17
「まず、どこから話そうか」
オルディオンの屋敷の広間にて、オズが出された紅茶を見つめながら呟く。オズの隣にはヴィータがおり、二人と向かい合うようにシリウスとハルミアは座っていた。後ろにはベスやアンリが控え、ノイルは壁にもたれている。屋敷に帰ってきてアンリやノイルに突然山の暗雲が消えた理由も含め説明をすると、オズの事情を聞こうと客間に集まったのだ。
「あんたはぼやっとしてるから、私から話すよ」
ヴィータが盛大にため息を吐いて、「私は、こいつのせいで四百年は生きるはめになっちまってるのさ」と苦々しくつぶやいた。ハルミアがはっとして、口を開く。
「もしかして、オルディオンの恋の話というのは」
「私たちのことさ。馬鹿どもの御伽噺にされるくらいのことをこいつは私にしてるんだよ」
オルディオンに纏わる竜と人の話は、恋の話として祭が開かれるほど浸透している。この国の中心では三百年に一度魔力を高く持つ神子が生まれ、神子を守るために竜が生まれた。
そしてこの地は神子の生誕を待つ竜が住まう土地でもあり、人と共存し異種族同士の結婚も盛んに行われていた。しかしある時、竜たちは、己の在り方を考えるようになった。竜たちは人間と結婚する歳、人が己とともに生き、死ぬようその鱗を身体に埋め込む。しかし、竜たちは自分たちの姿を変えて生きられるといえど、人間は老いたまま、寿命だけを伸ばされる形となる。そのことについて人間から訴えられ、竜の寿命を人間に合わせる術を求めた竜がおり、その方法を探そうと旅に出た。
そして残された竜の妻は、ただただオルディオンの果てで湖の花を摘み、海へと流す。戻ってきてほしいという気持ちを込めて。
ハルミアは、ヴィータが海に花を流す儀式を、オルディオンの因習に倣ったものだとばかり思っていた。
「では、ヴィータおばさまは、もう何百年と……」
「ああ、こいつのせいでね。他の竜なんて皆死に絶えていったのに、こいつが馬鹿みたいにしぶといせいで私は何年も待たされてんだよ。挙句帰ってきたのは方法が見つかったからじゃなく、神子が見つかったからって言うんだ。とんでもない話だよ。ったく」
うんざりした顔でヴィータがオズから視線を外した。その言葉に、シリウスが眉間にしわを寄せた。
「神子が見つかったって……神子はシンディー姫では?」
「いや、この国の姫ではない。聖女と言われる存在だそうだが、治癒魔法が扱える存在はおおよそ五十年に一度生まれる。神子に神託を告げるために、竜は永らく存在すると言われているのだ。神子は貴重であるし、聖女は王家が管理してもなんら問題はないが、神子の存在は独裁が生まれる。だから丁度良かった」
一体、何が丁度いいのか。不思議に思ったシリウスの前に、オズの人差し指が向けられた。
「お前が今代の神子だ。まぁその心根は、歴代の神子からはいささか見劣りはするが……な」
シリウスはすぐに不機嫌な顔をした。「ふざけるのはやめてください。僕は、僕の魔力は……」と奥歯を噛む。しかし続く言葉を見透かすように、オズは「魔力は少ない、か?」と彼を見据えた。
「人より魔力が劣り、どんなに頑張ってもお前の周りの人間の魔法の威力だけが上がっていく。そう思ったことは?」
「……」
「これのそばで魔法を使ったものはいないか? 不思議とその出力が過大となったのではないか?」
ベスがはっとして、「そういえば、お迎えの時……」と声を漏らした。ハルミアもすぐに身に覚えがあることに気付く。
「ハルミア様に、旦那様のもとへ行く魔法をかけて、ふっとばしちゃったことがあるっす!」
「それだ。神子には保身の加護が備わっている。神子にとっては呪いに感じられるかもしれないがな」
「私の力は、もしや、もとより自分の魔力を他人に放出し、譲渡するものであった、ということですか」
シリウスが思い立った仮説をそのまま口に出すと、オズは頷いた。
「魔力を膨大に持ち、さらにその効果を上げてしまうため、王家に奴隷として扱われたり、隣国に狙われたりすることも多かった。聖女の癒しの力と異なり、一人で一国滅ぼせる力があるからな。安心しろ、条件を満たせば加護が消えるよう出来ている」
