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 レンガ造りの小道を、雨が叩く。ハルミアは鴉色の傘を差しながら、地面を踏みしめるように歩いていた。もう少しで、墓地が見えてくる。彼女が傘をそっと上へずらすと、道の先に傘をさす人影が見えた。周囲は雨がもたらす霧により、辺りは白んで見えるのに、赤い傘で顔を隠すように佇む人影は浮かび上がるように佇んでいて、見ていると漠然とした不安感が襲ってくる。


 歩くたびに距離が近づき、やがてはっきりとした輪郭が見えたことでハルミアは驚きに足を止めた。


「シ、シンディー様」

「ごきげんよう。オルディオンの死神」


 シンディーは安らかな笑みを浮かべているが、その瞳は全く笑っていない。捕食する視線をハルミアに向けている。


「お会いできて、光栄でございます。まさかオルディオンでお会いできるとは……」

「いいのよ。そういうのは。わたくしまどろっこしいのは嫌いなの。今日はねえ、貴女にしてもらいたいことがあってきたのよ」


 そう言って、シンディーはハルミアとの間合いをぐっと詰め、ハルミアの捧生の腕輪に触れた。


「これねえ、印を入れた人間が外せるようにすべきでしょう? でも、着けている人間の許可なしに外すことは出来ないのよ。どうにかできないか聞いたら、第一声が普通は印をつけた人間が腕輪をつけるものだから、問題は起きてこなかったって言うの。それって、答えになってないわよねえ? 傲慢だと思わない? 貴女もそう思うでしょう? ハルミア。ねえ?」

「……は、はい」


 有無を言わさぬシンディーの目に、ハルミアはただ頷くしかない。あまりの威圧に、首筋には冷や汗が流れていった。


「だから、私殺してしまったの。だって、それならどうにかします。研究します。申しわけございませんでした。なんて言うものだから。色々言い方ってものがあるでしょう? なのに、言い訳から始めたんだもの。美しくないわ」


 それだけで、人を殺した。冗談だと思いたかったが、シンディーは平然と話していて、ハルミアは信じざるをえなかった。


「だから、貴女にわざわざ了承を貰いに来たのよ」

「ど、ど、どうして……、シ、シリウス様は、爵位をまた、もう一度……?」

「あはははは!」


 ハルミアの言葉に、シンディーは笑い出す。涙すら浮かべ「ごめんなさい。あまりに荒唐無稽な絵空事を言い出すものだから!」とハルミアの肩を何度も叩いた。しかしその力はどんどん強くなり、やがて肩を握りつぶすように掴む。


「あのね。シリウスは私の元に戻そうと思ってるの。もうガイと婚約してしまったから、第二夫人……、いや夫ね。こういう時なんて言えばいいのかしら。良くないわね。片方にだけ言葉が与えられている状況は。私とシリウスの結婚を機に、何か新しい呼称を作って浸透させればいいのかしら」


 ハルミアは、シンディーの言葉がまるで理解できなかった。呆然としながらも、真実を問う為手のひらをぎゅっと握りしめる。


「シンディー王女は、シリウス様に、暴力を振るわれていたのは、何か、誤解があってのこと、でしたよね……」

「わざわざ当たり障りない言葉を使わないで、正直に嘘って言ってくれていいわよ。わざと謀って彼を陥れたのに、どうして今更彼を戻そうとするのか、って。けれどそうね。シリウスは不敬罪として死刑にならないよう手配したけれど、貴女に対しては私は何もしないもの。いい判断だわ」


 シンディーはくすりと笑う。その笑顔は、心底愉しそうなものだ。


「あの時は、ガイが欲しかったのよ。でもシリウスと婚約する手前、ガイの方が好きだから婚約破棄しますなんて正直に言えば、王家の品位が損なわれてしまうでしょう? 国民だって怒って、そのうち反感が高まって暴動なんて起きたら、平民は皆死んでしまうでしょう? だからああいう茶番を行ったの」

