待遇
「あ、どうぞ~、お食事の時間ですぅ」
妙な笑顔を浮かべた衛兵が、これまた妙にへりくだった態度で食事を運んできた。
「あぁ、どうも」
不審に思いながらもヴェルニーは前に出された食器を返しながらそれを受け取る。食事のメニューは白パンにウサギか何かの肉、それと塩の利いたスープだ。スープの中には野菜も浮かんでいる。
これまた妙なことなのだが、食事の内容が豪華すぎる。一日目、捕まったばかりの時は黒くて石のように固いパンを、ほとんど白湯のような微妙に塩味があるかないかのスープを浸して食べただけだった。囚人ではないものの、牢の中で出される食事というものは大抵そんな粗末なものなのが普通だ。
「あ、中、ちょっとお掃除しますね~、んじゃ、失礼して、と……」
衛兵は無防備にも牢の鍵を開けて中に入り、にこやかな笑顔で中の掃除をし、排せつ物を片付ける。もちろんこの作業には複数人で当たっており、脱獄されないように構えはしているのだろうが、あまりにも不用心だ。
実際ヴェルニー達の実力であれば相手が何人いようがこの隙に衛兵をのして脱獄が可能である。
「あ、手枷の方、きつくないですかね? 何かあったら遠慮なく言ってくださいねぇ」
「手枷にサイズなんてあんの?」
「ええ、そりゃもちろん。きついようでしたら大きいのと変えさせていただきやすんで」
「ふぅん。別にいいけど」
彼らがはめられている手枷は魔法が使える者への対策として魔封じの術式を施されている。それを外してはくれないようだが、対応としてはかなり人道的だ。一通り仕事をし終えると衛兵達はそそくさと地上階へと去っていった。
「なんかおかしくね?」
スケロクの素朴な質問に、ヴェルニーも首をかしげる。
「たしかに、衛兵なんてどこも『おいこら』式の横柄な態度をとるものだとばかり思っていたけどね……この町には僕は来たことはないが、ジャンカタールには来たことがある。他の町ではそれほどベネルトンと違うとは思わなかったが」
そもそも昨日の時点では食事は酷かったし、町の外での取り調べの時も横柄な態度ではあったが、なぜ急に態度が変わったのか。
「まあ、快適に過ごさせてくれるんなら、私は文句ないけどねえ」
いつものんびりしたような態度のグローリエンはたいして気にもせずにスープを飲んでいる。
「いや、グローリエンさん。そうもいかないでしょう。昨日はゆっくり休めたからいいとして、早くベネルトンに帰らないとまずくないですか?」
ルカの言うことも尤もである。それ以前に裸で歩いていたというだけでこれほど留置所に放り込まれること自体が異常なのだ。
「とはいえ、騒ぎを起こすのも得策じゃねえだろ。なあに、別に出ようと思えばいつでも出れんだ。それは今じゃねえ」
スケロクの方もこの「休暇」を楽しむ気らしく、寝転がってパンをほおばっている。どうやら焦っているのはルカだけの様だ。
「まあまあルカ様。冒険者には時折こういった休息も必要ですわ」
それはそうであるが、休息、と言っても牢の中にぶち込まれているのが休息なのか。シモネッタは王族なのに本当にそれでいいのか。
「それに……こうやって旦那様と娘と、親子三人で一つ屋根の下で暮らせる日が暮らせる日が私に来るなんて、夢のようですわ」
一つ屋根の下……確かに同じ部屋の中に暮らしているような状態ではあるものの、牢屋でそれは成り立つのか。さらに言うのならルカとシモネッタは結婚していないし、メレニーは二人の子供ではない。彼女の認知機能をルカは疑いだした。
「扱いが変わったのは、もしかしたら僕が名前を出したからかもしれないね」
「そういえばそうですね。取り調べを受けたときに『ゲンネスト』のヴェルニーだって伝えて……っていうかあれから誰一人取り調べ受けてないんですけど、僕達何のために勾留されてるんですかね」
言われてみればそうである。
待遇云々以前の問題として勾留しておきながら尋問一つしないのは職務怠慢もいいところだ。そう思い至った時に、再び地上階からの足音が聞こえてきた。衛兵が二人降りてきたようであるが、見回りのために衛兵が降りてくることは別に不自然なことはない。
「衛兵さん、早くここから出してください! 僕達は何のために勾留されてるんですか」
ルカが鉄格子を掴んで必死で訴えかけるものの、他のメンバーがのんびり昼飯を食っているのであまり悲愴感が湧かない。
「いやあ、その、ね? なんか今上の人達がいろいろとバタバタしてるみたいでして。ちょっと手続きに時間がかかっているというか……」
何とも歯切れの悪い回答である。
「へへ、お茶なんかどうぞ……」
またしても妙にへりくだった態度。いくら大した罪でもないのに留置所にぶち込んでいるからと言って捕まえた奴にお茶の差し入れをする衛兵などいようか。衛兵はお盆に乗せたお茶をそれぞれの牢に置いていき、ヴェルニーの牢の前で座った。
「いや~、それにしても、その……お客さん、冒険者だそうで」
「お客さん?」
何とも間抜けな衛兵の問いかけ。だが留置所の牢屋にぶち込んだ人間へのへりくだった呼びかけというものが思い浮かばなかったのだろう。だからってお客さんはないだろう。お前が捕まえておいて。
「あの~、やっぱアレですかね? 荷物の中には、冒険で手に入れた貴重なアイテムだとか、そんなもんがあったりするんですかね?」
やはり何を聞きたいのかがいまいち判然としない。まさか雑談をしに来たのではあるまいとヴェルニーは訝し気な顔をする。
しかし何が目的なのかが分からない。荷物の中に何か見つけたのだろうか。だったならば「こんなものを見つけたが、これはなんだ」とはっきり聞けばいいだけのはずである。少なくとも町の平和を守る衛兵にはそれを聞く権利がある。
「まさか……」
ヴェルニーが若干険しい顔を浮かべる。
思いつくことは黄金の音叉。今回のダンジョン探索の唯一の物質的な収穫である。しかしそれを直接聞いて来ないということは、あれが何かを聞きたいのではなく、落として変形してしまっただとか、そんなところか、とヴェルニーは考えたのだ。
「あ、あの……ですね。ヴェルニーさん達の荷物の中にですね。そのぅ、霊薬というか、ポーション的な何かがあったじゃないですか」
額に脂汗を浮かべながら衛兵は尋ねてくる。
しばしの沈黙。ルカ達も彼らのやり取りに注目している。彼は何が言いたいのか。ヴェルニーはどう答えるのか。
「そんなものは、ない」