「条件?」
「加護自身が、神子が万物を切り抜けられる感情――怒りや悲しみ、慈愛、その者にとって必要な感情が満たされたとき、神子は思う存分力を振るうことができる。まぁ、私の知っている限り、皆平凡を望み、弱い力を出してひっそりと農作などする者が多かったがな。オルディオンの湖だって、あそこだけ日の通りがやけに良く花が咲くのはそれゆえだ」
ハルミアは驚きながら、シリウスに目を向けた。彼は実感が湧かない様子で自分の手のひらを見つめている。
もしかしたら、彼が王都に戻ることができるかもしれない。捧生の腕輪を外すことだって、出来るかもしれない。そう思い立ち、ハルミアは「黒竜様……」と声をかけた。
「なんだ。オルディオンの娘よ」
「あの、シリウス様は現在捧生の腕輪によって、私に魔力を扱う権利を譲渡している形なのです。どうにかこれを壊すことは出来ませんか?」
「無理だな。神子が己の力を発揮できない限り、壊すことは出来ん。我にも叶わん」
「そんな……」
ハルミアの言葉に、シリウスは目を見開いている。その目があまりに悲痛で、彼女は自分の無力さを呪った。
「我がこの地を訪れたのは、神子に相対するだけではない。旅に出て、何の成果も得られぬことが分かったのだ。長らくの間、妻を一人にさせてしまった。だからこれからは共に暮らしていきたいと思ってこの地に戻った」
「冗談じゃない。あんたの住むところなんてないよ」
オズの言葉を、ヴィータは撥ね付けた。
「私の小屋にあんたの寝床なんて無い。とっくに処分しちまったんだからね」
「ヴィータ」
「……そう、言ってやろうと思ったんだけどね。もとは私の言い出したことだ。もう、どう怒っていいか分からなくなっちまったんだよ。私は。一緒に死にたいと言って、この男が姿を眩まして、私の願いのせいで会えなくなっちまった間に、確かに悲しいのに、お前のことをふいに忘れる瞬間が確かにあったりなんてしてね。百年前言いたかった言葉も、思い出せないんだ。薄情なのはどっちだろうってさ……」
大切な誰かを、ふいに考えなくなってしまう瞬間。ハルミアはぎりぎりと胸が痛んだ。手のひらを握りしめ、痛みをやり過ごす。
「だから、もう最期までは、もういなくならないでくれないかい。私があんたのこと、忘れちまわないように、さ」
「ヴィータ……」
二人が見つめあう。周囲がしんみりとした空気に包まれたその瞬間、「それさあ」と間延びした声が響いた。
「シリウスくんはどうするんだ。すげえ魔力があるから、訳を話せば王都に戻れそうだが、王家にばれたら利用される。いっそ復讐でもするか?」
「私はそんなつもりは……」
シリウスは首を横に振る。自分が五百年に一度の逸材の神子だという実感は、全く湧いていない。
黒竜を目にするまでは、捧生の腕輪の研究をしなければということに頭がいっぱいで、その次はオルディオンの伝説の存在であった竜の存在に驚き、次に神子だと言われ、あまりにめまぐるしく変わる状況についていけないでいた。
いつもならすぐに自分がいかに有益な存在であるか知らしめることを生きがいとし、人から承認されていることに重きを置くシリウスであったが、神子として扱われ生きることで今まで持ち直し始めてきた生活がすべて壊されてしまったほどの気持ちになっている。
「ちょっと……、考えます。まだ、受け入れられていないので……」
シリウスはふらりと立ち上がり、そのまま部屋を出ていく。全てが胡乱に感じられ、何も考えることができず、もう今はただ眠りたいと部屋へと歩いたのだった。
◇◇◇
黒竜と相対した晩のこと、ハルミアは窓の外を見つめていた。ヴィータたちは小屋へと戻り、皆元の生活に戻っていった。しかしシリウスは夕食の席に姿を現すことなく、共有している部屋のベッドに、掛け布を深く被る形で横たわっている。
そっとしておいた方がいいのか、話しかけるべきか分からない。
ハルミアは何度か口を開くが、最後の最後で声が出ないことを繰り返し、もう幾分か経つ。
そうして時間をふいにし続け、とうとうハルミアは声をかけることにした。
「あの、シリウス様」
「……なんです」
