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ボニュセロ

「ようやく寝てくれたわね……」


 赤ん坊のメレニーは、コンスタンツの乳を飲みながら寝てしまったようである。虫の鳴き声だけが聞こえる、静謐なる夜が辺りを優しく包み込む。赤子を抱くコンスタンツの表情は、母親のそれである。


「さて、これからどうしようかね」


 口火を切ったのはグローリエンである。


「ていうか何なのこの状況」


 焚火を囲んでナチュラルズ+αのメンバーと、サキュバス三姉妹がくつろいている。しかもそのうち一人は赤ん坊に授乳をしながら。


「よ、よかった……」


 グローリエンの言葉を聞いて、ルカが泣き出した。


「みんなこの状況をあまりに自然に受け入れすぎてて、もしかして僕以外皆おかしくなっちゃったのかと」


 グローリエンが当然の疑問を呈したことでその緊張が解け、安心して泣いてしまったようだ。


「状況をまとめたいんだけどさ、結局メレニーがあんたのレベルドレインを食らって赤ん坊にまで戻っちゃったってことでいいんだよね? それメレニーだよね?」


 グローリエンの問いかけにコンスタンツはこくりと頷く。


「正直、レベルドレインを食らって赤ん坊にまでなるなんて聞いたことないけど、二人の実力差が大きすぎたせいかも……」


「戻るんですか、それは!?」


 ルカが一番聞きたいところは当然それである。まさかこのままずっと赤ん坊だなどと言われたらたまらない。


「もちろん戻るわ」


 一同がホッと安堵の息を漏らす。


「十五年くらいすれば、先ほどと同じくらいまで成長するわ」


「戻ってねえじゃねえか!!」


 とはいうものの、他に戻す方法がないというのならば手詰まりである。


「くそっ、冥界のマツヤニで治んねえかな」


 スケロクが独り言ちるが、万能薬ではないのだ、治るわけがない。というか、もはやこの赤ん坊の状態を『状態異常』と認識すること自体が間違いなのかもしれない。これはもうおそらく「治る」「治らない」の問題ではないのだ。


「どうする? いったん地上に戻る?」


 グローリエンがヴェルニーに尋ねる。


 今回の探索、かなり潜っている期間が長くなっている。そろそろ地上に戻って本パーティーの連中と連絡を取り合った方がいいのかもしれない。スケロクはミゲルとアンリのことがあるし、グローリエンも目の前でマルコが亡くなっている。きっと地上でも新たな動きがあるだろう。その時に中心メンバーでもある三人がいないのは良くない気もする。


 さらに、パーティー全体が疲弊してもいるのだ。物資はまだ十分にあるし、最悪迷宮内のモンスターの肉を食って飢えを凌ぐこともできる。


 だが、ルカが首を落とされた状態で、メレニーは赤ん坊に。メンバーの疲労もたまっている。思案のしどころである。


「いや……」


 ヴェルニーは決断する。


「もう冥界への扉のある第八階層はこの下だ。せめてルカ君の首だけでも元に戻したい。ひょっとしたらカマソッソが戻ってくる可能性もあるしね」


 ルカはちらりとコンスタンツの腕に抱かれて眠っているメレニーの方を見る。


「心配なのはわかる。だがメレニーはコンスタンツに預けて……」

「無理でしょ!!」


 言葉の途中でルカが遮った。


「いやヴェルニーさん、まだちょっと感覚が戻ってないですよ! そもそも彼女はメレニーの母親でも何でもないんですよ?」


 言われてみればそうである。完全に母親の顔をしているが。


「そもそもメレニーをあんな状態にしたのがあの女なんですよ! そんな奴に安心してメレニーを預けられるわけないでしょうが!!」


 ルカはそう叫んでコンスタンツに歩み寄った。


「貸せッ! メレニーは僕が育てる!!」

「やめてッ! 私のメレニー!」

「母性に目覚めてんじゃねえ!」


 辺りが異様な雰囲気に包まれる。メレニーも目を覚ましてしまったようで泣いている。


「これは……いったい何が起きてんの」


 グローリエンが戸惑いの声を上げる。無理もあるまい。それぞれの状態は把握している。しかしそれをどんな感情で見たらよいのか分からないのだ。


 ヴェルニーは赤ん坊のメレニーをここに置いていく、コンスタンツに預けるとは言ったものの、確かに彼女をこんな状態にした張本人であり、何より魔物のコンスタンツに仲間を預けられるわけがない。


 それに切れてルカがメレニーを彼女から取り上げたのも無理からぬこと。しかし客観的にみると母親から赤子を取り上げた無法者にしか見えないのだ。女性としてはコンスタンツに味方するべきのような気がするが、どう考えても正しいことを言っているのはルカ。


 いったいどちらの味方をしたらいいのか、それが分からない。


「ルカ、おめえ『僕が育てる』って、なに父性に目覚めてやがんだよ。赤ん坊連れてダンジョン攻略できるとでも思ってんのか?」


「うるさい! もうメレニーは誰にも渡さない! 僕が育てるんだッ!!」


 手が付けられない状態である。


「おねがい……私の赤ちゃんを返して」


 涙ながらにコンスタンツが訴えてくる。どうやら彼女も母性に目覚めてしまったようだ。何とも面倒くさい連中である。


「ああ……」


 それまで泣いているだけだったメレニーが、ルカの指をゆっくりと掴んだ。赤ん坊の純粋な瞳の前では、人はみな毒気を抜かれて母性に目覚めてしまうのかもしれない。


「でも、母乳が出るのは私だけよ。どうやって育てるつもりなの」


「クッ……」


 そうなのだ。実際的に今日生まれたばかりの新生児を母親の母乳も無しでどうやって育てるというのか。


「母乳をよこせ」


 沈黙を破ったのはスケロクであった。


「いいか、俺はイングリッドとの果たし合いにも勝った。それを反故にしてメレニーをそんなふうにしやがったのはおめえらだ。俺はお前らに勝利の対価を要求する権利がある。母乳をよこせ」


「じゃあ……私があなた達のパーティーについていくわ」


「ダメに決まってんだろ。またお前の子宮に誰か引き込まれたらどうすんだ! いいか、母乳をよこせ」


 道理である。そもそもの発端がコンスタンツの子宮がメレニーを取り込んだことから始まったのだ。いつまた他の誰かが隙を突かれてレベルドレインを食らわされるか分かったものではない。そんな奴とともに旅をするなど危険である。


「母乳をよこせ」


「クッ……」


 コンスタンツは搾乳を始めた。

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母乳をよこせ……だなんて、例の先生みたいなことを!
わけがわからないよ!
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