第13話
教室を出てから五分後。チキンのクロノライトグラフに早くも強い反応があった。
「ハッハー、ビンゴだ! 野郎め、近いぞ。どうやら敵さんの方からおいでなすってくれたようだぜ、今夜はいい夜になりそうだ」
「……楽しそうですね。もう少し普通に言えないんですか、あなたは」
チックは半場呆れながら、それでもチキンの腕に付けられた腕時計の針が磁力に引っ張られるようにして強く振動しているのを確認する。
二人の視線の先には背丈の低い少女。こちらへ徐々に近づいてくる。
「……あいつだな」
「では、突入しましょう」
チックはチキンの返事を待つことなく身を乗り出す。
「あ!? バカか、テメェ何考えてやがる」
チキンが強引にチックの腕を引き寄せて、目を見開く。
「? ターゲットを捕獲するんですよ」
「おいおい冗談だろ? まさかお前ポンコツなのか? そんなことしたら一発で俺たちは変人だ。ヤツが本当に超人類なのかどうか、まずは見極めなくちゃならない。そのためにしなくちゃならないことを言ってみろ。三秒以内だ」
「……あの子を捕まえて……吐かせます」
「……どうやって」
「あなたは……超人類ですか? って、超聞きます」
「待て。おい……マジか。お前……それマジなのか。俺の中でお前の評価がたった今、核心に変わったぞ。ヤツが超人類だった場合、お前は一発であの世逝きだ」
「大丈夫ですよ。スーツ着てますし。わたし強いですし」
程よく突き出た胸を誇るように腰に手を偉そうに鼻を鳴らす。
「……ああ、お前は本当に最高の女だ。だから今回は黙って見ててくれ、子猫ちゃん」
「わたし犬の方が好きです。わんこちゃんに変えてください」
苛立ちながら、チキンは耳裏に指を置いた。
《チキンだ。ターゲットと思しき人物を発見したぜ。これから接触する。クジャク、あと頼むぜ》
《了解》
チキンとチックは、身を隠していた壁から離れ、自然な動きで廊下に歩き出す。
距離は約二〇メートル。歩を進める度にお互いの距離は近くなる。
ようやくターゲットの顔がよく見えた。クリーム色の美しいツインテールを赤いリボンで結んでいて、軽く癖の付いた毛先が一歩進むたびに跳ね上がる。よく整った愛らしい顔立ちからは、将来性を感じる。おそらく一二歳前後。五年もすればきっと絶品になるだろう。
――すれ違う。
《ちょっと、すれ違っちゃいましたよ。チキン先輩》
隣のチックから無線連絡が入る。声に出さなくていいぶん使えるシーンは多い。
《邂逅は大事だ。あからさまな出会いは悪影響を与えやすい、お前は黙って話を合わせろ》
すると突然チキンはくるりと身を翻し、手を伸ばした。
「ヘイ、そこのキュートでラブリーなカワイコちゃん」
《邂逅……大事なんですよね? え? なんでしたっけ、あからさまが……なんでしたっけ》
《おいおい、待ってくれ。最高に印象的な出会いだろ、このナイスガイに突然呼び止められたんだぞ、これ以上ないだろ至福の瞬間だろ》
「え? あたしのこと……? かわいいって?」
振り返ったツインテールの少女は頬を少し染めながら、ちらちらと上目遣いにチキンを見る。
《ほらみろ。最高だ。ヤツはもう俺に惚れてやがるぜ》
《……最初から変だと思ってましたけど、あなた頭も相当お花畑ですね》
呆れた表情のチックを横目に、チキンはいい加減な言葉を重ねる。
「ああ、一目見たときから愛を誓いたいくらいに惚れてたよ。すれ違ったときの香りを嗅いだとき、最高にハイになれた」
《ヤクやってる人みたいですよ、あとキモいです。何嗅いでるんですか》
《ファック! 黙ってろ、ケツにマグナムブチ込むぞ!》
《うわっ……セクハラだ……》
チックとの通信を続けながら、チキンはターゲットとの接触を続ける。
「……あなたは? 見ない顔ね」
少女はいぶかしげにじとっと目を細める。
