険しい道行き
それから更に五日後。襲ってくるごろつきの数がまばらになり、そろそろもっと厄介な輩がやってきそうな雰囲気を感じ取ったことで、スタン達は遂に町を離れ、目的地である山の方へと移動を開始した。
幸いにして道中は特に何事もなく進み、一行は無事に地元の人間が「白竜山」と呼ぶ山へと足を踏み入れたのだが……そこから先には予想を超えて困難な道のりが待ち構えていた。
「チッ、うざってぇ!」
周囲をビュンビュンと飛び回る、体長五〇センチほどの羽の生えた蛇。小さく素早く空を飛ぶという攻撃の当てづらい魔物にまとわりつかれ、ライバールが苛立ちの声をあげながら剣を振り回す。
「いけいけー! 頑張れライバールー!」
「ほれほれ、後ろにも来ておるぞ? しっかりするのだライバールよ!」
「キュー!」
そしてそんなライバールの側では、ファラオシェルターに守られた状態で声援を送るスタン達の姿がある。その圧倒的な格差は、流石のライバールも不満を抱かざるを得ない。
「くっそ、お前らも手伝えよ!」
「無茶言わないでしょ! そんなちっちゃくて速い的なんて、アタシに当てられるわけないでしょ!」
「余も<空泳ぐ王の三角錐>を使えばどうとでもなるが、それはこちらの守りに使っておるからなぁ」
「キュー……」
「あー、ほら! ミドリちゃんが落ち込んじゃったじゃない! 大丈夫よミドリちゃん、デリカシーのないライバールなんて気にしないで、ミドリちゃんはゆっくり大人になっていきましょうねー」
「キュー!」
「ライバールよ、それは少し大人げないのではないか?」
「何で俺が悪いみたいになってんだよ! チクショー!」
余の理不尽を噛みしめながら、ライバールが必死にフライングスネークを切り飛ばしていく。ほどなくして魔物を全滅させると、ぐったりとその場に座り込んだライバールに、ファラオシェルターを解除したスタンが近づいて水筒を差し出した。
「よく頑張ったなライバールよ、ほれ、水だ」
「おう、サンキュー……はぁ、一息ついたぜ」
「お疲れ様ライバール。塩飴あるけど、舐める?」
「キュー!」
「汗掻いたしもらっとく……ミドリもありがとな」
ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み終えると、アイシャから渡された飴を口の中に放り込み、寄ってきたミドリの頭を優しく撫でる。それで漸く本当に気を緩めると、ライバールが改めて二人を見てから口を開いた。
「にしても、まさか俺以外がここまで戦力にならねーとは……」
「そう言うなライバール。だが役に立っていないわけではなかろう?」
「ま、そりゃあな」
スタンの<王の宝庫に入らぬもの無し>があるおかげで、水や食料を運ぶ必要もなければ、それらの残量を気にする必要もほとんどない。加えてアイシャがミドリの面倒をみてくれているため、ミドリを守るために意識を裂く必要もない。
更に言えば、いざという時はスタンのファラオシェルターに逃げ込めば自分自身も休憩できるし、最悪自分が時間を稼げれば、スタンのファラオブラスターで一切合切を纏めて吹き飛ばすことすらできる。
何も気にせず全力で戦えるうえに、いざという時の切り札もある。スタン達の助けがどれだけありがたいかは、ライバールにもよくわかっていた。
「それに、余達とてずっと見ているだけではないぞ? もう少し相性のよさそうな魔物がいれば、戦うことそのものは吝かではないからな」
「そうね。アタシももうちょっとでいい感じに身体強化が使えそうだし……」
先日話してみてわかったことは、やはりライバールは自分の魔力で無意識に身体強化を行っていたようだった。それはかつてローズ達に聞いた話の通り、一定以上の強者は魔力を力に変換する術を感覚で身につけているという事実を裏付けることとなった。
つまり、身体強化は「使えると強くなる」のではなく、「使えないと弱いまま」になってしまう、上を目指すなら必須技能ということが証明されたということだ。そうなればスタン達としても、より一層気合いを入れて習得、上達を目指したいと思うのも当然である。
