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偽りから始まる恋  作者: あやさと六花


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7/8

七日目 夢の終わり

 バラ園は芳しい香りに満ちていた。見ごろを迎えたバラが、あちらこちらで咲き誇っている。

 

「綺麗ですね……」

 

 レイチェルが感嘆の声を溢した。バラを見るのを心待ちにしていたとあって、その目は喜びに輝いている。

 普段落ち着いているだけに、少女のような一面を見るのは新鮮だった。

 

「先日の雨で散っていたらどうしようかと思っていましたが、杞憂に終わってほっとしました」

「あの雨、強かったですからね……。今日は雲ひとつないのでゆっくり見れますね」

「ええ。向こうにもたくさん咲いてるんです。見に行きましょう」

 

 レイチェルがアシュトンの手を引いて先を急ぐ。珍しい光景だ。いつもはアシュトンがレイチェルをエスコートしていたから。

 

(それほど、バラ園が楽しみだったんだな)

 

 アシュトンの口に自然と笑みが浮かんだ。


 色とりどりのバラは鮮やかで、ここが人気の場所だと言われるのも理解できる気がした。

 

「私、ここで恋人とデートするのが夢だったんです」


 レイチェルがぽつりと呟く。その視線はバラに向けられていた。

 

「だから、ガザード様とここに来ることができて、嬉しいです。……夢が叶いました」

 

 レイチェルは無邪気に笑いながら、アシュトンの手を引いて歩く。

 

「どのバラもとても綺麗ですね」

「ええ。……本当に」

 

 アシュトンも咲き誇るバラを見つめる。

 この美しさは、一生忘れないだろう。

 

 

 

 

「最後のデートも、とても楽しかったです」

  

 ハリス邸の前で、レイチェルが礼を言う。

 バラ園でのデートを終えた後、馬車で送り届けた。

 少し雑談をしてから別れるのがいつもの流れだ。バラ園の感想などを軽く言い合った後、アシュトンが別れの挨拶を切り出そうとした時だった。

 

「ガザード様。よければ、少しお茶して行きませんか?」

 

 茶の誘いなど初めてのことだ。アシュトンは少し迷ったが、頷いた。

 

(ここに来るのも久しぶりだな)

 

 通された応接室を見ながら、初めてハリス子爵家に来た時のことを思い出す。

 初デートで緊張していた。自分の格好が問題ないか不安で落ち着かなかった。けれど、そんな悩みもレイチェルの笑顔を見て全てが吹き飛んだ。

 

 たった数日前のことなのに、ずいぶん昔のことのように感じられるから不思議なものだ。

 

「ガザード様、どうぞ」

 

 レイチェルが自らの手で入れた茶を差し出す。

 

「ありがとうございます。……美味しい。お茶を淹れるの上手なんですね」

「お口にあったのなら、良かったです」

 

 レイチェルは茶を数口飲むと、姿勢を正してアシュトンを見つめた。


「ガザード様、本当にありがとうございました。あなたのおかげで、夢のような一週間を過ごせました」

「僕のほうこそ、楽しかったです。ありがとうございます」

「……あ。兄のことは安心してください。しっかりと話したので、ガザード様が今後何か言われることはありませんから」

 

(だから、さっき会った時も軽く挨拶だけだったのか)

 

 応接室に向かう途中、セドリックと遭遇した。だが、彼は先日のようにアシュトンに圧をかけてくることはなく、拍子抜けしたのだ。

 

「そういえば、薬の効果はどういう風に切れるのでしょうか?」

「友人の話だと、朝起きた時には効果が切れていたとのことです。おそらく、明日起きた時には元に戻っているはずです」

「わかりました。……本当に色々ありがとうございました」


 これで、レイチェルとの関係も終わりだ。そう思うと、アシュトンはひどく悲しい気持ちに襲われた。

 

(成就しなくとも、想いだけでも伝えようか)

 

 初めて人を愛せたのだ。告白をしてけじめをつけたい。

 アシュトンは拳を握り締め、勇気を振り絞った。

 

「あの、ハリス子爵令嬢」

「はい」

「……」 


 だが、アシュトンは口を閉ざした。

 この気持ちを伝えたら、レイチェルの負担になることに気づいてしまったから。


 レイチェルはアシュトンに一週間自分の願いに付き合ってもらったと思っている。申し訳ないと思っているだろう。

 そんな時に告白などしたら、レイチェルはきっと断れない。彼女の性格上、自分の気持ちを抑えてまでアシュトンと付き合おうとするだろう。

 

 それは嫌だった。そんな無理矢理の関係は、アシュトンの望むものではない。

 

「ガザード様……?」

「……いえ。今後、貴女が素晴らしい人と出会えて恋をすることを祈っています」

 

 レイチェルは目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。


 そうして、アシュトンは彼女と別れたのだった。

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