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質量攻撃

 マルセド王国第一王女シモネッタ姫のフルプレートアーマーはテーラーメイドの特別製である。


 通常であれば一ミリ以下の板厚のフルプレートアーマーはそれでも総重量を合わせると四十キログラム以上。だがシモネッタ姫の特別製の鎧は特に正面の装甲を重点的に補強してあり、その板厚はなんと最大三ミリにも及ぶ。


 これは(いしゆみ)の正面からの一撃にすら耐える防御力を持ち、さらに扉と見紛うほどの巨大な大盾もまた特別製である。おそらく尋常な人間では持ち上げる事すらできない大盾は柿の木で土台を作って外側には巨人鋼と呼ばれる特別製の鋼を使ってあり、鎧との重量と合わせると百キログラムを優に越える。


 本人の百九八キログラムの体重と合わせて総計三〇〇キログラム以上。その重量物がユルゲンツラウト子爵に突撃してきたのである。


「がッ……あ」


「もう一発ですわ!!」


 またも彼女の背後でグローリエンの風魔法が圧を高め、その勢いを利用して突っ込む。三度目の突撃である。


「あれ? いませんわ」


 しかし三度目の体当たりだけは感触が妙だった。確認のために盾の表側を覗き込んでみると、そこには誰もいない。まさか粉々に砕け散ったわけではあるまい。シモネッタが訝しんでいると、脚に何かが触れる感覚があった。


「キャアッ」


 地面と密着した状態での移動ができる彼の技があれば、衝撃を逃がしながらの移動が可能なのだ。さすがに三度目ともなれば素直に喰らうほど阿呆ではない。それを駆使し、気づかれぬようにシモネッタの足元に逃げ、そしてその足首を捻って彼女を転倒させたのである。


「人間如きが、よくも、この、俺様に……」


 もはや満身創痍。右足も失い、亜音速の打突は放てない。それでもフルプレートアーマーであるのにヘルメットをしていないシモネッタの頭部を狙えば十分に一撃で殺せるだけの攻撃力をデーモンは秘めている。


 ユルゲンは転倒したシモネッタに向かってその拳を振り上げたが……


「君の相手はこの僕だ」


 振り下ろされる拳、それを弾く様に剣の切っ先がユルゲンの腕を弾いた。遠間からギリギリであるが届いたのだ。麻痺から回復したヴェルニーの両手剣(ツヴァイヘンダー)が。


 遠間からの片手振りで最大限までリーチを伸ばし、攻撃の手を妨害するとともにユルゲンの体勢を崩す。


 最初の一撃を食らわせた時には、まるで歯が立たなかった。


「バスタードクロス!!」


 片手振りでの攻撃で相手の体勢を崩し、両手握りに剣を持ちなおして全体重をかけて振り下ろす。片手剣と両手剣の混血児(バスタード)十字斬り。ヴェルニーの最大必殺技が決まった。


 ごとりと硬質な音を立てて袈裟懸けに両断されたユルゲンツラウト子爵の頭部と、右肩腕が落ちた。


「大丈夫!? ヴェルニー!!」


「なん……とか」


 剣を杖代わりに、ようやく体を支えている。


「倒した……んですか?」


「なんとかね」


 辛勝。まさにその言葉がしっくりくる勝利であった。あとから近づいてきたルカが尋ねても、ヴェルニーはやはり同じような答えを返すのがやっとだった。


 立てた作戦はことごとく潰され、単体での地力では相手の方が遥かに格上であった。これが子爵級魔人(グレーターデーモン)の実力なのだ。


「気を抜くなおめえら」


 麻痺から復帰したスケロクの言葉に全員がハッとする。そうだ。よくよく考えてみればまだ終わりではないのだ。


 最初にユルゲンツラウトが現れた時、デーモンはもう一人いたのである。視線を合わせず、言葉も交わさなかったが、確かに、もう一人いたのだ。あれはいったい何者だったのか。暗黒回廊の向こうにまだいるのか。正直言うともう帰ってくれてると助かる。みな満身創痍なのだ。


「ハッテンマイヤーさん、早くこっちへ」


 全く戦闘能力がないにもかかわらず無傷だったハッテンマイヤーは相当な幸運の持ち主であろう。主のシモネッタが戦っているのに見ているだけでいいのかという疑問はあるが。


「とりあえず、大きな怪我はなさそうか」


 これだけの強敵であったのにルカの首が落ちた以外に大きな怪我をした者がいなかったのは奇跡と言ってもいいだろう。犠牲者は全くゼロとはいかなかったが。


「スケロク、ミゲル君とアンリ君のことは残念だったが……」


「気にするな」


 無残な躯となった二人。スケロクは膝をついて手を合わせる。両の手を合わせるという行為は、文化圏を問わず多くの地域で行われる祈りの行為である。


「巡り合わせってやつが悪かったのさ。誰かが悪かったわけじゃねえ」


 だが、囮として利用して、見殺しにしてしまったのもまた事実なのだ。黒鴉(クロガラス)では「プライベートで偶然任務中の仲間に出会ったら無視する」という鉄の掟が存在はするが、そんなものは言い訳にはなるまい。


 言い訳などしないし、できない。墓も作ることは出来ない。ただこうやって手を合わせ、死を悼むことだけが、覚えておくことだけが、出来るのだ。


「シモネッタ、大丈夫?」


 ルカが声をかける。彼女もケアが必要な人間の一人だ。ほとんど会話の機会すらなくジェリド王子達は撤退していったが、もう間違いないだろう。彼らはシモネッタ姫をこのダンジョンの中で確実に始末するために来たのだ。


 今までなんとなく「グレー」の状態ではあったが、それはもう確定したと言っていい。


 シモネッタはふう、と小さく息を吐いて天井を見た。


「ダンジョンの中での事は、ダンジョンの中だけの事。私は気にしませんわ」


 能天気に見えるが阿呆ではない。ある程度心構えは出来ていただろう。ひょっとするとハッテンマイヤーから聞かされていたかもしれない。


「大なり小なりみんなケガをしている。ルカ君、回復魔法を……」


 ヴェルニーがそう声をかけた時だった。第四階層への会談に続く通路の方に見慣れない人影があった。まるで最初からそこにいたかのように。


 赤と黒のカラーリングのローブを羽織った大柄な男。顔には硬質なマスクをつけて顔を隠しているように見える。


 この男は、最初にユルゲンツラウト子爵とともにいた謎の人物であった。


 その存在を忘れていたわけではない。むしろ警戒していたのだ。暗黒回廊の向こうから自分達を追ってくるかもしれないと。だがいつの間に先回りされたのか。なぜ四階層の方向から来るのか。


「やるじゃないか」


 言葉少なに述べて、男はゆっくりと拍手をする。


「黙れ」


 ミゲルとアンリに手を合わせていたスケロクの低い声が飛ぶ。


「俺は今めちゃくちゃ機嫌が悪ぃんだよ」

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― 新着の感想 ―
……死して屍拾う者無し
この絶望感ですよ……。 この状況で、回復できないままもう一体。
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