「あー、今日からこの養成学校に入った新入りなんだ。ジェームズ・エドワーズだ」
「ふうん……じゃあそっちのあなたは?」ツインテールの少女はチックを指差す。
「……ぁ、わたしは……ええと…………マザー・ファ――」
《クラリス・コルケットだろ! いい加減覚えろクソッタレ!!》
「――クラリス・コルケットといいます。……な、仲良くしてください」
「マザー・ファークラリス・コルケット? 変な名前だね。マザーでいいの?」
少女は余計に表情を曇らせる。明らかに怪しい二人組だった。
「な、なんでもいいです。それより……」
チラッとチックはチキンに横目を向ける。
「……ああ、君にちょっと聞きたいことがあるんだ。最近何か変なこととかなかったか、この学校で」
「変なこと? なんで?」
「……あー、詳しいことは後で説明する」
「えっと……? よくわからないんだけど……あなたたちは一体何者なの?」
どんどん少女の表情は曇っていく。チキンの言った通りの“変人”に、二人は成り下がったというわけである。
《ふふっ、見てられないな、面白かったけどね》クジャクからの通信が二人の耳に入る。
「やあ、実は二人ともまだこの学校に入ったばかりなんだ、少し変わっているかも知れないけれど、よろしくしてやってくれないかな」
満天のスマイルを浮かべながら、クジャクは甘い言葉を綴る。
「えっ……!! やだイケメン!! 新任の先生!? あ、あの……お、お名前は!」
「僕かい? エドワール・ドランだが……」
一々かんに障るような上っ面笑顔である。
「あたし、アルマ・クレメラっていうの!」
アルマ・クレメラは、うわずった声で大きく見開いた瞳をじっとクジャクに向ける。
「おやおや……これはこれは。僕という人間は罪深いな。こんなに可愛らしいお嬢さんのハートを根こそぎ奪ってしまうだなんて……」
クジャクは、ぱちりと片方の瞼を瞬かせる。『魅了蜂の甘い蜜』の効力が、既にアルマに浸透しているのか、していないのか、チキンたちにはわからない。が、どちらにせよクジャクはアルマのタイプの男性だったのだろう。
《これから超人類かどうかを特定する。A地点にてチキンとチックは待機していてくれ》
クジャクは無線通信とは裏腹に、にこりとしたままチキンとチックに一礼する。
「では、僕はこのレディと少し話があるので、これで失礼するよ」
「えっ! お話!? せ、先生? それって……どーゆー……」
慌てた表情でアルマは頬をさらに赤く染めていく。
「ふふ、それはね、僕と二人っきりになってからのお楽しみだよ」
アルマの唇に指を突き立てて、くすくすと笑うクジャク。一方でアルマは耳まで赤くなってしまっている。
とりあえずはこれで第一の作戦は完了した。人間に寄生している超人類を、それと特定するためには、対象が興奮状態でないといけない。
それには、人間の恋愛感情を操るのが手っ取り早い。クジャクの能力を使い、極度の興奮状態に持ち運ぶことさえできれば、あとはネオ・サングラスで対象を見れば特定が可能だからだ。
寄生している超人類は、媒体である人間の感情や、性別といったものを色濃く受け継ぐという。性別という概念の存在しない超人類にとってこれは、とてもクセになる事柄らしい。
そのため、目の前のアルマが本当に超人類だったとしても、この反応はおかしくはない。きっとアルマの身体が生物的にクジャクの容姿を気に入っているということだろう。
「……なんだか、人間そのものですね。まるっきり区別が付きません」
クジャクと共に階段の踊り場まで遠くなったアルマの後ろ姿を見て、チックが言う。
「……ああ、違いないね」
チキンもそんな彼女の小さな背を眺めながら、小さくぼやいた。
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