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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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嵐の前の静けさ

「おい、そこの仮面の奴!」


 ライバールとの再会とドラゴンとの出会いという、予想もしなかった二つの出来事を重ねた翌日。ライバール達のためにスタンが町で買い出しをしていると、不意に背後からそんな声をかけられた。


「うむん? 余の事か?」


「そりゃ仮面被ってる奴なんてお前しかいねーだろうが! お互い得するいい話があるんだが、ちょいと聞いてくれねーか?」


 そう言ってニヤリと笑うのは、やや丸い感じの印象を受ける、三〇代後半くらいの中年男性。顔に生やした無精ひげはギリギリのところで不潔さよりも精悍さを演出しており、太めの体も脂肪の下にしっかり筋肉があることを感じさせ、立ち姿からするとそれなりに腕の立つ人物なのではと見受けられる。


 ただし、武装の類いはほとんど無い。一応腰に剣を佩いてはいるものの防具は身につけておらず、仕事休みにふらりと町に出てきたが、手ぶらは心許ないので剣だけ持ってきた冒険者か警備員という雰囲気だ。


「お互い得をする話、か……そういうのは大抵そちら側が一方的に得をするだけの話だと相場が決まっているのだが?」


「いやいや、そんなことねーって! こいつは詐欺とかそういうのじゃねーんだ。まずは話を聞けって。な?」


 胡散臭そうな声を出すスタンに、男が愛想笑いを浮かべながら食い下がる。その様子にわずかに思案してから、スタンは男の話を聞くことにした。常ならば相手にしないような輩ではあるが、昨日の今日ということもあり、情報収集を優先したのだ。


「まあよかろう。で、話とは何なのだ?」


「おお、聞いてくれるか! と言っても、流石にここじゃな。路地裏とまでは言わねーから、もうちょっと道の端に移動しようぜ」


「ふむ? そうだな、そのくらいなら構わぬぞ」


 道の真ん中で立ち話は普通に通行の邪魔だということもあり、スタン達は通りの端に身を寄せる。すると男はさりげなく自分が道に背を向け、スタンが建物の壁で下がれないような位置取りをしてから小声で話し始めた。


「ここでいいだろ……なあ兄ちゃん、あんた昨日、ドラゴン連れのガキと一緒にいたよな?」


「ほう? 随分と耳が早いな」


「……へぇ。否定しねーのか?」


「する意味があるか? 遠くから何者かが見ていたのは気づいていたからな」


 ファラオとして見られることや狙われることに慣れているスタンが、あの程度の監視に気づかないはずがない。それを泳がせていたのは、捕まえる正当な理由が何もないからだ。だがそんなスタンの言葉に男は一瞬だけ目を細め、次いで楽しげに口元をゆがめた。


「こいつぁ驚いた。ただの変わり者ってわけじゃねーってことか……いや、それとも俺が鎌をかけられて釣られたのか?」


「さあ、どちらであろうな? それにどちらであっても、そちには関係なかろう?」


「ハッ、そりゃそうだ! なら話は早い……実はな、あのガキが連れてるドラゴンを、子爵様がご所望なんだよ」


「ほぅ、子爵殿が……しかし何故それを余に言う? 欲しいというなら、ライバールに直接交渉すればいいではないか」


「したんだよ! でもあのガキ、断りやがったんだ。子爵様は寛大な方だからな。それでも条件をあげてもう一回交渉したんだが、それすら断りやがった! となれば流石に三回目はねーよ。お貴族様を敵に回すなんざ、馬鹿なガキだぜ。


 ってことで、どうだ? お前、あのドラゴンをかっさらってくる気はねーか?」


「余に仲間を裏切る盗人になれと?」


 低い声を出すスタンに、しかし男は苦笑しながらヒラヒラと手を振ってみせる。


「チッチッチッ、そこは解釈の違いだぜ。そもそもあのドラゴンはあのガキのもんじゃねーだろ? その時点で盗むって話にはならねー。これは王国法に則った判断だから、もしあのガキが訴え出てきても兄ちゃんが負けることは絶対にない。


 何なら子爵様から一筆いただいてもいいぜ? 正しいことを正しいと宣言するのに、後ろ暗いことなんて何もねーからな。


 それに、裏切るってのも大げさだ。情が湧いたんだかどうだか知らねーけど、んなもん実際にドラゴンをうっぱらった大金を目の前にすりゃすぐに忘れるって。若い男なんだし、高級娼館にでも突っ込んでやりゃ、明日の朝にはご機嫌になってらぁ!


