言う。
「……そうなんだろ? クジャク」
「…………なんでもお見通しなんだね、オウルは。恐れ入ったよ」
クジャクは薄い瞳で、ニヒルに微笑む。
「……実は、超人類研究所に潜入したんだ」
「いつのまに……」
パッセルが驚いた表情をする。
「そこに……クロウがいた…………彼ね――」
クジャクは勿体ぶらせるように、すうっ、と息を吸ってから、
「――超人類研究所の研究員だったんだ」
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