深淵の籠
立ち止まった下に開いた暗闇。私を呼んでいるのか。誘うようにぽっかりと空いた黒。夕焼けは行き先を示し、朝焼けは道を描く。止まった中で動いているような感覚を。私は暗闇の中へ入り込む。その先は暗闇だった。どこまでも真っ黒で、光が届くことはない。目を瞑れば何か変わるだろうか。何も変わることはない。ただ暗闇が広がるだけだ。
足は浮いて、手は空を漂う。口を開ければ籠る。浮かぶ。体が。そして動き始める。真上の青が薄れる。水の滴る音が聞こえる。沈んでいる。沈んでいく。その感覚が身体を包む。私を覆う。ゆっくりと落ちていく。
やがて音が消える。静寂が訪れる。冷たい感触が、暖かな感触が身体を伝う。揺れながら沈む。それは心に安らぎを与えてくてる。私はここにいると教えてくれる。
暗闇の行く先にあるのは何だろう。また無か。虚か。どれでもいい。今はただこの暗闇に身を任せて。光を見ることなく、明かりを探すことなく。足掻くことなく。後悔することなく。全ては流れがまま。全てを暗闇に託す。何かを求めることはない。手を伸ばすこともない。ただ無感動に。流れるまま。
どこまでも、ゆっくりと。底に辿り着かない淵の中。それは永遠のようで。それは一瞬のようなことで。夢のような出来事で。そこから醒めることはあるのだろうか。ここから出ることはあるのだろうか。それを私が望むのか。それともそうなるのか。答えは既に暗闇の中に。
何もない場所に浮かぶ。暗闇の中を沈んでいく。一つの音は響き、消えていく。包むように、覆うように。深淵はまだ続く。その中で私は目を瞑る。何かを見たいわけじゃない。何から目を背けたいんじゃない。ただ今は暗闇に。この安らぎに心を託そう。そして無が剥がれていく。