無視されることを覚悟していたが、あまりに早く返事が返ってきたことにハルミアは驚きながらも、彼のそばに寄り、膝を折った。
「あの、本日は、本当にありがとうございました。一緒に山へ向かっていただいて」
「別に、私が助けに行かずとも、黒竜が助けに行ったと思いますし」
ふん、と掛け布からくぐもった声が聞こえてくる。ハルミアは肩の辺りに触れようか迷い、その手を止めた。
「それでも、ありがとうございました。私のことをシリウス様は何度も助けてくださるのに、お力になれず申し訳ございません」
シリウスからは返事はない。ハルミアは今夜シリウスは一人で過ごしたほうがいいだろうと、部屋を後にした。最後に温めた香草を混ぜた紅茶を差し入れしようと廊下を進み、大階段を下りていく。すると玄関の大扉を開き、ノイルがどこからか帰ってきたところだった。
「お兄様、どちらへ……?」
「革命の準備だ!」
「え……?」
「冗談だ。ほら、王家から手紙だぞ」
渡された真っ赤な封筒に薔薇の封蝋がされた手紙は、ハルミアの手に渡ると同時にぽんと跳ねて、封筒だけがきれいに散り散りになっていく。浮遊する中身の書状に目を通し、ハルミアの目は見開かれた。
「どうしたんです。……それは、王家の……」
シリウスがハルミアの後を追ってやってくる。大階段を駆け足で降り彼女の隣に立ち、王家からの書状を見て言葉を失う。
『第二王女シンディーと、剣士ガイの婚約式の招待』
王家から送られてきた金の書状には、シンディーとガイの婚約式の日取りと、ハルミア、シリウスを招待する文字が流麗な文字で綴られていたのだった。
「これ完全に私の幸せ嫌いな男に見せつけて後悔させてやりたい! みたいな感じっすよね?」
オルディオンの玄関ホールで、届いた書状を指さしベスが吠える。
王家からの書状は、当日までその家の玄関に掲げられるよう浮遊する魔法がかけられている。当日ようやく書状はハルミアたちの手に戻り、それを持っていき王宮に入る仕組みとなっている。書状を無くすことを防止し、なおかつ書状が来る家であることを知らしめることが出来るが、罰を受けた場合は処罰内容を玄関ホールに飾りだされることとなり、処罰の効果も期待できるとおよそ三十年前からこの魔法がかけられることとなった。
そしてオルディオンの屋敷ではどうかといえば、まるで槍玉にあげるが如く書状について皆好き勝手口に出している。
「そうだなベスくん。相変わらず王家は汚いな。わはは! 一緒に革命でも起こしに行くか? シリウスくんもいることだしな」
「いいっすね。そうしたら俺、俺のこと能無し扱いした騎士団長を部下にして、あれこれ命令してやりたいっす!」
わはははは。とノイルとベスの笑い声が木霊するが、ハルミアは何一つ笑えなかった。シリウスとともに、王城へ行く。シリウスがシンディーに会いたいと思っているならば、会わせたいと思う。会いたくないのであれば、自分はすでに変人と呼ばれているし、自分を理由に行かないよう動きたい。しかし肝心のシリウスの気持ちがまったくと言っていいほどわからなかった。
シリウスとは昨晩、中央にかなりの距離を開けて一緒に寝た。軽く話しかけても答えはするものの心ここにあらずの状態で、とても婚約式に一緒に向かうか聞ける様子ではなかった。それに、神子の力のことだってある。
ハルミアは誰にも聞かれないようため息を吐く。こんなときヴィータに相談できればいいものの、昨日会いたくて焦がれ続けた夫と再会したばかり、二人の仲を邪魔することはとてもできず、早朝ひっそりと墓参りをして戻ってきた。
そして朝食をシリウスと取ったが、彼とはそれきり会っていない。刺繍をしているか書庫に籠っているのかもしれない。答えが出るまで待たなければならず、もどかしい気持ちでハルミアは書状を見つめる。しかし、皆が自由に過ごす玄関ホールに、ばたばたと足音が階上から響いた。
「ちょっと、だれか旦那様を止めてください」
アンリの声とともに、ばっと大階段に繋がる廊下からシリウスらしき人影が現れた。ただ頭はタオルをぐるぐるに巻き付けており、いまいち断定ができない。頭を押さえながら駆け回る彼に、ノイルが手をかざした。
