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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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遠回りな思い

「さて、ミドリがどのような者であるかもよくわかったし、アイシャの言うとおり、そろそろ本題に入るか」


 年の離れた妹を見つめるような顔をしていたライバールに、スタンが改めて話を切り出す。するとすぐにライバールも表情を引き締め、スタンの方に向き直った。


「ライバールよ、結局そちは何故追われているのだ? ドラゴンと言っても魔物なのだし、従魔登録をすれば追われるような理由はないであろう?」


 ファラオアントの件で、スタンは従魔という制度のことを念入りに調べている。そこには当然「ドラゴンは例外」などとは書かれていないし、登録された従魔は便宜上登録者の所有物として扱われる。


 そうなると管理責任が生じるため、もし従魔が人に危害を加えたりすれば被害の弁済や、場合によっては従魔を殺処分せよという命令が下ることもあるようなのだが、これほど人に懐いているミドリがそんなことをしたとは考えづらい。


 無論そんなこととは無関係にドラゴンという希少な存在を狙う輩はいるだろうが、それは堂々と撃退すればいいだけなので、ライバールが身を隠す理由にはならない。ならば何故と問うスタンに、ライバールが苦い表情を浮かべる。


「……ミドリの従魔登録は、してねーんだ」


「は!?」


 それは前提を覆す一言。思わず変な声を上げてしまうスタンに、ライバールが言葉を続ける。


「勿論、理由がある。俺は……ミドリを親元に帰してやりてーと思ってんだ」


「親元……? しかし、周辺にそれらしきドラゴンは見つかっておらぬのだろう?」


「ああ、そうだ。でも親がいねーってことはねーだろ? だからとりあえず、最後にドラゴンが目撃されたって場所を目指してるんだ。そこなら何かこう……痕跡(・・)が残ってるかも知れねーし、さ」


「……そう、だな」


 言葉を濁すライバールに、スタンもまた短くそう答える。三〇〇年姿を現さぬというのなら、既に死んでしまっている可能性が高い。だがドラゴンの死骸が見つかったという事実もないので、運が良ければ骨くらいは残っているかも知れない。もし発見されていたなら、骨だけだったとしても十分に話題になるはずだからだ。


「俺の予想では、普通じゃたどり着けねーような場所にある……いや、いると思うんだ。でもミドリが一緒なら行けるんじゃねーかなって。何かこう、ドラゴンにしかわからねー魔法で隠されてるとか、そういう感じ?」


「魔法には詳しくない故、あるともないとも言えぬが……では従魔登録をしていないというのは……」


「従魔登録は、解除の時にも説明がいるからな。生きてる状態で『解放』するのは基本的に認められてねーし、死んで埋めたって嘘つくにしても、ドラゴンとなると……」


「死体を掘り起こして素材を盗ろうとする輩が現れ、嘘がばれるといったところか」


 スタンの言葉を、ライバールが無言で頷いて肯定する。生きている魔物をその辺に無責任に解放するなど許されるはずがないし、死んで埋めた魔物に所有権など存在しない。並の魔物ならそれで何の問題もないが、ドラゴンとなれば死体にも莫大な価値があるため、それを狙う輩はいくらでも出てくることだろう。


「最悪逃げられたってことにしてもいいんだが、それでもドラゴンだとなぁ。周辺に被害が出るかもって言われて詳細を聞かれたら誤魔化しきれねーし、もしそれから全然別のドラゴンがたまたまやってきて町を襲ったとかってなった場合、都合良く俺に責任を押しつけてくる奴とか出そうでさぁ。そうなると登録しねーって選択が一番都合がいいんだよ」


「なるほど。で、その結果そちは『無許可で魔物を連れ歩いている危険人物』として追われているわけか」


「いや、違うぜ?」


「うむん?」


 自分の推察をあっさりと否定され、スタンがカクッと仮面を揺らす。するとライバールがニヤリと笑って話を続けた。


「別にさ、魔物を連れてたからって危険人物扱いはされねーよ。無理矢理町に入れたりすりゃ別だけど、外に魔物がいるのなんて普通だろ? でも、だからこそ追われてるんだよ」


「むぐ……どういうことだ?」


「俺の従魔じゃないってことは、ミドリはただの魔物なんだ。つまり誰かが掠ったり殺したりしても、罪に問われたりはしねー」


「ああ、そういうことか」


 要するに、ライバールは誰のものでもない金貨の詰まった布袋を、無防備に持ち歩いている状態なのだ。誰かのものを奪えば窃盗だが、誰のものでもないのならそれは手に入れた者のものとなる。しかもそれが王都に豪邸を建てたうえで一生遊んで暮らせるくらいの財であるなら、目がくらんだ輩が奪おうとするのは至極当然の流れであった。


「直接俺を殺しに来るような奴は返り討ちにしてもいいんだけどよ。そうじゃなくミドリだけを狙う奴は、表向きはごく普通の冒険者ってことになるから、俺としても手を出せねーんだよ。