「そんな……」

「それに、ここだけの話、シリウスのいたルヴィグラ家って結構煩いのよ。王家が貴重な鉱石を取ろうとすると反対したりね……。だからルヴィグラ家を取り込もうと私の婚約が組まれた訳なんだけれど、考えてみればシリウスに婚約破棄されて醜聞になれば、あの家も弱体化、没落するでしょう?」


 ハルミアは、薄々シンディーがシリウスを謀ったと疑っていた。しかしそれが確信に変わるとは思ってもみなかった。そして、思いたくなかった。


「そんな、シリウス様は、王女様を愛して……」


 その身を、投げることまでしたのに。あんまりだ。これでは。ハルミアは涙を浮かべた。零してはいけない。辛いのは自分ではない。そう思っても、涙が零れてしまう。


「ははは。泣くほど彼が心配? 安心してハルミア。私は別にシリウスを虐待するために王都に戻そうとしているんじゃないの。愛する為に王都に戻すのよ?」

「え……」

「シリウス、とってもかっこよくなったでしょう? だから、私の夫になって、また魔法士として国の為、私の為に働いてもらうの。といっても、私と愛し合うのだから、あまり危ないことはしてほしくないし、働くのは……そうね十日に一回! 褒章もたくさんあげるわ。彼から奪ったものより、それ以上のものを与えてあげるの」


 シンディーは嬉しそうに空を見上げ、手を伸ばした。


「地位も、名誉も約束する。ルヴィグラはシリウスを戻したことで王家に感謝するでしょうし、もう王家に手出しは出来ない。望まない結婚を強いられたシリウスは私の元に戻り、また国一番の魔法士の座に君臨するの! あれ、もしかして、魔力がないのにって心配してる?」

「い、いえ……」

「魔力の虚偽なんて、あんなの取って付けた理由だわ。魔力が少なくても高位の魔法が使えるよう彼、研究していたんでしょう? 今まで不便はなかったしね。その辺りの心配はしなくていいのよ」


 馬鹿ねえ。囁きかけられた声の温度の低さに、ハルミアの足が地に縫い付けられたように動かなくなる。その間に、シンディーは目を輝かせ口を開いた。


「前は顔だけで野暮ったい雰囲気とか、弱そうな感じが好みじゃなかったんだけど、今のシリウスはとっても素敵。貴女のお古なのがちょっと難しいところでもあるけれど、でも貴女に出会ってシリウスは素敵になった。感謝してるわ!」


 ――だからほら、捧生を拒絶しますって、呪文を唱えて。無邪気とは言い難い無機質な声色で、まるで感情のない表情でシンディーがハルミアを見据える。今までの振る舞いはすべて演技なのか。手は震えながらも、シリウスの幸せの為に、ハルミアはじっとシンディーを見つめ返した。


「なあに、もしかして、シリウスを引き渡すのが嫌なの? 駄目よ。元はシリウスは公爵家。あなたは辺境の令嬢といえど、平民の出、しかも娼婦の娘でしょう? ひた隠しにしているようだけど」


 シンディーの言葉に、ハルミアは目を見開いた。愕然とする彼女に、シンディーが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「王家に隠し事が出来ると思って? ねえ、シリウスは知っているの? 貴女が薄汚い生まれの娘だってこと……。リゼッタの気まぐれで拾われて、妹なんて言って飼われてる、本質は汚い野良犬同然ってこと」


 自分を通してリゼッタを踏みにじられたことで、ハルミアの頭がとうとう熱くなった。しかし、目を閉じて、そっと怒りを殺し「違うのです」と首を横に振った。


「私は、証明が欲しいのです。私との婚姻を強いたことは、シンディー王女がシリウス様に、罰を与えたいと願ったことと存じます。あの場は、王の御前であり、この場は私と王女のみ。どうか、シンディー王女が私に命じた証明を頂けないでしょうか……」

