動く戦況
「ほれほれ、どうしたどうした?」
「くそっ、余裕見せやがって!」
スタン達のすぐ側で戦うライバールは、アランと一対一。唯一対等の人数で戦っているわけだが、その戦況が対等であるとは限らない。
(このオッサン、強ぇ……!)
速く斬れば手堅く受け止められ、強く斬れば柔らかくいなされる。フェイントは完全に読まれており、逆にその隙を突いて反撃までされてしまう。それはライバールが感じる久々の苦戦であった。
(ゴブリンジェネラルの時みてーな、理不尽な強さとは違う。なのにどうやっても攻撃が決まらねー)
思い返されるのは、冒険者に登録した時に模擬戦の相手をしてくれたドーハンという男の姿。目の前の男はドーハンよりも確実に弱いはずなのに、ドーハンに勝ったはずの自分が、今は押され続けている。
(ギルマスが言ってた『所詮は模擬戦』ってのは、こういうことか)
新人の力を測るための戦いと、相手を殺すための戦い。その違いは歴然であり、だからこそライバールはニヤリと笑う。
(上等だ! なら俺は、それを超えて強くなる! そのためにも……)
「こんなところで、負けてられねーんだよ!」
「へっ、言ってろガキが!」
吠えるライバールに、アランもまた皮肉げな笑みを浮かべて返す。だが実のところ、アランの方もライバールの思わぬ強さに内心焦りを覚えていた。
(何なんだよこのガキは! E級でこんなに強いとか反則だろ!)
アランは確かにB級冒険者だが、それはあくまで「元」である。一〇年以上一緒にやってきた仲間が怪我をして冒険者を引退したことを機に、アランは三〇歳で冒険者を辞めた。
まだ十分に若く、B級冒険者としての力を遺憾なく発揮できたからこそデーリッチ子爵に拾われ、私設部隊の責任者に抜擢されるまでになってはいたが、それから相応の年月が経ち、今はもうアランの身体能力は下降の一途を辿っている。
無論今も鍛えてはいるし、年齢もまだ三八歳で耄碌するにはほど遠いため戦えないなどということは全くないが、それでも全盛期の自分と比べれば、弱くなっているのは当然だった。
(ったく、才能溢れる若者とか、一番嫌な相手だぜ!)
若いライバールの剣筋は、力強いがまっすぐで読みやすい。それを積み上げた経験でいなしながら、アランは内心でそう毒づく。
その若さが、才能が妬ましく眩しい。もしも酒場で隣に座っただけなら、先輩風を吹かせてウダウダと長話に付き合わせてから、頑張れよと背中を叩いて送り出してやりたいところだが……残念ながらその思いが叶うことはない。
仕事は仕事。そういう割り切りができるからこそアランはここにいて……そういう割り切りができないからこそ、目の前の若者はここで死ぬのだ。
「ほれ、脇腹ががら空きだ!」
「うおっ!?」
あえて片手で剣を合わせ、衝撃を手首で殺しながら開いた片手でライバールの脇腹をナイフで切りつける。その一撃は薄くライバールの腹を切り、傷口から服に血がにじみ出てくる。
「どうだ? そろそろ降参するか? 大人しくドラゴンの子供を渡してこのまま逃げてくって言うなら、見逃してやってもいいんだぜ?」
「冗談! こんなかすり傷一つで勝ち誇るようじゃ、オッサンもまだまだだな!」
「テメーが言うか、ガキぃ!」
(このまま押され続けたら負ける。なら――)
(長引いたら体力的にこっちが不利か? なら――)
「「さぁ、勝負だ!」」
それぞれの思惑の元、互いに勝負を急ぐ二人。剣劇はより激しくなり、余人の入り込めない激闘はまだ続く。
「くそっ、この女も意外と強いぞ!?」
「油断すんな! そっち回れ!」
(戦える……思ったより戦えてる……っ!)
