星空の玄室
「星空……?」
岩場の奥の玄室は意外に広かった。そして明かりをつけてもいないのに天井からキラキラと光が降り注いでいる。この世界にはそんなものはないが、プラネタリウム、といったところである。
「天井もフロアも大分広いですね」
そもそもこの谷底がどういう仕組みなのかは分からない。見た目だけで実際には他と同じように地中のダンジョンなのだろうがその中にしつらえられたこの玄室は天井も四メートル以上、広さはテニスコートほどもある大きさだった。
そして天からは星空のような小さい光がちりばめられている。何とも幻想的な光景である。
「ひときわ明るいのはオオガラス座ですね。実際には他の星と比べてここまで明るくはないはずなので、これが何か伝えたいメッセージなのかも」
玄室には、何か伝えたいメッセージがあるはず。それが今のルカの考え方である。
ルカの言葉には若干渋い顔をしたのはヴェルニー達熟練の冒険者だった。彼らの感覚からすれば玄室など魔物の控室か、貴重なアイテムの安置してある宝物庫か、という考えであったが、しかしこのダンジョンに限っては確かに「意図」のようなものを感じることが多かったので口に不満を出しはしなかった。
「とはいえ……他には何もなさそうな部屋だね。音叉の置いてあった部屋のように何かメッセージ性のあるものがあるわけじゃなし」
加えて言うなら急に閉じ込められて罠が作動するようなこともない。本当に、意図の読めない部屋なのだ。ここから何を読み取れと言うのか。
「ただ一つ気になるとすれば、星の位置」
「そういえば、そうですわね。オオガラス座……南極星は、もっと水平線ぎりぎりに見える星のはずですわ」
「へえ、お姫さん星にも詳しいのか。南極星ってのはなんだ?」
スケロクが尋ねるとシモネッタは嬉しそうに答える。まさか王族として基礎教養に学んでいた知識が冒険者として活躍するとは思っていなかったことだろう。
「天球に光る星は北と南にある『天極』を中心に弧を描いて回っています。南方にある、ちょうど天極にある星を南極星と呼び、オオガラス座の尾の部分に位置する星を指すんです」
「へえ。ヴェルニーは知ってたか?」
「聞いたことはあるよ。船乗りが方角と位置を知るために使うとかなんとか」
「星……方角を意味する何か……」
特に何かひらめいたことがあるわけではない。頭の中で今までに起きたことを考えながら、何となく『音叉の部屋』で得られた音階をルカは弾いてみた。しかしそんな脈絡のない行為ではもちろん何も起こらなかった。
「星の高さが、不自然といえば不自然か」
「ええ。でも昔のことを記した古い本を見てみるとそうでもないんです」
どういうことか、とルカが尋ねる。ルカも自分が知ることが出来る範囲で各地の伝承や書物を調べてはいるものの、なんの伝手もない一般市民である彼が触れられる記録はたかが知れている。いつでも国のほぼすべての記録にアクセスできるシモネッタとは情報の量、質ともに桁が違うのだ。
「古い詩を写した書物を読んでみると『天に極星を仰ぎ見て』とかいうような文が出てくることがあるんです。でも、実際には……」
先ほども彼女が言った通り、星の位置が違うというのだ。実際には天に仰ぎ見ることはなく、水平線ぎりぎりに見える星だという。大地もうみもまっ平らな平面で構成されるこの世界で、南極星は真横に見える星らしい。
「もっと南の方に行ったら、上の方に見えてくるってことはねえのか? 例えば地平面が実際には大きく湾曲してて、南方の海がここより低い位置にあったら……」
「その可能性もありますけれど、そんなところに行ったらおそらく世界の果て、『淵の大瀑布』に飲み込まれてしまいますわ」
「もしかしたら、昔はもっと高い位置に南極星があったんじゃ……」
ルカはそう言ったが、しかし何の根拠もない憶測を語ったところで得るものなど何もない。ましてやそれがこの部屋の謎に繋がるかどうかなどそれこそ分からないのだ。とにかく、今はまだ何もこの部屋で得られるものは何もなさそうであった。
「さて、どうするか」
ヴェルニーが空気を変えた。
「選択肢は二つ。一つはこのまま冥界には行かず、カマソッソが戻ってくるのを待ち続ける」
「……思ったんだけど、私がカマソッソの目を奪ったじゃない?」
グローリエンが懐から折りたたまれた紙を取り出す。紙の中には彼女が呪術で奪ったカマソッソの目が封じられている。
「でもあいつ、真っ暗な暗黒回廊の中で苦も無く動けるのよね。もしかしたら目を取り戻そうなんて気は最初からないかも……」
約束通りカマソッソがマツヤニを持ってくる保証などどこにもないのだ。その言葉を聞いて、ヴェルニーは言葉の先を紡いだ。
「もう一つはヴィルヘルミナに頼んで、冥界を案内してもらう」
難しい局面ではある者の、しかし言葉を発せずともパーティーの心は後者の選択肢に大きく傾いていた。
「もうすぐ日が暮れますよね」
重苦しい雰囲気をルカが破った。そして彼の危惧していることはおそらく、パーティー全員が恐れていることでもあったのだ。
「この冥界の入り口が、夜になっても昼と同じ様相を呈しているとは限らない気がするんです」
そう。皆が恐れていること。
とはいえ何か根拠があるわけではない。しかし、やはり死霊が跋扈し、命無き冥界の住人たちが姿を現してその力を振るうとしたら、やはり夜なのではないか。誰もがそう思った。
冥界を夜に例える神話は世界中をくまなく探してみなくとも枚挙に暇がない。この地が昼と同じような静謐の支配する谷底であるとは思えないのだ。最悪の場合、この玄室ですら夜になればまた違った顔を見せるのかもしれない。
どんな方法を使ってでも夜になる前に拠点の準備を整えなければならない。そのためであれば、正体不明の女の導くままに、いっそのこと懐に飛び込んでみるのも手かもしれない。
「僕も全く同意見だ。どのみち現状は袋小路で他に手を打つことも思い浮かばない。もちろん彼女がまだいれば、の話ではあるけれど、ここはいっそのことヴィルヘルミナに冥界の案内を頼もうと思う。いいね?」