 で、そんなのいちいち相手してられねーだろ? だからこうしてこそこそ隠れて逃げ回ってるってわけさ」


「なるほどなぁ。何とも難儀な道を選んだものだ」


「ははは、自分でもそう思うけどよ。でも……」


 軽く笑ったライバールが、視線をミドリの方へと向けた。アイシャやファティマと楽しげに遊んでいる無邪気な姿に、その目が優しく細められる。


「変な後腐れとかなしでさ、親のところに帰してやりたかったんだ」


「フフ、そちらしいこだわりだな」


「うるせーよ! てわけだから、俺の目的はミドリを親ドラゴンに帰すために、この近くにある山に登ることだ。で、その後のことはまだわかんねー。ミドリにそのつもりがあるなら、従魔登録して一緒に旅するようになるかもって感じだな」


「ふむ、そうか。ならば余達に求める協力は何だ?」


「できれば保存食とか消耗品を俺の代わりに調達して欲しい。狩りと野営でその場しのぎはできるんだが、山に登るとなると保存食が欲しいからな。でも流石にミドリを連れて逃げながらだと、肉を干してる暇なんてねーんだよ。


 あ、あと、金も貸してくれ。このところまともな仕事が受けられねーから、手持ちがほとんど尽きてるんだ。


 報酬は、道中で俺が倒した魔物の素材を全部引き渡す。それでも足りなかったら……ま、当分はただ働きしてやるよ。それでどうだ?」


「ふむ……アイシャよ、どう思う?」


「んー? アタシはいいわよ。今は手持ちに余裕もあるし、ライバールならすぐ稼げるでしょ。それにミドリちゃんを奪い取ろうなんて悪党は、このアイシャさんがぶっ飛ばしてやるわよ! ねー、ミドリちゃん?」


「キュー!」


「本当に懐いてんな……何でだ? 普通に交渉してきた奴はミドリに会わせたこともあったけど、ここまでじゃなかったぜ?」


「気持ちの問題ではないか? アイシャにとって、ミドリはドラゴンという以前に可愛い生き物という扱いなのだろう。それをミドリ本人も感じているのではないだろうか?」


「なるほど、そりゃあり得るな」


 金銭目的で近づいてくる輩と、単に自分を可愛がってくれる相手とで反応が違うのは当然だ。ライバールがそれに納得していると、不意にミドリがテコテコとスタンの前にやってきて、スッと頭を下げて伏せる。


「キュー」


「ん? 何だ?」


「ファティマがね、アンタが一番偉いファラオだって説明したのよ。そしたらミドリちゃんも群れの一員になるってことで、頭を下げてるみたいよ?」


「ほほう! そちは実に見所があるドラゴンであるな! よいぞ。であればそちもファラオドラゴンにしてやろう!」


 少しだけ呆れた口調で言うアイシャの説明に、スタンが上機嫌でミドリの頭を撫でる。するとミドリが気持ちよさそうに「キュー」と鳴いたが、そこですかさずライバールがスタンの手を払いのけた。


「テメー! うちのミドリに変なことすんじゃねーよ! 何だよファラオドラゴンって!」


「そうよ! アンタまさか、ミドリちゃんまで光らせるつもりじゃないでしょうね!」


「ぬおっ!? いや、光るかどうかは知らぬが……」


カチカチカチ……


「あっ!? ち、違うわよ! 別にファティマがどうってことじゃなくて……あーもう! 全部アンタが悪いのよ! このバカオ!」


「その罵倒は理不尽が過ぎるのではないか!?」


「まったく、油断も隙もねーぜ。うちのミドリを勝手にファラオに染めるんじゃねー!」


「ぐぬぅ……いいぞ、そち達がそういうつもりなら、余も相応の態度をとらせてもらう! さあ見よ、これぞ魅惑のファラオダンスだ!」


 何故か揃って二人に責め立てられたスタンが、カクカクと仮面を揺らしながら手足を曲げて怪しい踊りを披露する。すると物珍しさに食いついたファティマとミドリが、スタンの足下で楽しげに踊り始めた。


カチカチカチ!


「キュッキュキュー!」


「フッフッフ、どうだ二人共? ファティマもミドリも余の虜であるぞ!」


「くそっ、きたねーぞスタン! なら俺だって爆笑必至の腹踊りを――」


「アタシだって! アタシ……え、そんな宴会芸なんてやったことないんだけど!?」


「ファラファラファラ! 精々あらがってみるがいい! まあ、ファラオに勝てるはずもないがな!」


カチカチカチーン!


「キュゥゥゥゥー!」


 高らかに勝利宣言をするスタンに、ライバールとアイシャが食い下がり、ファティマとミドリが鳴き踊る。そうして楽しくはしゃぐスタン達を、遠くから観察する一人の男がいた。


「……やっと見つけたぞ。あれがドラゴンの子供か」


 男は邪悪な笑みを浮かべると、葉擦れの音一つ残すことなく、消えるようにその場を立ち去っていった。

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