 てことで、どうだ? 報告じゃドラゴンは兄ちゃんに気を許してるって話だったし、楽勝だろ?」


「なるほどなぁ……」


 ニカッと笑って言う男に、スタンはそう呟いて空を仰ぎ見る。流れる雲には若干ながらも勢いが感じられ、ひょっとしたら嵐が近いかも知れない。


「脅されたりするでもなく、ごく普通の交渉だった故に、余としても普通に答えさせてもらうが……その申し出は断らせてもらおう」


「…………理由を聞いてもいいか?」


 その言葉に、男の声に凄みが増す。だがファラオたるスタンが、その程度で動揺するはずもない。


「なに、簡単な理屈だ。そちが今『大金を目にすれば罪悪感などすぐに消える』と言ったであろう? つまり余にとって、その程度のはした金では友を裏切る罪悪感とは到底釣り合わぬというだけの話だ」


「はした金だと!? ドラゴンだぞ!? 子爵様は…………金貨三〇枚出してもいいと仰ってる!」


 実際の生きたドラゴンの価値は、最低でもその百倍はある。が、平民に施す(・・)ならその程度で十分というのが子爵の考えであり、子爵から伝えられた報酬の上限は金貨五〇枚。


 とは言えいきなり上限一杯を伝えては交渉にならぬと男はその金額を口にしたが、スタンはそれを鼻で笑う。


「フッ、やはりはした金ではないか。余もライバールも、曲がりなりにも冒険者だぞ? ドラゴンの価値がその程度でないことなど知っておる。単純に冒険者ギルドに売るだけでも、その一〇倍以上……白金貨数枚になるのではないか?」


「そ、それは……」


 スタンの言葉に、男があからさまに戸惑いを見せる。だが何度か手を握ったり開いたりしてから、男は諦めたように大きなため息を吐いた。


「はぁ、わかった。なら忠告だが、殺して売るなら冒険者ギルドだけは辞めろ。バラして素材にするんじゃなく、毒か何かで可能な限り傷が残らねーように殺して、そのままの状態でオークションに出すんだ。それが一番高値になるし、それならまあ、高く買ったことが箔になるって説得すりゃ、子爵様もそれなりに納得するだろう。


 あ、でも死体の管理には気をつけろよ? 思ったより手続きに時間がかかって、ドラゴンの死体が腐っちまったなんてなったら洒落にならねーからな!?


 てか、そういう色々にも、金とかコネとかはいるんだよ。だから誰かが買うときの金より自分が売ったときの金の方がずっと安いってのは当然なんだ。それをわかってねー馬鹿が、欲出してありえねー金額を要求したりするから……


 なあ、やっぱり俺達に売らねーか? 何ならこっそりそういう手続きして、もっといい値段で売れるようにしてやるからさ。な?」


 一気に捲し立てた男に、スタンはしばしポカンとする。だがすぐに立ち直ると、カクカクと仮面を揺らしながら言葉を続けた。


「あー…………何というか、余が思っていたよりもそちは善人であるような気がしてきたが、そういうわけにはいかぬ。


 というか、はっきりと言うべきであったか。余は金で友を裏切る気はない。ドラゴンに関しては最終的な判断はライバールに委ねておる故、もしライバールが売りたいと言うのであれば、その判断を尊重すると思うが……まあそのくらいだな」


「そうか…………もう一回だけ確認するが、それでいいんだな? 交渉(・・)は、おそらくこれが最後だぞ?」


 言葉の裏に刃を忍ばせ、男が気迫で刺してくる。だがスタンはそれを堂々と受け止めて頷く。


「そちがそう忠告してくれたことは、ファラオとして心に留めておこう。だが答えは変わらぬ。たとえその結果がどうなろうともな」


「……後悔するなよ」


 最後にそう言い残すと、男が去って行く。その足取りは何処か重そうに感じられたが、スタンがそれを引き留めることはない。


「ふむ……嵐の備えをせねばならぬかも知れんな」


 吹き抜ける風にカクッと仮面を揺らしつつ、スタンはやや足早に買い物を再開するのだった。

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― 新着の感想 ―
主人公側以外では下衆が多い分、交渉人はお人好しにすら見えるが でも荒事にもためらいがいないタイプなんだろうな。
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