「証拠? いいわよ。なんだ。何言うかと思ったら証拠ね。てっきり嫌だとか泣かれるのかと思ったけれど、貴女結構狡猾なのね」


 シンディーが呪文を唱えると、二人の目の前に光が瞬き、金の誓約書が現れた。結界を張る魔法が施されたそれは、雨が降りかかることなく浮いている。


「私、王女シンディーは、ハルミア・オルディオンに、彼女の夫、シリウス・オルディオンをシンディーの元に戻すよう、王家の総意の命として命じたことを約束するわ」


 シンディーの言葉に、金の誓約書が独りでに文字を付け加えていく。後は? と促され、ハルミアは意を決して口を開いた。


「私……ハルミア・オルディオンは、オルディオンの地の平和のもとに……」

「あら、民想いね」

「そして、夫シリウスが、何人にも辱められない。虐げられない。乏しめられない。強いられないことを条件に、シリウスを王女シンディーに引き渡すことに同意したと宣言します!」


 二人を分かつように、雷鳴がすぐ近くで轟いた。捧生の腕輪がぱっと砕け、灰となって散っていく。その瞬間、シンディーがぱっと目を見開いて、笑い始める。


「ふふふ、嫌だわ。死神令嬢はそんなに慈悲深かったのかしら? 自分を拾った姉を、親を、殺してその財産を全て得たくせに。好きな男の為? おかしい。おっかしいわ!」


 くすくすとシンディーは笑う。ハルミアの目は、ただ強い意志を持って彼女に向けられている。


「いいわ。予定を変更しましょう。本当はこのままシリウスを連れ帰るつもりだったけれど、貴女からシリウスに別れを告げなさい」

「え……」

「貴女から、きちーんと私の下にシリウスを返すことになったって伝えて」


 そう言って、シンディーはぐい、と魔石ををハルミアに渡した。


「これねえ、私のもとに貴女の声が届くようになってるの。私、予想外の行動を他人にされたり言われるの、大嫌いなのよ。それに、自分がきちんと大切に思ってるのに、上からかぶせて大切にしろって言われるのも嫌い。だから、今あなたのしたこと、本当に大っ嫌い」


 シンディーがハルミアの鼻先まで近づく。ハルミアは視線を逸らすことをしなかった。


「だから、これで許してあげる。好きな人と離れる苦しみ、たあんと味わって頂戴ね」


 シンディーが囁き終えると、足元に魔法陣が浮かび、ぱっと彼女はその場から消えていった。ハルミアは傘を差したまま、降りしきる雨の中、進むことなくただただ立ち尽くしていた。


◇◇◇


 オルディオンの屋敷を、雨が叩く。シリウスは足早に廊下を歩いていた。今日、ハルミアが墓場へ行って帰ってくると、彼女はしばらく用があるからと書斎にこもっていた。夕食も体調が悪いと言って出てこようとしない。しかし湯あみを終えると、話があるから時間が欲しいとアンリを通じて伝えられたのだ。


 これは何かあるかもしれない。


 シリウスは原因を考えた結果、もしかしたらハルミアに告白されるのではと考えていた。今までハルミアから、好きだと言われたことはないが、その瞳にのせられる好意と敬意は声を出さずとも雄弁に語られていて、始めこそうっとうしくも思ったが今は心地よく、むしろ好意を感じられない瞬間に不安を感じるほどだ。


 今のシリウスに、コンプレックスはない。力の開放は出来ていないとはいえ神子であり、魔力が無いのではなく周囲にくれてやっている状態。野暮ったいと言われ負け惜しみをと思っていた容姿も磨かれた。散々かっこ悪いところを見せ迷惑をかけ続けていたハルミアに、連日徹夜で研究した幻影魔法も披露できたし、婚約式で見事にエスコートをしてみせたのだ。これできっと、ハルミアは完全に自分の虜となったはずだ。


 もう婚姻し捧生の腕輪で決定権を全て持っているのに告白なんて大業なことをしようとしているから、今日のハルミアはいつになく暗いのだ。


 自分はまぁ少しはハルミアのことを悪くはないと思っているし、告白しても王命による婚姻なのだから返事なんて意味をなさないが、まぁ好きだというのなら少しくらい応えてやっても悪くはない。シリウスは内心勝利を確信して、寝室に入った。


「シリウス様……」


 墓場に行って以降姿を見せなかったハルミアの瞳は、想像以上に暗いもので、シリウスは胸が痛むのと共に不安になった。ベッドに腰掛ける彼女の隣に恐る恐る座ると、沈黙が訪れる。