「相性なぁ……どんな魔物ならいいんだ?」
「とりあえず、数が少ないのは必須だな。先ほどのように群れで襲ってくる魔物となると、ミドリを守る方に意識を向けねばならぬ」
「あとは、あんまり速く動かない魔物がいいわね。流石に反応できない相手じゃ訓練も何もないもの」
「そっか。この辺で数が少なくて動きが速くない魔物っていうと……ロックスコーピオンとかか? でもあれ、確かC級指定の魔物だったような……」
「C級!? そりゃ無理ね」
考え込むライバールに、アイシャが即座にダメ出しをする。
「諦めるの早くねーか?」
「アンタねぇ、アタシはD級になりたてなのよ? しかもそれだって、アンタ達の戦果に相乗りしたようなもんだし。勘違いして調子に乗って格上に挑んであっさり死ぬなんて、ありがちすぎて今時流行んないのよ!」
「お、おぅ。そうか」
勢い込むアイシャに、ライバールがたじろぐ。だが有り余る才能に恵まれ、格上に挑み勝つことで成長を繰り返してきたライバールには今ひとつピンとこない。
そんなライバールの様子に、アイシャは呆れたような声で話を続けた。
「まったく、これだから才能のある人は……てか、今更だけどこの山ってそんなにヤバいの? さっきのフライングスネークは、確かD級じゃなかった?」
「そうだぜ。あいつらは攻撃力が低くって、ちょっと厚めの革鎧で急所を守ってやりゃダメージなんかくらわねーからな。薄着で山に登るような馬鹿でもないなら、基本的には飛んでる蚊を潰すのと変わんねーよ。蛇っぽい見た目だけ毒とかもねーし」
「蚊って……それは流石に言い過ぎじゃない? それにあの数から急所を守って攻撃するって、大変よ?」
「んなこたねーって。さっき出てきたのは一〇匹くらいだろ? 普通の冒険者なら五、六人でパーティ組んでるだろうから、一人一匹か二匹って考えりゃ……」
「あー、そっか。ホーンドアントの時と同じなのね」
個体としてはさして強くなかろうと、数が集まれば強くなるのは人も魔物も変わらない。にも拘わらず無意識に「自分一人で戦った場合」を想定してしまっていたことに気づき、アイシャはうんうんと頷いて見せた。
「ただ、それはまだこの辺が低い位置だからだ。中腹まで行けば今言ったロックスコーピオンとかボムロックみたいな面倒くせぇ岩系の魔物が増えてくるし、山頂付近だとワイバーンがいるらしい」
「ワイバーン!? アンタそれ、B級の魔物じゃない!? 無理無理無理無理、絶対無理よ! どうやったって勝てないから! むしろアンタはそんなところどうやって抜けようと思ってたわけ!?」
「そりゃあれだよ、こっそり息を潜めて……?」
「えぇ……? アタシにはアンタがうっかりくしゃみとかして、『だぁぁ! こんなはずじゃなかったのにー!』とか叫びながらミドリちゃんを抱っこして走って逃げる姿しか浮かばないんだけど?」
「何だよその具体的な想像は!? 俺ならワイバーン一匹くらいなら、ギリいける……と思うけど……スタン?」
「ふむ。そうなった場合はミドリを抱いたアイシャをライバールに守ってもらい、余が<空泳ぐ王の三角錐>でワイバーンとやらを倒す方が確実かも知れんな。今ならばソウルパワーにもそれなりの余裕がある故、逃げることすら出来ずに死ぬということはなかろう」
「おおー、さっすがファラオ! 頼りになるわね!」
「キュー!」
「フフフ、ファラオなればこのくらい当然だ!」
「まだ何もしてねーのにそうやって胸を張るのが、何ともお前らしいよなぁ……まあゴブリンジェネラルが倒せるなら、普通にどうにかできるんだろうけど。
さ、そろそろ体力も戻ったし、出発しょうぜ」
「うむ、そうだな。今は静かなものだが、いつ追っ手が来るかもわからぬのだし、急げる時に急いでしまった方がいいだろう」
「りょーかい! じゃ、行きましょミドリちゃん」
「キュー!」
ライバールが腰を上げ、全員が声を掛け合い再び山へと登り始める。白い雲に届きそうな山頂は、まだまだずっと先だ。





