第15話
「……あぁ~、まあ、その……なんていうか……君に会いたかったから、じゃ、その……理由として足りないかな?」
「却下ですね」
「……ワーオ、今日の君は何ていうか、その……そう、とても魅力的で、超キュートだ」
「却下です、なんでどれも映画のセリフみたいなのばっかりなんですか」
「君のことが好きなんだ、愛しているんだ。……だから、頼む……誓うよ」
「何に誓ってるんですか。そこまでいくと、もうすがすがしいですね」
チキンとチックは放課後の夜、満月の見える校舎裏で、愛の告白の練習をしていた。
「そんなことを言われてもな、愛の告白なんぞしたことがない。パンケーキでランチしながらラブコメドラマを見ているような層とは勝手が違うんだよ、俺は」
「アルマさんだってそんなの見てないですよ、それにチキン先輩が言ったんじゃないですか。絶対に彼女は超人類だって」
「ああ……ヤツは絶対にターゲットで間違いない。俺の勘がビンビンきてやがるぜ」
二人は少しずつアルマ・クレメラとの距離を確実に縮めていた。
そして満月の夜、チキンはアルマをこの場所へ呼び出すことに成功しているのだった。
「……今夜は返さない、いや、返せない。月明かりを浴びる君があまりに魅力的すぎるから」
「どうか返してください」
どうしても諦めきれないチキンは、アルマに仮初めの愛の告白を行うことで一時的な興奮状態にし、瞬時にネオ・サングラスによる超人類の特定を、己の目で行うことにしていたのだ。
「正直言っていいですか、チキン先輩の愛の告白で彼女の心が揺らぐとは思いませんよ。あなたのその無駄な自信が崩れ去るだけです。わたしはむしろ一回崩れたほうがいいんじゃないかと思ってるくらいなので、めちゃ協力しますが」
「……いいんだよ、俺は自分の目で確認しないと納得できない主義なんだ、お前は黙って付き合ってろ。それよか何かねえのか、もっとクールで熱いセリフはよ! 使えねえな!! クソッ! ファック!!」
「なんで告白にクールさと熱さが必要なんですか、わけわからないですよ。対照的な意味の言葉ですし、何考えてるんですか、ふぁっく!」
突然チキンは真剣な面持ちで満月の光を浴びながらチックを見つめる。
「……君を……愛することだけを考えている。マジだ、大マジさ」
「……はあ。もういいです。頑張ってください、わたしは草陰で見守ってますから」
そそくさと退散するチックに罵声を投げつけて、チキンは大きく息を吸った。
緊張していないと言えば、嘘になる。演技とはいえ一人の女性に愛の告白をするのは初めてのことだった。これまで接触の結果から、友達というポジションは手に入れることに成功した。
完全に脈があるとは言えない。寧ろ、ターゲットのアルマはあの日以来完全にクジャクに酔いしれているが、だからこそ今回の作戦は効くはずだ。
いつも隣にいたあいつ(あまりいない)が実は自分に行為を持っていた、ということがわかれば多少は心が動くはずだ。そこをつけ込むのだ。少し腕捲りなどで頼れる男性的魅力を匂わせつつ、甘い言葉で惑わす。たくましさと、愛らしさ、女性が根底に持つと言われる母性本能をくすぐるという、今回の作戦は完璧のはずだ。穴はない。自分は天才だ。とチキンは自画自賛する。
「言っておきますけど、十二歳の女の子に一九歳の男が母性本能をくすぐらせるって相当アレですよ、ヒモ男飛び越して変態プレイです。そこらへんわかってますよね? チキン先輩」
草むらから思考を邪魔する声がするが、チキンは無視する。
「……あっ、来たみたいですよ、チキン先輩、ご検討を祈ります。とりあえず」
ひょこっと草むらに引っ込んだチックを一瞥し、足音がする方へ視線を向ける。
「……ジェームズ? こんなところに呼び出して……なに?」
少し不審そうな表情でチキンを見つめ、髪を下ろしたスーツの少女が近寄ってくる。
「……アルマ、よく来てくれた。感謝するよ。……あー、アンタがな、エドワール先生をいたく気に入っているっていうのはよくわかっているつもりだ。それでも俺は今夜君にどうしても伝えたいことがあってこうして君をここに呼ぶことにした」
「は、はあ」
「俺は……君を……あー、クソッ、チクショウが。あんまり俺を困らせないでくれ」
「え?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。君のダイヤモンドのような綺麗な瞳があんまり魅力的すぎるから……ほら、目眩が……あー、チクショウ、とんだ誤算だぜ」
顔を揺らしながら指をくるくると回してジェスチャーする。
「……ふふ、そんなこと言ってくれるんだ、ありがと。ちょっと」
アルマは頬を微妙に紅潮させる。その瞬間をチキンは見逃さなかった。――ここを叩く!!
