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エージェント・チキンチック!!  作者: 織星伊吹
◆episode2.ハイスクールでの俺の日常が世界に一体なんの意味をもたらすって?

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第17話

「クジャクは? ナンパか?」

「僕か……そうだね、ナンパは別に休日に限った話じゃないからね。普段はボランティア活動や、動物愛護団体に所属しているから、そのへんの活動に勤しんでいるかな、個人的には結構充実していると思うね」

「ほぉあー、こいつはたまげたね……そういやベジタリアンだって聞いたが、マジなのか」


 オウルが続けて質問する。


「そうだね、生き物の肉を食べることができない身体なんだ、とてもかわいそうでね」


 確かにクジャクは、丸テーブルに用意された肉料理には一切手を付けていない。


「ほれ、またメンバーの新しい一面を発見したぞー! やっほー! 次、チックは? 休日はなにをしてるんだ? 好きな男のタイプでもいいぞ。ゲッヘッヘ」


 ゲスっぽい口調で告げる。ついには鼻の頭まで赤くなり始めているようだ。


「……そうですね、わたしは……爆発が好きです。なにごとも爆発させたいですね。こう、ボーンと。ドッカーンと。好きな男性も爆発してる系男子が好きかもしれません」

「ほう……爆発はいい。あいつぁ、最高だ。んぁー、爆発系男子と言えば、俺か!?」


 オウルは少し照れる仕草を見せながら、頬を大きな手で覆う。男子というには年老いるが、それでいいのだろうか。

「狂ってる」とチキンが頭の上で指を回した。


 先日のチックの狂気じみた形相を目の当たりにしてから、彼女がとんでもない爆発狂であることがわかった。爆発をみると感情が高ぶり、止まらなくなるらしい。


 チックの能力『爆焔吹き矢による一矢プロージョン・アローショット』は、拳で作った空洞内で、熱膨張率を限界まで高めた空気を息吹くことで、特定空域内の酸素を膨張させ、急激な衝撃波を発生させることができる能力である。チックが言うには、指定した空域内に蓋をして、圧力に耐えきれなくなったところから一気に噴出して、爆発が巻き起こるらしい。


 チック本人は狂っているとチキンは思うが、とても強力な能力であることに変わりはない。是非その才能を、ミッションで活躍に役立てて欲しいところだ。


「……パッセルはどうだ? 最近ハマっていることなんかはあるのか? ははあ、おままごとだろう? そうに決まってる!! 最近のチビは大人だよなぁ」


 にやにやした表情でオウルが問いかける。おままごとのどの辺が大人なのかチキンにはさっぱりわからなかったが、案の定パッセルも首を傾げた。


「おままごと? なあにそれ。そんなものよりあたしはね、立派なキャリアウーマンになりたいの! そのためのビジネス書や自己啓発本をひたすら読み込んでるわ、休みの日は!」


 頬を上気させてそんなことを言う一二歳が、一体この世界にどれだけいるのだろう。少し不安になる。


「じこ……けーはつ?」


 オウルが目を点にしてパッセルを見据える。寧ろこっちの親父は読むべきではないのだろうか、とチキンは内心思う。


「連邦国家になってからというもの、世の中のビジネスマンはみんな忙しいのよ。国同士で不足分を補いながらも、お互いの才能に嫉妬し合い、切磋琢磨して己の技術力、生産力を培ってきたというのに、今じゃ国という壁が存在しないせいで、企業努力、業界間の競争というものがなくなって、この世界は技術力という概念そのものがぜ~んぶ右肩下がり! だからね、あたし思うの。一つの塊国家として、昔よりずっとグローバル的な考えが求められる今、常にしーむれしゅで、いんべーしょんに活躍できる新たなワークスタイルが社会には求められるわけなのよ。だからね、あたしはいつか絶対にとある会社を立ち上げて、だいばーせくしぃを導入したいと思っているのよ」


