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「全然釣れないな! わはは!」
ベスと共にシリウスが釣りに出かけ、暫く立った頃。緩やかに流れるオルディオンの川めがけ釣糸を垂らすシリウスの隣には、ノイルがいた。
事の起こりは、ベスとシリウスが出かけようと門をくぐろうとした時だ。ちょうどノイルが散歩に出かけようとしている場に居合せて、ベスがどこに行くかを話し、ノイルが一緒に行きたいと言い出して三人で行くことになったのである。
辺りはオルディオンでは珍しい太陽の光が燦々と降り注ぐ場所で、青々とした草原の朝露が朝日を反射して輝き、爽やかな風が湿った草木の香りを広げている。人々の憩いの場所として親しまれているが、ノイル、シリウス、ベスと、気さくで裏がない二人に挟まれ、シリウスは川に到着し早々に辟易としていた。
「本当っすよ〜。いつもなら今頃五匹は釣れるっす! むぅ〜!」
ベスが不満そうに口を尖らせる。「よく釣りをされるんですか?」と何の気なしにシリウスが聞くと、ベスは「もちろんっす!」と笑みを浮かべた。
「釣るのも楽しいし、食えるじゃないっすか。それに、食ったらもうそっから無くなることもないっす!」
「食べたら無くなりませんか?」
「あれ? 旦那様知らないっすか? 食べれば血となり肉となるんすよ?」
小ばかにされたようで、シリウスは怪訝な目でベスを見た。しかしベスは川を眺めていて気付かない。
「確かに、食べれば無くならなかったんだよな……」
ノイルが昏い声を発した。シリウスが振り返ると、「なぁシリウスくん」とノイルが明るい声で顔を向けてくる。
「俺が言えたことではないが、何か話がしたいことがあったら、きちんと話さないと後悔するぞ」
「……は?」
「今朝、我が妹に何か言おうとして、いなくなってしまっただろう。ああいうのはよくない。とてもよくないぞ!」
ノイルがばしばしとシリウスの肩を叩く。手でシリウスが制していると、ベスが昏い声でぼそりと呟いた。
「正直に言っても、取り返しつかなくなることもあるっすけどね」
このせいでベスは王都の騎士団から見合いを勧められた際、さして好みでもない騎士団長の娘を褒めることを強要され盛大に吐いたことでその席を追われることになった。
以降、彼はあまり努力が好きではない。どんなに努力をしても、嘘がつけないだけで自分の日々の積み重ねは、砂で出来た城のように儚くなってしまうからだ。
騎士団を追われた経緯をリゼッタから聞いていたノイルは、一瞬口を噤んだ。しかし、「それでもだ!」と大きな声を発する。
「正直に言わないと、一生後悔することもある! でも、正直すぎて、失うこともある! しかしシリウスくんは今絶対正直であったほうがいい!」
「何故です。というかあなたは一体何なんですか? さっきから」
「シリウスくんが恋の病に侵されている。恋をしてるならば、絶対に正直であった方がいい!」
ノイルの言葉に、シリウスは手から釣竿を滑り落とした。ベスが「うわああああああ。高かったんすよ!」とすぐに釣竿を引き上げる。すぐさまシリウスに抗議しようと顔を向け、言葉を失った。
「は……は、はあっ?」
シリウスは顔を真っ赤にして、狼狽える。「そ、そんなわけないじゃないですか? っていうか誰に対して僕が恋をしていると? 意味が分からないです!」と早口で捲し立てた。
「あれ、お前自分のこと私って言ってなかったか?」
「わ、わ、わたしが、いつ、誰に恋をしていると言っているんですか?」
「そんなもん我が妹に決まってるだろ。そうじゃなきゃ問題だろう」
「確かにそうっすね……。不貞になっちゃうっす」
自分を置いて「そうだよな」「そうっすよ」と話し始めるノイルとベスを見やり、シリウスはぶんぶん頭を振った。
「わ、私はハルミア様なんて好きじゃありません!」
「俺も小さいころリゼッタに同じこと言った。俺よりリゼッタの方が俺を好きだともな。リゼッタに鼻で笑われたよ。それから正直に生きるようになった」
「それ聞いたっす。じゃあ別の婚約者を用意するよう御父様に進言致しますわって言われたんでしょ?」
「そうだ。あの時から俺は正直に生きると決めた」
「わ、私の話を聞いてください! 私の話をしてるんですよね?」
「お前と我が妹の話だけどな」
「そうっすね」
今、確実に自分は玩具にされているのではないだろうか。シリウスが二人を睨みつけると、ベスは笑い、ノイルは咳払いをした。
「ともかくだ。正直に生きろ。俺はそれからリゼッタに好きだと、大好きだとちゃんと言ったが、愛してると言えたのはあいつが死んでからだ」
真剣なまなざしに、シリウスが口ごもった。ノイルは川の対岸へ目を向け、呟くように話す。
「死んでから、ようやく言えた。言える機会なんていっぱいあったのに。何回でも言ってやれたのに。だから俺は会う人みんなに言うんだ、悔いなく生きろと」
「……」
「お前らはもう夫婦なんだ。まぁ夜に盛り上がったら素直に言葉が出てくるだろうがな! わはは!」
ノイルの言葉にベスが盛大に噴き出した。さっきまでとは打って変わった様子にシリウスの怒りは頂点に達し、オルディオンの川に盛大にシリウスの怒鳴り声が木霊したのだった。