「アルマ、君を愛してる、世界中のどんな原石よりも俺は君の瞳に恋してる。……誓うよ」
「えっ!」
――絶対的タイミング、ここ以外にあるはずがない。コイツはもう俺の甘い言葉にメロメロさ! きっと超絶な興奮状態に陥っていることだろう、これで俺の勝ちだ。
チキンは抜け目なく胸ポケットからネオ・サングラスを取りだして装着する。
「……何……してんの?」
「……反応なしだ? クソッ、冗談じゃないぜ、まったく。神様は酷いことをしやがる」
黒い眼界には一切の濁りがない。ありのままのアルマと、月明かりだけが見える。
チキンは顔を覆い隠して、その場に座り込んだ。
「……ねえ、ジェームズ」
「あぁ!? 何だよこの野郎、俺はガキには興味ねえ! その蒙古斑だらけのケツを引っぱたいてやろうか!? ママの焼いたミートパイでも食いに家に帰りな!」
「――ばっかじゃないの」
途端、風が啼く。
突然、チキンの腹部に重い衝撃がめり込み、そのまま吹き飛ばされる。
「……んなっ!?」
気がついたときにはチキンは空を飛んでいた。一〇メートルは吹っ飛ぶ。
寸前でなんとかガードを入れること成功したが、エージェント・スーツを着ていて、この威力とは、一体何がどうなっている!?
チキンは宙で何とか体勢を整えたが、校舎の壁に思い切り身体を叩きつけられた。
「……これほどの力……やっぱり……アンタは超人類か! おい、チック!」
にやりとチキンは頬をあげて、チックのコードネームを叫ぶ。
「……初めてわたしのコードネームを呼びましたね。まあ、いいでしょう」
「何がいいんだよ! さっさと動けこのノロマがッ!」
チキンの叱咤を聞いて舌打ちをしてから、チックは戦闘態勢に入る。
チックは豹のようなしなやかさで跳躍し、口の前で拳を作った。
そのまま中央の穴へふっと息を吹く。すると、突然目の前の空間に――一握りほどの爆発が巻き起こった。
「きゃぁ!!」
「ふふっ、爆発! 爆発は美学ッ! ああ、美しいッ!」
小さな爆撃のあと、残った衝撃波に酔いしれながらチックは不気味な笑みを浮かべる。
正気を失ったのか、鬼畜じみた目力でチックは少女を睨み付ける。
その迫力に気押されたのか、少女は焦った表情で、
「ちょ、ちょっと待ってよ、あなたたちコードネームチキンとチックでしょう!! あたし敵じゃないよ!! 悪かったわよ、ゴメンね! 突然殴ったりして!」
突然の爆発に目を奪われつつ、少女は黒の手袋を合わせて頭を下げた。
「……? どういうことですか」
チックは口の前の拳を下げて、険しい表情のまま訊ねる。
「あたしもあなたたちと同じエージェントよ! オウルから何も聞いてないの?」
「何だと? テメェはまだ候補生のはずだろうが!」
「飛び級のエージェントなの! 普段は秘密結社DOG所属のエージェントだけど、今回のミッションは特別に派遣依頼があって、バードに所属させてもらってるんだよ、コードネームはパッセル!」
「飛び級だぁ!? おいおい、冗談だろ! 笑い話にもならねえぞ!」
チキンは壁にめり込んだ身体を引っ剥がすと、地上へと着地し、パッセルと距離を詰める。
「ほんとだよ! あなたがあんまり意味わからないから、つい殴っちゃったのは謝るよ、ゴメンね!」