「ほれ」
ノイルの指から光が発され、シリウスの足元にあたる。するとシリウスのつま先が石のように固まり、そのまま転倒した。
「あ、魔道具はあいつが近くにいると誤作動するんだったな、わはは!」
ノイルがけらけら笑う。階段を上がり切ったハルミアは、倒れるシリウスを見て愕然とした。
「シ、シリウス様?」
うつぶせに倒れるシリウスの真っ白で雪のような髪は、昨晩までさらさらと流れていたはずなのに、所々焦げ付き歪な曲線を描いていて、何かべったりとした緑色の油までついている。香水を混ぜ、ままごとを終え母に怒られる寸前の子供の匂いが広がっていた。
「シ、シリウス様に、何が……?」
「湯殿が不自然に開いていたので、確認に入ったところ逃走を図られました。この姿で外に出られたらまごうことなき醜聞。止めたのですが……」
アンリがシリウスを冷たく見下ろす。
あまりにも突飛すぎるシリウスの奇行に、ハルミアは驚く心を落ち着けながら倒れる彼のもとに駆け寄った。
「シ、シリウス様、どうして、こんなこと……」
「……何でもないです。ただ、侍女が騒いで……」
「逃げるっつうことはやましいことがあったってことか?」
ノイルの問いかけに、シリウスは彼を睨んだ。「あなたには分かりませんよ」と威嚇して、立ち上がり、その場から離れようとする。しかしベスの「かっこよくなりたいんすか?」との言葉にぴたりと足を止めた。
「……はあ?」
「だって、俺が十二くらい……丁度王都の騎士学校通ってた頃と同じことしてるっす! シリウス様髪いじって香水つけて男の色気演出しようとしてるっすよね?」
ベスに指摘され、シリウスの襟元からのぞく真っ白な細首がみるみるうちに赤く染まり始めた。追い打ちをかけるように、ノイルが首を傾げる。
「あれ、もしかして、神子で魔力はあることが分かったし、王女から言われた野暮ったい男っていうの、あれが気になりだした、とかか?」
「そ、そんなこと! あるわけ! ないじゃないですか!」
シリウスが怒声を発した。しかし周囲にとってそれは街で飼う愛玩用の犬程度の威嚇にしかならない。生ぬるい空気を感じ取ったシリウスは、唯一自分を馬鹿にしなかった存在――ただ唖然とするハルミアの手首をつかむと、そのまま強引に引っ張る。
「シ、シリウス様」
「黙ってください。もとはといえば貴女のせいなんですよこれは!」
シリウスはぐいぐいハルミアを引っ張っていく。そしてそのまま、怒りを込めた瞳で睨む。
「あ、あの、シリウス様」
「……ほら浄化の魔法を命じてください!」
オルディオンの屋敷の暗がりに連れ込まれたハルミアに、ずいっとシリウスが迫る。慌ててそう命じると、彼は詠唱を始め、べとべとしていた髪の毛は元通りに変わった。
「あの、シリウス様……何をされていたのですか?」
ハルミアが問いかけても、シリウスは答えようとしない。ばつの悪そうな顔をして、地面を睨むばかりだ。先程ベスの言っていたことは、ハルミアも聞いていた。しかし彼女は、今年もう二十五になる人間が、年頃の少年のするような、見目を気にした失敗をするとは思えなかった。シリウスは王都に住んでいて、オルディオンより、自分が想像するよりずっと煌びやかに生きていたはずで、見目を操る術には長けているに違いない。そう思い込んでいるハルミアは、シリウスの行動原理を掴めずにいた。
「もしかして、神子についての研究、ですか……?」
彼女の問いかけに、シリウスは驚きの顔をした後、すぐに小刻みに頷いた。
「ええ、そうですよ。その通りです」
シリウスは愛想笑いを浮かべた。実際のところ、ベスとノイルの言葉は完全にシリウスの心中を言い当てていた。彼の激しいコンプレックスである、魔力がない自分は神子であるという事実によって緩和された。いまだ心の整理はつかないものの、人生での唯一の汚点と感じていたものがなくなり、歪められた形で高くなった自尊心が次に標的にしたのは、自身の外見だった。
「実は、こう、神子の条件を満たすために、己の感情を極限まで高めると聞いて、今まで条件を満たせなかったのならば、今までしてこなかったことを試してみようと思いまして……」