 ハルミアは手を開き、そして握ることを繰り返しては、目を伏せる。焦れたシリウスが「何かあるのでは?」と促した。


「……実は、これを見ていただきたくて」


 ハルミアが、意を決して懐からイヤリングを取り出した。彼女はシリウスとの出会いを思い出し、静かに目を閉じる。シリウスは見覚えのあるイヤリングに目を見開いた。


「これは……!」

「今から、八年前、シリウス様から頂いたものです……」


 ハルミアは、イヤリングを見つめる。美しい海原の色をした宝石は、照明の光を受けて揺らめく。その輝きは、八年前と全く変わることがない。


「でも、それは、私が平民の少女に渡したもので……」

「平民なのです。元は、私は」


 ハルミアの言葉に、シリウスは目を見開いた。驚く彼の姿にハルミアの胸は締め付けられ、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「私は、娼婦の娘です。娼婦街で生まれ、五歳の頃父親を名乗る貴族の元に引き取られたのですが、その家は私に魔力が無いことを知り、母の元へ戻しました」


 ハルミアは、影が集い、人が人を買う環境の中で育った。幼い間は商品価値がないとおざなりな扱いを受け続け、やがてこの世に出て九年が経った頃、そろそろ客が取れると店に出されそうになり、逃げ出すように娼婦街を出た。


「しかし、そこでの生活が嫌になり、私は母の元を去りました。しかし、幼く無学な娘が働くすべなどありはしない。盗みをすることで、かろうじて食いつないでおりました。そして商人から宝石をくすねた時に、シリウス様と出会ったのです」


 ハルミアは、シリウスの顔を見ないよう、ただイヤリングを見つめて話を続ける。


「私は、誰かに助けてもらいたいと思っていた。苦しかった。拾った御伽噺を読んでは、自分の世界に助けてくれる光が無いことを呪いました。そんな時、貴方に出会ったのです。シリウス様」

「ハルミア……」

「それから、私はなんとか盗みをせず、真っ当に生きられないか道を探しました。しかし、中々難しく、恥ずかしながら結局行き倒れになってしまい……そんな時です。リゼッタ様に出会ったのは」


 それはハルミアがシリウスと出会って半年経った頃だった。人々が行き交う大通りを逸れた裏路地で、盗みを止め何も食べることができず餓死寸前であった彼女の前に、リゼッタが通りかかった。リゼッタはハルミアを見つけると微笑んで、抱きしめ、「この子を御屋敷に迎え入れるわ」と宣言した。ハルミアは自分は死に逝き、これは夢で、リゼッタは天の使いだと考えたが、次に意識がはっきりすると彼女がいたのは天国ではなくオルディオンの屋敷で、羽はなく、しっかりと地に足の着いたリゼッタ、そしてオルディオン伯爵と夫人とまみえたのである。


「私は、平民の娘なのです。シリウス様の隣に、並び立ってはいけない存在なのです」

「そんなことはないっ私は――」

「だから、捧生の腕輪を、王女様にお願いして、外していただきました」


 ハルミアがそっと自身の左腕をシリウスに見せた。そこにはあったはずの腕輪が無い。


「どうして……?」

「王女様が、シリウス様を旦那様として迎え入れたいとおっしゃっております。シリウス様の名誉と地位を取り戻し、きちんと愛を捧げたいと約束してくださいました。なので、私はシリウス様との婚姻、及び捧生の契約を、シンディー様の手によって破棄させて頂いたのです」


 ハルミアは、微笑んだ。これがシリウスの門出であることを信じて。涙を流さぬよう、ぐっと堪える。シリウスは、身を投げるほどシンディーに焦がれたのだ。恋心はままならないもので、ガイという気がかりな存在もいるけれど、このままオルディオンにシリウスがいても、彼が王家に無礼をなし、シンディーを傷つけたという汚名が晴れることはない。ルグヴィラ家からの絶縁状も、きっと取りやめになるはずだ。