そして最後の戦場、アイシャの側には敵が二人。自分より大柄な男を相手に、アイシャは自分でも意外なほどに上手く立ち回れていた。
「てやーっ!」
「くっ!? 何で女のくせに、こんなに力がつえーんだよ!?」
スタンほどではないにしろ、アイシャもまた日々の努力により、少しずつ身体強化が出来るようになってきている。そうして強化された腕力は、ほんのわずかに男達を上回っていた。
「チッ、楽勝で楽しめると思ったのによぉ! おい、お前らも手伝えよ!」
「寝言は寝て言え。俺達の仕事はこれだ」
「んだよ。まあわかってるけどよぉ」
男の一人の呼びかけに、遠くで弓を手にしている男達が答える。アランの連れてきた一〇人のうち、二人は遠くから全体を俯瞰し、スタン達が逃げだそうとすればすぐさま矢を射かけられるように待機している。
一見何もしてないように見えてもそれが重要な役目であることはわかっているため、男は悪態を吐きつつもそれ以上は要求しない。もしそんなことをしたら、自分を気にせず矢を射られるのが目に見えている。
「あっ、くそっ!?」
「やった!」
と、そこでもう一人の男が、アイシャの一撃で腕を浅く斬られる。その痛みと血の臭いに、男達の表情が変わった。
「ハァ……もういい。おい、コイツ殺すぞ」
「あーあ、勿体ねぇなぁ」
「何を……きゃっ!?」
雰囲気の変わった男達に、アイシャが訝しんで眉根を寄せる。すると男達の攻撃が急に鋭くなり、アイシャはいきなり押し巻けてよろけそうになってしまった。
「何で急に強く!?」
「まさかお前、本気で自分が俺達より強いとでも思ってたのか? そりゃ馬鹿にしすぎだろ」
「そうそう。世の中そんなに甘くねーんだよ!」
アイシャが男達の優位に立っていられたのは、偏に男達がアイシャのことを慰み者にしようとしていたからだ。二人共ごく普通の性癖の持ち主であり、死体は勿論血塗れの女を自分も血まみれになりながら犯す趣味などなかったので、手加減していたのだ。
だが、傷つけられたことでその意識を変えた。殴るくらいはしても、派手な切り傷をつけずに無力化するのを諦め、倒すべき相手と改めた。そしてその意識の切り替えは、両者の間にあった力関係を容易くひっくり返す。
「おらおらおら! さっきの威勢はどうした、お嬢ちゃんよぉ!」
「へっへっへっ、体で楽しめねー分、いい声で鳴いてくれよぉ!」
「うっ、くっ!? うぁぁ!?」
スタンほどの回避能力はなく、ライバールほどの剣の技もなく、唯一男達に対抗できていた身体強化も、二人がかりで攻められてはとても使えたものではない。アイシャは徐々に追い詰められ、後ずさって距離をとり……気づけばミドリのすぐ側まで下がってしまっていた。
「キュー!」
「ミドリ……ちゃん……っ」
「何だよお前ら、まだその結界壊せねーのか?」
「くっそ固いんだよこれ! 文句があるならお前らもやってみろよ!」
「わかったわかった。じゃあこの女殺したら手伝うから、お前らもこっち手伝えよ」
「仕方ねーなぁ。ほれ!」
「あうっ!?」
「キュー!?」
二人にすら押されていたのに、四人になったら本当にどうしようもない。背後から足を切りつけられ、アイシャがその場に倒れ込んでしまう。そしてそんなアイシャの姿に、結界のなかのミドリが心配そうに鳴き声をあげる。
「アイシャ!? 待っていろ、今行く!」
「おっと、そう簡単に行かせるかよ!」
倒れたアイシャを視界の端に捉え、スタンがすぐにそちらに向かおうとするが、その前に男達が立ちはだかる。回避に専念すればこそ強いスタンだが、アイシャの方に向かおうとすれば動きが限定されてしまい、三人を突破するのは簡単ではない……普通なら。
「邪魔をするでない! ファラオフラッシュ!」
「ぎゃっ!? め、目が!?」
仮面が放つ眩い輝きに、男達の目が焼かれる。その隙に三人の横をすり抜けてアイシャの側に辿り着いたスタンだが、それで戦況が好転するかは話が別。
「ごめんスタン、アタシまた……っ!」
「フフフ、気にするな。ファラオならば、この程度何ということもない」
「テメェ、仮面野郎……っ!」
足を斬られて立てないアイシャをかばうスタンに相対するは、総勢七人となった敵。流石にこの状況を打開するのは、素のスタンでは不可能だ。
「やむを得まい。アイシャよ、ファラオシェルターを解除する故、ミドリを頼む」
「わかったわ……さ、ミドリちゃん」
「キューーーーーーーー!!!」
「み、ミドリちゃん!?」
アイシャが頷くのを見て、スタンはファラオシェルターを解除する。するとアイシャの腕の中に飛び込んだミドリが、ひときわ高く大きな鳴き声をあげ……その瞬間、空に影が落ちる。
「クォォォォォォォォン!」
高く重い鳴き声と共に遙か天空から飛来したのは、降り積もる雪よりなお白く輝く巨大なドラゴンであった。