 語りたいことを語れたことに満足したのか、ふふんと満足げに腕組みをするパッセル。


「……なんだ、その意味のわからん用語群は。ロリ・ポルノ企業でも立ち上げ気か、お前」


 チキンが呆れた顔でツッコミを入れる。


「あらあら、チキンさんってば、そういうのがご趣味? でもあなた正解よ、男性は本来ロリコンであるべきなの。何事も若いほうがいいに決まっているのよ。晩婚化は進む一方、世界人口も下降状態にあるというのに、世界はぬるく生きすぎてる! 子育ても早い内のほうが絶対にいいと思うわ! だから成人年齢をさっさと上げてしまって、一二歳から結婚できるくらいの気概がないと。今や子供も大人も関係ないわ。同列に扱うべき存在なの! 決して子供だから……とか言うのはよくないのよ!! あたしが会社を立ち上げるのなら、社員は九歳から採用を始めるわ! それでオトナ教育をするの!! 子供の早熟は大人が思っている以上に早いのね、女性なんかとくにね。だから枯れた果実になる前に……美しいうちにあたしを……大人にして欲しいわ。ああ……これがせんせんしょんなんだわ、きっとそうなんだ!」

「…………お前も…………一体何を言ってやがるんだ……」


 おそらくメンバー全員が思ったであろう感想をチキンが代弁し、パッセルに伝える。新入りとして入ってきた二人もどうやらかなりヤバいメンバーであることがわかる。


「ぷぷぷ、なあに、チキンってば、あなたはバカね! 顔がアレだからそうだと思っていたけど、やっぱりバカだったのね! ぷぷ、笑っちゃうわ!」

「あーん!? このクソマセガキ野郎、あーーん!? すり潰してジャムにすんぞ! すぐにも近所のスーパーマーケットのワゴンセールに並べられるようにしてやる、感謝しろ」

「あら、物理的なケンカであたしに敵うとでも? はぁ、これだから低学歴のお馬鹿さんは……困りますわ、おほほほほ」


 パッセルは余裕の表情で年上に刃向かう。しかし、高学歴の一二歳のあどけない少女の手には、オレンジジュースが大事そうに握られているのだった。


 因みにビールを飲みたいお年頃なのか、チラチラとクジャクのジョッキに視線をちらつかせている。いや、これはジョッキではなく当人への視線かもしれない。本当にマセている。