 これで、幸せになれる。そう思っても、本当に、それがシリウスの幸せなのか。シンディーを信じていいのか。そして、あれだけ酷い言葉を浴びせていたルグヴィラ家と復縁することがシリウスの幸福になるのかとの疑念で、胸が軋む。


(でも、私がそう思って、シリウス様を手放したくないと、私のものでもないのに、彼を傲慢に、独占しようとそう感じるだけかもしれない)


「ですから、シリウス様はこれで――」

「僕を、捨てるんですか」


 ハルミアの視界に、シリウスの顔が映る。目の奥はぞっとするほど暗く、その表情は、泣いているようにも、笑っているようにも、怒っているようにも見えるのに、声色は静かで淡々としていた。


「捨てるなんて、そんなことありません」

「だって、そうでしょう。今更、王女のところに行けだなんて。ははは。笑えない。ハルミア様は、僕のこと、少しは関心があったのではないのですか」


 シリウスの言葉に、ハルミアは目を反らした。


 少しどころではない。大切に想っている。彼に心の内を見透かされてはならない。ぐっと手のひらを握りしめると空気が凍てついたものに変わった。


「僕は、いらないのですか……?」


 シリウスが拳を握り締め、ベッドサイドにあったテーブルに叩きつけた。テーブルは倒れ、上に置いてあった花瓶が部屋に砕け散る。


「何が駄目でしたか……刺繍? 焼き菓子の手伝い? それとも、魔法? 剣術が得意ではないから? 容姿を磨くことを怠っていたから? あの義兄のように気さくさが無いから? すぐ感情的になってしまうから?」


 ハルミアは、言葉を紡ぐことができない。否定してしまえば、王女との約束に反してしまう。するとシリウスが「あぁ……」と胡乱げな声で頷いた。


「何が、じゃなく、全部ですよね。全部、駄目。最初から。確かに僕は、貴女に酷い言葉を浴びせていました……。死神令嬢なんか、好きに、なるわけないって、そう言って……貴女の作った食事に手を付けず、会うたびに来るなと言って怒鳴りつけましたから……」


 シリウスの声は、震えている。瑠璃色の瞳からは一筋の涙が滴った。


「どうせ僕なんか、愛されるはずなかったのに」


 シリウスの瞳から光が消える。ハルミアが一歩シリウスに踏み込んだ瞬間、ハルミアだけが後ろに吹っ飛ぶように弾かれる。彼女は壁に頭を強く打ち付け、額から血を流した。


「ハルミア様っ!」


 シリウスがはっとしてハルミアに駆け寄ろうとするが、目の前に突如シンディーが現れ足を止めた。


「かわいそう。そんなに強く頭をぶつけて」


 吹き飛ばされ頭を強く打ったハルミアに、シンディーが手をかざす。聖女の力により血は一瞬で消え、傷口もふさがっていった。


「シンディー王女。どうしてここに……」

「あら、シリウス。貴方会わない間にそんなに物分かりが悪くなったのかしら? さっきハルミアはお前に言ったでしょう? 婚姻も捧生の契約もなしにして、お前が私の元に戻ってくるって」

「僕はそんなことを望んだ覚えはありません」

「あら、私の元に戻れることが嬉しくて、照れているのかしら。可愛いわねぇ。でも、思い出と慰めなら許すけれど、お前は王家の子の父親になるのだから、平民娘の子供の父になるのは許されないわ。わたくし、なるべく殺生はしたくないですもの」


 シンディーはそう言って、ハルミアに笑顔を向けた。


「あなたはシリウスではなく、まぁ同じ平民のいい男を見つけなさい。貴女が傷つけた分、きちんとシリウスのことを癒してあげるから、安心して幸せになって」


 シンディーは満面の笑みを浮かべると、詠唱を唱えた。今度はシリウスの足元にも魔法陣浮かぶ。シリウスはハルミアに必死に呼びかけるが、ハルミアは答えない。ただ、幸せになってくださいとだけ声をかけて背を向ける。


「ハルミア!」


 シリウスの絶叫が部屋に響く。やがて、空間が歪む音がして、部屋にはハルミアただ一人が残ったのだった。


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