船
戦いを終え、スケロク達を迎えに玄室の奥にと進んだルカ達一行を迎えた光景。
すなわち異臭を放ちながら乙女のように横座りになってしくしくと泣いているスケロクと、なぜか満足げな表情で人差し指の匂いを嗅いでいるハッテンマイヤーであった。
「何が……いや本当にいったい何が?」
しかも玄室の中央には(ルカ達からしてみれば)巨大な船もある。昨日調べたときには絶対こんなものなかったはずである。いったい何が起きたというのか。
「あっそうだ、そんなことよりメレニーは!?」
「メレニーさんならあちらの壁際です。お腹を空かせているかもしれませんね」
ハッテンマイヤーの言葉を聞くとルカはシモネッタの持っていた荷物から水筒入りの母乳を取り出してメレニーのもとに駆けていった。
「それはそれとして結局何が起きたんだい?」
ヴェルニーとしてはわけのわからぬこの状況、一からの説明を求めたいところである。なぜスケロクは汚された乙女のようなリアクションを取っているのか。
「ふんふん……この匂い、まさか?」
グローリエンは何かに気づいたようである。
「きわめてプライベートかつセンシティブな内容なので匂いについては答えかねますね」
ハッテンマイヤーはそのことについて追及される前に予防線を張った。一方グローリエンはにやにやと笑っている。
「ははぁん、なるほどねぇ。そういうことか。なるほどねぇ。そっかぁ。スケロクも隅に置けないじゃん。そっかぁ。確か熟女好きって前に言ってたもんねぇ」
何か盛大に勘違いしているような気はするものの、あえてそれをグローリエンの方から口に出してこないのでスケロクとハッテンマイヤー側からも否定することはできない。
「うう……ひどい目にあった」
とにかく、涙を拭いてスケロクが立ち上がる。なぜか妙に蟹股になっているが、あえてそこは誰も突っ込まない。
「とにかく、俺様がこの玄室の謎を解いた!」
さすが切り替えが早い。スケロクはどや顔をしながら親指で船を指さす。
せいぜい十人ほどが乗れるだろうかというサイズのアウトリガーと帆を備えた小型~中型の船舶。グローリエンは船から微弱な魔力をも感じ取った。
「天井にあったオオガラス座がカギでな。奥の壁にある無数のスイッチを、オオガラス座の星の部分だけ同時に押したらこの船が天井の裏から降りてきたってぇ寸法よ」
「へぇ。オオガラス座がやっぱりカギだったんだ。なんか南の海と関係があるのかねぇ」
「あの、スケロク様、それで結局この船は何なのでしょうか?」
シモネッタの疑問も尤もである。「船が出てきた」はいいのだが、出てきたからなんだというのだ。それが分からないと話にならない。船の中に黄金の音叉でも転がっているとでもいうのか。
「それは分からん! これから調べる」
この男の答えは常に明快で分かりやすい。
「へえ、この壁に仕掛けがねえ」
「あっ、ダメだグローリエン! 壁に近づくな!」
壁の穴の中にはまだスケロク汁が残っている。裸を見られるのは平気だがそれを見られるのは恥ずかしいようである。
「ええ~なんでよ。別にいいじゃん壁調べたって。私だって興味あるよ」
「うるさい! それは別にどうでもいいだろ! 今はそれより船だ船!!」
彼にだって明快に答えられないこともある。しかしまあ彼の言うことにも一理ある。この船の謎を解き明かさないと先へは進めまい。
「う~ん、見た目には普通の船にしか見えないねぇ」
オールと帆で制御する小型の船。外洋に繰り出すような大型の船ではない。そもそもこのヴァルモウエには人の住んでいる大陸は一つしかなく、小規模な群島などはあるものの、他の大陸などはないので漁師くらいしか外洋には出ない。
その漁師も外洋に出るといってもせいぜいが目視で陸地を捉えられる程度の距離にまでしか行かない。他に大陸がないのだから行く必要もないというのが理由であるが、それよりももっと大きな理由がある。
それがカスカータル・ボルドと呼ばれる『世界の果て』だ。
前述のようにこの世界は一枚のピザを南北に切り分けたような平面の形をしている。ピザの切断面は『大断絶』と呼ばれる断崖絶壁であるが、耳の部分もやはり断崖となっており、外洋の海はそこに向かって海水が流れ出る大瀑布となっているのである。
すなわち、新天地を求めて外洋の外に身を乗り出せば、たちまち大瀑布に巻き込まれて宇宙へと散華する羽目となる。
そして外洋の恐怖は大瀑布だけではない。カスカータル・ボルドには世界魚レヴィアターナと呼ばれる超巨大なシー・サーペントも住んでいる。
このレヴィアターナは目算で数百キロの全長を持ち、胴の幅だけでも小山ほどもあるといわれているが、実際にどれほどの大きさなのかはよく分かってはいない。
何しろその住み家は大瀑布なのだ。たまに淵の上空を龍の如く泳いでいることもあるが、どちらにしろ極地。その姿を間近で見て、生きて帰ったものなど一人もいないのである。
あまりにも巨大なため遠目にその姿を目に収めることはあっても誰も接したことなどない世界でもっとも有名なUMA(未確認生命体)なのである。
「これで外洋にでも漕ぎ出せってのかぁ? どっちにしろ運び出す方法がねえがよ」
「とりあえず中に入ってみないかい? 中に何かヒントになるものがないだろうか」
身軽なヴェルニーとスケロクはぴょんと船に飛び乗る。後からグローリエンとシモネッタ、それにハッテンマイヤーも彼らに手を引かれて乗り込んだ。
最後にメレニーの授乳を終え、下の始末もしたルカ達が荷物と一緒に船の上に船の上にのぼった。
「全っ然それっぽい物はありませんねえ」
ルカの言う通り船の上には何もない。
「なんか、あれかね? ただの記念の展示物とか?」
グローリエンがおどけてそんな事を言うものの、そんな馬鹿な話はあるまい。
「でもなんか魔力は感じるんだよねえ。なんだろう、この船」
船の上にあるのは漕ぎ出すためのオールくらいである。これでいったいどうしろというのか。
「船なんか初めて乗るな。こうやって漕ぐのか?」
スケロクが甲板の上に腰を下ろしオールを掴んで漕ぐ真似をする。ヴェルニーと、それからシモネッタもふざけてオールを漕ぐ真似をした。
「好きだねえ。男の子ってこういうのが」
あきれつつもグローリエンもなんだかそわそわとしている。きっとオールを漕いでみたいのだろう。前述のとおり船に乗ったことのある人間自体が少ないのだ。
「そうですねえ。もしかしたら他に何か仕掛けを作動させるとこの玄室に水が入ってきて漕ぎ出せるとか……」
そう言いながらルカが船の外を見てみる。しかしどこにも仕掛けなどありそうもない。
仕掛けはないものの、水はあった。
「あれ?」
水。
先ほどまでそんなものはなかったはずである。
しかし気づいてみれば辺り一面、いや見渡す限りの水だ。
「ていうか、なんか寒い」




