テスト前
期末まで時間もないのに全く勉強をする気になれない。先生でいっぱいになったカメラロールを見ながらなんとかやる気を出そうとしてはや1時間。これでは先生の写真の鑑賞会である。開いた参考書と真っ白な紙と机に置かれただけの筆箱。あー、やる気はどこへやら。こんなときもあるか、と思えたらいいんだけどそう思えないのが自分だ。やめた、やめたからもうやらない。薬は手放したし刃物は没収されたし、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないし。今あるものといえば包丁くらい、流石に怖いしもうやらないし。そんなことを考えていると電話が鳴った。もちろん先生からだ。先生以外に連絡先など交換していない。
「包丁の使い方間違えすぎてるね。」
「まだなにもしてないですよ、大丈夫です。」
ペットカメラの存在を忘れかけていた。こんなにたくさんあるのに忘れるとか、自分の記憶力が心配になる。もしもし、も言う間もなく包丁というワードが飛んできたのにもびっくりだ。タイミングよく見られてしまったんだろう、それにしてもよすぎるな。
「とにかく、変な真似しないで。」
「分かってます。」
電話の向こうから先生を呼ぶ声が聞こえる。先生だって忙しいのにそんな監視しなくてもいいんだよ。仕事の邪魔してごめんね。「じゃあ、またあとで。」そう言って電話を切った。先生だって頑張っているんだし私も頑張らないと。声聞けたし、頑張るしかないか。
「流石に包丁は駄目だよ、死ぬよ。」
「だからやらなかったんですけど。」
帰ってくるなりこの話題だ。私が悪すぎるんだけどさ、大丈夫だよ生きているし。前より死ぬのは怖いし死にたくないし生きたいわけでもないけど。死にたくない。
「スマホ見てみたらちょうど映るんだもん。職員室飛び出したし。」
「ごめんなさい。」
タイミング良すぎるんだよなー、いつも。四六時中監視されているわけではないけどなんかちょうどに監視されている。先生はすごいね、なんかそういう能力でもあるのかな。
「また教科書とかゴミ箱に捨ててるし。そんなに嫌ならやらなくてもいいんじゃないの。」
これは一時的に捨てているだけですよ、別に捨てたわけではない…先生は優しすぎるからそう言ってくれるけどそういうわけにもいかない。これからが一番大変になるというのに今からこんな調子ではこの世界を生き抜いていくことはできない。もうできていないか、そうか。
「綾音様みたいな大人になるのは一生かかっても無理そうです。」
「大人、ね。私は別に大人じゃないよ。叶が居なかったら今頃どうなっていたか分からないくらいには家事もなにもできない。働くだけじゃ生きていけないからさ。苦手なことは誰にでもあるし得意不得意があるのは当たり前。それを支え合って生きていくんだよ。」
やっぱり先生みたいな大人になるのは難しそうだ。まだまだ私は世界を知らないし生き抜いていく術も知らない。これから知るのが怖いとさえ思ってしまう。
「大人ってなんだろうね、分からないや。」
「難しいですね、生きるのは。」
大人だろうが子どもだろうが生きているだけでいい、それだけでいい。そう思わないとどうにかなってしまいそうだから。