ぺこっと小さな頭を下げてパッセルは下をぺろりと出した。
「あぁ!? ゴメンね! じゃねえよ! お前どういう腕力してんだ!! 運が悪けりゃ今の、あばらが何本か逝ってたぞ、イカレてやがんのかテメェ!」
「ああ……なんか彼女がチキン先輩を殴った理由に納得できました。彼女、きっと悪い子ではありませんよ」
「いや、テメェも何勝手に納得してやがるんだ! おかしいだろ!! こんなガキ! 俺に乱暴しやがったんだぞ!」
チキンは歯をむき出しにしてパッセルを睨んだ。
「それは……女の子の言うセリフですよ、きっと」
「知るか! 暴力振るってくるヤツなんて最低の野郎だぜ! イカレてやがる!!」
「イカレてないよ! それよりもあなた完全に油断してたじゃん! あたしが本当に超人類だったら完全に死んでたよ! だからエージェントとして失格!」
「そうです、失格!」
早くも女どもは結託したのか、チックとパッセルは並んでチキンを指差す。
「あっ、いけない。……仮にもあたしたちは初対面。為べきことをしてないわ、まったくもう、ビジネスマナーに反する!」
「あぁ?」
苛立ちながらチキンが眉間に皺を寄せる。
「こほん、ええと、わたくしこういうものでございます。以後、お見知りおきを」
やけにかしこまった口調で、パッセルは胸ポケットから一枚の紙を取りだし、小さいお辞儀で丁寧にチキンに差し出した。
「なんだこれ」
チキンは細めで渡された紙を凝視する。どうやら名刺らしい。秘密結社バード所属、コードネームパッセル、と中央に大きく書かれ、アジトの住所や電話番号がご丁寧に記載されている。
「テメェはバカか!! なんだこのふざけた紙くずは! なんで秘密結社が堂々と存在主張してやがるんだよ! 一般企業か! どうかしてるぞ!」
「チキンちがーう! もっとちゃんとサラリーマンみたいにやって!!」
どうもチキンの応対に満足がいっていないらしく、むくれた顔で睨んでくる。
「サラリーマンだぁ!? そのふざけた口になら今すぐマシンガンブッ放してやれるぜ、覚悟はいいかい? お嬢ちゃん」
パッセルは頬を膨らませてから、ぎゅっと小さな拳を向けてくる。
「ちゃんとやって! じゃないと殴るよ! いいの!?」
「あぁ!? かかってこいよ、このクソガキがッ! いい気になっていられるのもっ――」
チキンが挑発を開始した矢先、腹部に重厚な感触が腹部にめり込んだ。
小さな鉄拳だった。肝臓あたりがぐるんと揺れる。
「ぐぅおっほぁッッ!!」
チキンは直線を描くように強引に夜空に放り出された。垂直一五メートルの上空から、「おい、人のセリフはちゃんと最後まで聞くもんだぜ! 女優志望ならテメェは予選落ちだ!」
「やりすぎちった……てへっ」
ぺろりと舌を出して拳を撫でるパッセル。
「――あ~チクショウ! あのクソデブッ! 俺をからかいやがったな!! ファックがッ!」
チキンの虚しい咆哮が、闇夜に響いた。
まるでそれは夜空で輝く流れ星のようでした、とチックが後に教えてくれることになる。
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