五日目 恋人と、その家族と
「君がアシュトンか。初めまして。レイチェルの兄のセドリックだ」
いつものようにハリス家を訪れたアシュトンを迎えたのは、レイチェルと同じ色の髪と瞳を持つ青年だった。
「初めまして、ハリス卿。ご挨拶が遅れましたが、妹さんとおつきあいさせていただいているアシュトン・ガザードと申します」
「ああ。君のことは妹からよく聞いているよ。行き違いになったのかもしれないが、レイチェルは熱を出していて今日は無理なんだ」
「ええ、承知しています。伝達はちゃんと受け取りましたから。今日来たのは彼女にこれを贈ろうと思いまして……」
アシュトンは花束を差し出す。
レイチェルが熱を出したと聞いて、庭師と相談しながら良さそうなものを見繕ってきた。
本来であれば、見舞い品は使用人の誰かに届けさせるものだが、家令の申し出を断り、こうしてアシュトンが来たのだ。
(ハリス邸に来ても彼女には会えないが……)
それでも、この花束はアシュトンの手で届けたかった。
「素敵な花束だね。是非、レイチェル本人に渡してほしい。彼女の部屋に案内するよ」
「え……ですが」
「大丈夫。熱は午前で下がったんだ。もう彼女も目を覚ましている」
だからと言って、未婚の令嬢の部屋に親族でもない男を通していいのだろうか。
「僕は婚約者ではありません」
「ははっ。『今は』だろう? それに当主の俺もいるのだから、問題ない」
強引だ。そのうえ、今後の関係への圧も感じる。
(たったひとりの妹が今まで恋人を作ったことがなかったから、期待しているんだろうが……)
レイチェルとの関係もあと数日で終わる。惚れ薬の効果が切れたら、また他人に戻る。
そう考えると、胸が痛んだ。思っていたよりも、アシュトンはレイチェルとの過ごす日々を楽しんでいるらしい。
「ほら、ぼんやりしていないで来てくれ。もたもたしていると、花が萎れてしまうよ」
(彼女の顔がひと目見られるのなら……)
アシュトンは頷き、セドリックのあとをついていった。
アシュトンが見舞いに来たーー扉の前でセドリックがそう告げた途端、レイチェルの部屋から慌ただしい物音が聞こえた。
「すまないね、少し時間がかかるようだ」
扉の向こうから侍女たちが慌てる様子を聞きながら、セドリックがのんびりと微笑む。
迷惑だったのではないか、帰ったほうがいいのでは、とアシュトンがそう思った時、扉が開かれた。
「お待たせして申しわけありません、ガザード様」
ベッドの上で体を起こしたレイチェルが、アシュトンに礼をする。普段と違い、髪をゆったりと下ろした彼女の顔は、やはり普段と違って元気がない。
「いえ。僕の方こそ、いきなり押しかけて申し訳ありません。……これをお渡ししたくて」
「まあ、綺麗……」
レイチェルは嬉しそうに花束を受け取った。
(良かった、喜んでもらえたみたいだ)
レイチェルは鮮やかな花が好きなようだったから、なるべく匂いのキツくない物を選んだ。庭師に呆れられるくらい、悩みに悩んだ甲斐があった。
「体調は大丈夫ですか」
「はい。朝は熱が出ていましたが、今はすっかり元気になりました。今日一日休んだら、明日には普段通り生活して問題ないと医師からも言われています。明日の舞踏会も出て良いそうです」
「それは良かった。でも、無理はなさらないでくださいね」
「ええ」
しばらく雑談に興じていると、ふとセドリックの姿がないことに気がついた。
「気を遣って退室したのだと思います。侍女を残してるので問題ないと思ったのでしょう。……兄は私に恋人ができたことがよほど嬉しいらしくて」
「確かに、とても喜んでおられました」
「……兄にはあくまで数日付き合ってみて、合わなかったら別れると何度も言っているのですが、どうも結婚するものだと考えているようで……」
レイチェルの両親は恋愛結婚で、セドリックとその婚約者も恋人を経ての関係だ。レイチェルにも恋愛結婚をして欲しいらしく、政略結婚をさせる気はないようだ。
「アシュトン様。もし、兄に何か言われたとしても気になさらないでください。兄にも言っておきますから、これ以上あなたを煩わせることはさせません。約束の期間が終わったら、元の関係に戻ることはお約束します。……ですから、あと数日お願いします」
アシュトンを気遣っての言葉だ。恋人役として付き合わせているという負い目もあり、このように言ってくれているのはわかっている。
けれど、アシュトンは寂しさを覚えた。
(勝手なものだな。そもそも僕の失態のせいだというのに)
アシュトンは自身の気持ちを見て見ぬふりをし、微笑んだ。
「はい。あと二日間、精一杯努めさせていただきます」