「……シームレス、イノベーション、タイバーシティ、センセーション」


 ぼそぼそとクロウが何事かを呟き、ジョッキの泡を飲み込む。


「な、なによクロウ!! あたしの超凄いぶれーんすとーみんぐ法に文句があるってわけ!?」

「……ブレインストーミングだ。意味もわかってないのに、むやみやたらと使うのはオススメしない。使用用も途間違ってる」


 頬をぷくっと膨らませるパッセルをなだめながら、オウルは同じような質問を次はクロウに振った。


「……私は……別にいいだろう。特に喋るような趣味はない」


 クロウは興味なさそうに吐き捨て、視線を反らした。チキンはそれを見て先日のアジトでクロウが読みものをしていたのを思い出した。


「……いや、なんかあったろ、なんだっけか。……ラ、ライド……オン……ベル? だったか? いつも読んでて好きだったじゃねえか、あれ趣味なんだろ」と、チキンが言う。

「ライドオンベル……じゃない、ライトノベルだ。それにあれは趣味ではない、美学だ」


 中身を知っているわけではないが、少し語尾を強めるクロウがムキになった子供のように見えた。そんなに大層なものなのだろうか。


「俺は知ってるぜ、そいつ原作のテレビアニメに声を付けたことがある」とオウルが笑う。

「……なっ!! 何だとッ! そ、そういえばアンタ……ジャポンでエロゲ声優として活躍していた、とかこの前の映画祭のミッションで言っていたな……あれは本当なのか?」

「……ああ、『東城みくる』という名義で何本か出演したな。一般作での名義は『東条美雪』……だったか。そこそこ人気あったんだぜ」


 酒のつまみを口に詰め込みながら、オウルがへらへら笑う。


「な、な、な…………なんと……いう……ことなんだ」


 クロウは見開いた瞳で、憔悴しきった表情のまま背後の壁に寄りかかり顔を掌で覆った。


「貴様が……あの『美少女妹っ子、むっちんピンクプリン』で『プチプリンちゃん』を演じた……あの、『ゆきんこ』だとッ……? クソ、嘘だ。にわかには信じられない、悪夢だ……」

「おいおい、オウルのおっさん、こいつはさっきから何をブツブツ言ってやがるんだ?」


 チキンの問いかけに、オウルも顔を振るだけである。だが、赤い頬でにやりと笑い、


「クロウ……詳しくは知らんが、お前はその筋の人と見た。今度一緒に酒でも飲むか、マンツーでだ。創作秘話もたっぷりあるぜ。何故あの伝説の最終回のあのシーンで……突然作画崩壊が起きてしまったのか……そこにはとんでもない真実が……」

「……ッッ!! ……是非お願いしたい」


 クロウは更に目を見開くと、充血した瞳のままオウルと手を握り合った。


「……おいおい、一体どういうことだ、こいつらの間に一体何がおきたんだよ、誰か説明してくれ!」


 混乱するチキンの袖をついつい、とチックが引いた。


「あ? なんだ?」

「チキン先輩、チキン先輩、めちゃ面白いことですよ。ねえねえ、聞いて、聞いて」


 頬をほんのり赤色にさせたチックが、顔を寄せてくる。

 甘い香りと共に、耳がくすぐったくなるような声がチキンに届いた。


「……これでは……超人類もさっぱりですね………………あ、超人類ジョークです」

「あー、こりゃあ相当やべえな、テメェも。クソつまんねえぞ。恥かかないようにお前をすぐにでも天国に送ってやりたいくらいだ」

「ちっ、しょうがないですね。じゃあ、次のジョークを聞いてください。ほら、そこ座って」

「は? いや、聞かねえよ!? 何で俺が聞かせて欲しい側のスタイルになってんだよ!? テメェのファッキンコールドジョークなんぞ聞くに耐えん! 壁に向かって一人で披露してろ!!」

「……いきますよ? いいですか? ………………ば、爆発ッッ!!」

「…………」


 端的に言って、時間が止まった。


「……わからなかったですか? 爆発ジョークですよ、これ。爆発ッッッ!! のイントネーションの度合いで笑いを取ろうと思うんです。…………ん~、爆発ッ! ば、爆発ッゥ!! ばっ――爆発ッゥーぁ!! などバリエーションは三〇種類以上あるんです」

「………………とりあえず俺が今のお前に言えることは、超ファック、ってことだけだな」


 チキンはその後もチックのよくわからないジョークを立て続けに五種類以上披露させられ、何故かそれを文句を言いながらも聞き続けた。


 パッセルはネクタイを緩めながら、まな板のような胸を必死にクジャクにちらつかせていた。


 そんな日常的なのか何なのか、そもそも一体何の集まりなのかわからない雰囲気の中、クロウの叫び声が寮部屋に響いたときは、流石に部屋中での自然と笑いが起きた。


 それはオウルとクロウが二人で静かに個別の打ち合わせをしているときのことだったらしい。


「ダメだ……その日は――――――『ミウタン』のお別れライブがあるんだッ!!」


 唖然としたチキンたちの表情を置き去りにして、クロウが顔を真っ赤にして部屋から出て行き、扉が閉まったと同時に笑い声が響くまでの時間は、ほんの数秒間の出来事であった。


 後日わかったことだが、ミウタンとは、妹キャラの萌え声に定評のある、ジャポン人気声優アイドルのことらしかった。

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