いままで、シリウスは自分の見目をいじろうとしたことはない。顔立ちが整っていることは自覚しており、あれこれ手をかける人間を見下して過ごしていたからだ。髪型もその場に合わせ整える程度で、美しくあることに情熱をかけることはしなかった。
しかし、煌びやかに、派手に着飾るノイルや、「わりと地味で親しみやすいっすよね。庶民的というか、シリウス様って」と半笑いで自分に接してくるベスに、ひそかにシリウスの美意識は刺激され続けた。そして、婚約式のパーティー会場で、どうにかいいところを見せたいという気持ちになったのだ。
主に、ハルミアに対して。
「なるほど……」
そして、当事者であるハルミアはシリウスの苦し紛れの言い訳に納得している。
シリウスは、ハルミアにかっこつけたいと思っていた。彼は今までハルミアからの好意をひしひしと感じ、自分を優位であると考えていたが、最近はどうもハルミアが優位に感じ、自分を好きなくせに、自分の部屋にノイルを招こうとしたことを、彼は忘れていない。捧生の腕輪をすぐに手放そうとしたことも引き金となり、彼は少し見目を磨き、ハルミアに優位に立とうとしていた。
「この間のこともありますし、辺境の地に住む以上捧生の印は枷になってしまうと思うんです。いざとなった時、いつもお世話になっている皆様を……ハルミア様を守ることができない。出来れば神子の能力を得たいと思っているんです」
「……シリウス様……」
王都にいるときは魔術の研究やその訓練に明け暮れ、偏屈な人間として名を馳せていた彼は、着飾ることを最低限しか知らない。無礼にあたらないよう計算された装いしか知らず、自分を磨くことを知らなかった。よってなんとなく湯殿にあるものや、古書にのっていた古来の貴族の用法を試し、大惨事を引き起こしたのである。
「私に出来ることがあれば、なんでもおっしゃってください」
「では、ハルミア様。私の研究に協力してくださいますか?」
「はい。なんでも!」
自分がシリウスの役に立てると思っただけで、心が喜びでいっぱいになってしまうハルミアは目を輝かせた。シリウスは彼女に気付かれないようほくそ笑む。
「では、まず手始めにハルミア様とともにパーティーに着ていく服を決めましょうか」
「え?」
「髪を整えることも、してみたいですね」
「え……?」
ハルミアは目を瞬く。首を傾げる彼女を見て、シリウスが「勿論私の持参金でお支払いしますよ?」と満足げに笑う。
「えっと、違うのです。身なりを整えることが、神子の研究につながるのですか?」
「そうですよ。私はしばらくの間魔物対峙で着飾ることからしばらく離れていましたからね、そういったことから始めてみようと思いまして」
「あれ、でも今までしたことがないことから始めるのでは……?」
「……あ、あまり突然環境を変化させるのも、逆効果だと思うのですが」
シリウスがやり込めるように強めにいうと、ハルミアははっとして「なるほど!」と頷いた。ほっと胸を撫で下ろすシリウスは「まずは……」と顎に人差し指をあてる。
「やはり、まずは髪を少し切ってみましょうか」
「分かりました。えっと、それでは私が手配をして……」
「それには及びませんよ、ハルミア様」
アンリがすっとハルミアの背後から現れる。そして呆れ目をシリウスに向けた。
「王都からの招待は明らかにこちらを愚弄するもの、代々国を守るこのオルディオンへの明らかな挑発行為です。しばらく戦がないことで、敬意を忘れているのです。ですので仕立て屋の手配は昨晩に済ませました。さらに本日から、僭越ながら私からハルミア様、シリウス様のご予定を組ませていただきました」
「あ、アンリ? 怒って……」
「当然ですハルミア様。これは、王都がオルディオンに決闘を申し込んだのと同義、ハルミア様、そして旦那様は勝利しなければならないのです。他ならぬ、オルディオンの為に」
「えっと……、が、頑張ります。えっと、大丈夫ですよ、ね? シリウス様」
アンリの計画は、聞く限りではシリウスの意向と同じはずだ。恐る恐るハルミアはシリウスを見る。シリウスは眉を寄せながらも、背に腹は代えられないと頷いたのだった。




