第12話
「クソが、誰も話し相手になっちゃくれねえぜ。映画の話ができる野郎はいないのか」
「あんなわけわからない自己紹介のあなたに一体誰が声をかけるんですか、めちゃキモかったですよ。初対面の人から見たらただのクレイジー野郎です、もちろんわたしからもですけど」
既にこの場に潜入中の二人からすると、潜入の講義はとても退屈なものであった。
退屈な講義を聞き終えて、ミッションである超人類の少女を探すべくクラスメートを幾らか当たってみたが、それらしい少女はいなかった。
チキンの自席に近寄ってきたチックを面倒くさそうに確認して、チキンは口を開いた。
「だが……確かに超人類の反応がある。一体どこのクラスだってんだ」
チキンはスーツの裾に指を入れ込み、銀の腕時計のプッシュボタンを押し込む。
クロノライトグラフの短針と長針が、弱々しく南東方向に揺れる。異形の者の存在証明だ。しかし、針の振り具合から見ても、ギリギリ半径一〇〇メートル以内に入っているか、いないか、という誤差レベルのものだ。詳しい位置を特定するのはまだ難しい。
エージェント養成学校に在籍する生徒の数は一三〇〇人。五〇以上のクラスからなる。その中から超人類に扮しているという少女を、このクロノライトグラフと『ネオ・サングラス』を使ってあぶり出さなければならない。
「チキン先輩って、ネオ・サングラスを使うような場面に遭遇したことあるんですか?」
先輩を称えるどころか見下したような口調で
「バカにするのも大概にしやがれ、クソッタレ若葉ガール。何遍もコイツには世話になってるんだ」
ネオ・サングラスは、この世で唯一、別生物に寄生した超人類を見分けることのできるエージェント・アイテムだ。かければ、寄生対象の生物に纏わり付く靄のようなものをサーモグラフィーのように視認することができる。アメーバ状に広がった最高にイカしたやつだ、とチキンなら皮肉るところだろう。
しかし利便性と携帯性に優れている判明、ある程度の制約も多く、興奮状態にある超人類の近距離、正面でないと超人類を視認することはできない。さらに、長時間の使用は頭痛と目眩を引き起こすので、あまりオススメしないと、取扱説明書にも書いてある。
因みにエージェントアイテムは、養成学校を卒業し、秘密結社に配属したときに支給される。だからこのミッションでも、あまり公には使うことはできない。
「チキン先輩って取説とか読むタイプなんですね、意外過ぎです」
「ああ、何だと? 説明書を読むのは当たり前のことだろう、……一応聞いてやるが、支給品のエージェントアイテムについての説明書はすべて読破したんだろうな、お前」
「読むわけないじゃないですか、そんなの。使って覚えればいいんですよ。そもそもなんで説明書なんかあるんですか、秘密結社の精鋭が使うアイテムに。ツッコミどころ満載です」
「ちっ、かわいくねえクソ女だな、ええ? 愛嬌の一つも感じやしねえぜ。女のエージェントは色香を振りまいてこそだって学校で教えてもらわなかったのか? ええ?」
「痰でも詰まってるんですか? ええ?」
チックは長い睫毛を瞬かせながら、小馬鹿にするようにチキンの言動を真似する。
「……テメェと話すのは疲れた。俺は寝る。いいか、絶対に起こすんじゃねえぞ、誰かが俺を起こしそうになったら、ツレは死ぬほど疲れてるから起こすな、と言っておけ」
「張り紙でも貼っておきましょうか、今の言葉そのままおでこ辺りにペタンと。きっと似合います」
「あー、実に最高のスタイルだね、気に入った。採用だ」
「……ターゲットは? まさか、ミッションを放棄するんですか」
「……ああ、もううるさい野郎だな。そんなに俺のことが好きか? だったら俺のケツに今すぐ熱いキスをしな」
「オ、オエー……キ、キモい……。じゃあ、わたし一人で行っちゃいますよ、ペアなのに。オウル先輩との約束を破っちゃうんですか、言いつけちゃいますよ」
「黙れ、マザー・ファカー。いいからさっさと行きやがれ、二度と帰ってこなくていいぞ、そのまま永遠にアンディの店でコーヒータイムしてろ」
「アンディの店どこですか」
「知るか、自分で探しやがれ!」
くるりと背を向けるチックをしっしと手で払い、教室を出て行くのを確認するとチキンは机に顔を突っ伏してから、いつもそうするように耳裏に指を当てた。
その姿は、若者の間でよく言われる所謂“ぼっち”というもので間違いなかった。
初日の退屈な講義が終了し、放課後となった。
朱色の光が教室に差し込み、部屋全体の色味を変化させる。
エージェント養成学校は全寮制であり、すべての関係者がここで生活をしている。講義が終了するとエージェント候補生たちは自分たちの寮へ戻るか、食堂へ向かうか、勤勉なものであれば教師とマンツーマンの特別レッスンなどを行う。
つまり、最も人目に付きにくく、チキンたちが行動しやすい時間帯でもあるのだ。
「……なんでしょう、わたしのクロノライトグラフ壊れてるんでしょうか。まったく反応しないんです、見てください、ほら」
チックの細い腕に巻かれている腕時計は、プッシュボタンを押そうが叩こうが、全く反応しなかった。休み時間で単独行動中に起動させたときにはダメだったらしい。おそらく初期不良か何か起こしているのだろう。
「それはお前が説明書も読まないクソッタレ野郎だからだ。コイツを見ろ、しっかり動いてる」
そう言いながらチキンは大雑把に揺れる針をチックに見せつける。少し優越感に浸りながら。
「いいか、これから本格的にターゲットを探す。壊れてるなら俺のコイツで一緒に確認すればいいだろう。お前は金魚のフンみたいに付いてくればいいんだ」
「……んんう……自分のが……よかったんですけど……」
腑に落ちないのか、むっとした表情でチックは俯いて語尾を弱らせる。
「新しいおもちゃを買ってもらったガキか、お前は。ヘイ、ベイビーちゃん。オムツはもう取れたのかい? ナーハッハッハ!!」
「……本当に……最低な人ですね、あなたって。早くフライドチキンになってください」
軽蔑するような瞳でギロリと睨まれるが、チキンは無視して席を立ち上がる。
「さて……どうやらここからがクールな大人のミッションの始まりのようだぜ」
「……うわっ、寒ッ……」
「寒いならブランケットでも貸そうか。隣町のジョニーが最高にイカしたショッキングピンクのやつを持ってる。キーなら貸してやるからひとっ走りしてきな。ついでにヤツと寝てこい」
「結構です。ジョークですから。それにエージェントスーツがあれば常に適温ですし」
エージェントが着込む黒いスーツは、超特製繊維と、合金プロテクター、超強力な緩衝材を内部に仕込んだとても頑丈なスーツだ。素材は秘密結社内でもトップシークレットとなっている。刃物で斬りつけられても破けることはなく、小型車程度であれば正面から突っ込んでこようと衝撃を吸収してしまう。一〇〇〇キロの圧力に耐えることもでき、水や油、血などの液体をすべて弾く。寒帯、熱帯どちらでも最適な温度に自動調節される機能も搭載されている。
「……フン、無駄口叩くくらいなら、ぱっぱか手を動かしな。クレイジーガール」
チックは言われた通り手を機械のように動かしてから、ずいと顔を寄せてくる。
「これで満足ですか」
「困ったな、こいつはマジにイカれてる」
チキンは苦笑しながらチックと共に教室を後にした。
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