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 侍女、アンリの朝の業務は多岐にわたる。使用人に対する申し付けから、仕えているハルミアの身の回りの世話など一般業務のほかに、そして婿に入ったシリウスの世話及び、彼が精神的に危うくなり始めてからは、屋敷の中で自傷可能なものを発見次第排除、長物を遠ざけ、趣味として行っている裁縫道具以外の刃物を遠ざける業務を彼の行動範囲分も広げて行っている。


 そんなアンリは毎朝中庭を散歩することを習慣としている。この国は排他的で、他国から来た人間への風当たりがひどく強い。貿易品すら蔑みの対象とされる中、元々半分異国の血が流れている彼女は家から疎まれ、自分よりも三十以上歳の離れた王都の伯爵のもとへと慰み者として送られようとしていた。


 彼女の運命を変えたのは、ハルミアの姉、リゼッタだった。


 かねてより交流のあったリゼッタは「狸爺に嫁ぐのと私に仕えるの、好きなほうを選びなさい」と言って、主従というくくりにアンリを避難させたのだ。


 以降、多大なる感謝の意をリゼッタに寄せており、彼女が目をかけていたハルミアを大切に想っている。


 そして中庭には、リゼッタが好きだった花々、ハルミアが好きだからとリゼッタが植えさせた花々が混ざるように咲いていて、朝露に濡れ淡い色の花々が風に揺れる光景を見ることが、アンリの至福の時であった。


 しかし、今日はその至福の空間に、一人の望まぬ客人が佇んでいた。


 死んだような表情のシリウスが、到底爛漫とした花々に向けるべきではない目を向け、中庭の真ん中で棒立ちになっている。


 なんとなく嫌な予感がして立ち去ろうか悩んだものの、また飛ばれても問題だとアンリは近づいた。


「どうされましたか、旦那様。お加減がすぐれないようなら部屋に戻られますか」


 声をかけると、シリウスはばっと振り返り、落胆した顔をした。そして考え込みだしたことから、面倒なことになっていると悟った。


「ハルミア様と何か」

「……ノイル様とハルミア様は、仲がいいのですか」


 ぼそり、とつぶやかれた言葉にアンリは驚いて振り返る。シリウスの顔はしまったといった様子で首を横に振り「……忘れてください」と俯いた。


「……ハルミア様の姉であるリゼッタ様は、ハルミア様を本当の妹のように愛しておられました。血の繋がりなんてものは、この世に存在しないのかもしれません。二人は本当に仲が良い姉妹でした」


 アンリの脳裏に、リゼッタとハルミアの姿が思い浮かぶ。「私に妹が出来たの。ハルミア。綺麗な髪と目の色でしょう。本当に面白いのよこの子は。私の妹にぴったりだわ」そう言ってリゼッタは屋敷に薄汚れぼろぼろの娘を連れてきた。誰もが目を背けるほど汚れていた娘は、リゼッタの手によって貴族の令嬢として生まれ変わり、庭園では生き生きとリゼッタがハルミアの手を引っ張り、半ば引きずる光景が散見された。


「ノイル様は、ハルミア様に嫉妬をしていたように思えます。いえ、リゼッタ様を求める誰しもが、ハルミア様を羨み、時に妬んでおりました。なので貴方の感情は、もしリゼッタ様が生きておられたら、ノイル様ではなく間違いなくリゼッタ様に向けられていたでしょうね」

「どういう意味です」

「嫉妬、しておられるのでしょう。ノイル様に」


 アンリはシリウスを見据える。そして、驚きに見開かれた瞳から視線をそらし、かつてリゼッタが愛した花に目を向けた。


――私ね、紫が大好きなの。だってとても綺麗だと思わない? ハルミアの色だもの。


「ノイル様に勝つことなんて、旦那様が思っているよりずっと容易いと思いますよ。問題はそのあとです。勝てるといいですね。リゼッタ様に」


 アンリは悠然と微笑み、中庭を後にしたのだった。


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