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偽りから始まる恋  作者: あやさと六花


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5/8

五日目 恋人と、その家族と

「君がアシュトンか。初めまして。レイチェルの兄のセドリックだ」


 いつものようにハリス家を訪れたアシュトンを迎えたのは、レイチェルと同じ色の髪と瞳を持つ青年だった。


「初めまして、ハリス卿。ご挨拶が遅れましたが、妹さんとおつきあいさせていただいているアシュトン・ガザードと申します」

「ああ。君のことは妹からよく聞いているよ。行き違いになったのかもしれないが、レイチェルは熱を出していて今日は無理なんだ」

「ええ、承知しています。伝達はちゃんと受け取りましたから。今日来たのは彼女にこれを贈ろうと思いまして……」


 アシュトンは花束を差し出す。

 レイチェルが熱を出したと聞いて、庭師と相談しながら良さそうなものを見繕ってきた。

 本来であれば、見舞い品は使用人の誰かに届けさせるものだが、家令の申し出を断り、こうしてアシュトンが来たのだ。

 

(ハリス邸に来ても彼女には会えないが……)

 

 それでも、この花束はアシュトンの手で届けたかった。

 

「素敵な花束だね。是非、レイチェル本人に渡してほしい。彼女の部屋に案内するよ」

「え……ですが」

「大丈夫。熱は午前で下がったんだ。もう彼女も目を覚ましている」

 

 だからと言って、未婚の令嬢の部屋に親族でもない男を通していいのだろうか。

 

「僕は婚約者ではありません」

「ははっ。『今は』だろう? それに当主の俺もいるのだから、問題ない」

 

 強引だ。そのうえ、今後の関係への圧も感じる。

 

(たったひとりの妹が今まで恋人を作ったことがなかったから、期待しているんだろうが……)

 

 レイチェルとの関係もあと数日で終わる。惚れ薬の効果が切れたら、また他人に戻る。

 そう考えると、胸が痛んだ。思っていたよりも、アシュトンはレイチェルとの過ごす日々を楽しんでいるらしい。


「ほら、ぼんやりしていないで来てくれ。もたもたしていると、花が萎れてしまうよ」

 

(彼女の顔がひと目見られるのなら……)

 

 アシュトンは頷き、セドリックのあとをついていった。

 

 

 

 

 アシュトンが見舞いに来たーー扉の前でセドリックがそう告げた途端、レイチェルの部屋から慌ただしい物音が聞こえた。

 

「すまないね、少し時間がかかるようだ」

 

 扉の向こうから侍女たちが慌てる様子を聞きながら、セドリックがのんびりと微笑む。


 迷惑だったのではないか、帰ったほうがいいのでは、とアシュトンがそう思った時、扉が開かれた。

 

「お待たせして申しわけありません、ガザード様」

 

 ベッドの上で体を起こしたレイチェルが、アシュトンに礼をする。普段と違い、髪をゆったりと下ろした彼女の顔は、やはり普段と違って元気がない。


「いえ。僕の方こそ、いきなり押しかけて申し訳ありません。……これをお渡ししたくて」

「まあ、綺麗……」

 

 レイチェルは嬉しそうに花束を受け取った。


(良かった、喜んでもらえたみたいだ)

 

 レイチェルは鮮やかな花が好きなようだったから、なるべく匂いのキツくない物を選んだ。庭師に呆れられるくらい、悩みに悩んだ甲斐があった。

 

「体調は大丈夫ですか」

「はい。朝は熱が出ていましたが、今はすっかり元気になりました。今日一日休んだら、明日には普段通り生活して問題ないと医師からも言われています。明日の舞踏会も出て良いそうです」

「それは良かった。でも、無理はなさらないでくださいね」

「ええ」

 

 しばらく雑談に興じていると、ふとセドリックの姿がないことに気がついた。

 

「気を遣って退室したのだと思います。侍女を残してるので問題ないと思ったのでしょう。……兄は私に恋人ができたことがよほど嬉しいらしくて」

「確かに、とても喜んでおられました」

「……兄にはあくまで数日付き合ってみて、合わなかったら別れると何度も言っているのですが、どうも結婚するものだと考えているようで……」

 

 レイチェルの両親は恋愛結婚で、セドリックとその婚約者も恋人を経ての関係だ。レイチェルにも恋愛結婚をして欲しいらしく、政略結婚をさせる気はないようだ。

 

「アシュトン様。もし、兄に何か言われたとしても気になさらないでください。兄にも言っておきますから、これ以上あなたを煩わせることはさせません。約束の期間が終わったら、元の関係に戻ることはお約束します。……ですから、あと数日お願いします」

 

 アシュトンを気遣っての言葉だ。恋人役として付き合わせているという負い目もあり、このように言ってくれているのはわかっている。

 けれど、アシュトンは寂しさを覚えた。

 

(勝手なものだな。そもそも僕の失態のせいだというのに)

 

 アシュトンは自身の気持ちを見て見ぬふりをし、微笑んだ。

 

「はい。あと二日間、精一杯努めさせていただきます」

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