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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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ドラゴンの子供

「ついたぜ、ここだ」


 貧民街の奥、大抵の町にある「壁の穴」を抜けて町を出てしばし。昼なおほの暗い林の中で足を止めたライバールが、そう言ってピュイっと三回指笛を鳴らす。するとガサガサと音を立てて近くの草むらが揺れ……


「キュー!」


「おっと! ハハハ、いい子にしてたか?」


「キュー! キュー!」


 甘えたような鳴き声を上げながらライバールに飛びついたのは、一抱えできそうな程度の大きさの、薄緑色の体をしたやや丸っこいドラゴンの子供であった。


「ってことで、スタンにアイシャ。こいつがミドリだ。ミドリ、こいつらは俺の知り合いで、こっちの硬い顔の奴がスタン、こっちの普通の顔の奴がアイシャだ」


「硬い顔……まあ間違ってはおらぬが。余はイン・スタン・トゥ・ラーメン・サンプーンだ。よろしくなミドリよ」


「アタシはアイシャよ! よろしくね、ミドリちゃん!」


「キュー? キュー!」


「うっわ、可愛い! ねえねえライバール、アタシにも抱っこさせてよ!」


「おう? 俺はいいけど……どうするミドリ? この姉ちゃんがお前を抱っこしたいらしいんだが……」


「キュー? キュッ!」


 アイシャのおねだりに、ライバールが問いかける。するとコクリと首を傾げたミドリが、次の瞬間ライバールの腕の中から飛び出し、アイシャに飛びついていった。


「キャッ!? うわー、何これ!? ドラゴンってこんなに体柔らかいの!? 羽もちっちゃくて可愛いし、目もクリクリしてて……あー、こりゃ殺せないわ。こりゃ殺せないわよ」


「キュッ! キュッ!」


 その愛らしさにすっかりやられてしまったアイシャが、満面の笑みを浮かべてミドリの体を撫で回す。ミドリもそれが楽しいのか、嬉しそうに鳴きながらアイシャの頬をペロペロと舐めた。


 そしてそんなやりとりを、スタンは冷静に観察する。


「ふむ。そちの言うとおり、本当にこちらの言葉を理解しているようだな」


「ああ、そうだぜ。あんま難しいことは伝わんねーけど、それは頭が悪いっていうより、単に子供だからだと思う、んだが……なあスタン、お前達何でそんな平気な顔してるんだ? いや、スタンの顔は知らねーけど」


「うん? 平気とはどういうことだ?」


「だって、言葉が通じる魔物だぜ!? 普通もっと驚くっていうか、そんな簡単に信じられるもんじゃねーだろって言うか……」


「ああ、そんなことか。それならば……実際に見せた方が早いか? ファティマよ、ちょっと出てくるのだ」


 何とも腑に落ちない表情を浮かべるライバールに、スタンはそう言ってコンコンと仮面を叩く。すると程なくして、食事中だったらしいファティマが肉団子をくわえたまま、ニュッと仮面の縁から顔を出した。


カチッ?


「うぉぉ!? おま、何だそれ!? 角アリ!? 仮面の中に飼ってるのか!?」


「この者は少し前に余の配下となった、ファラオアントのファティマだ。ファティマよ、この男はライバールと言って、余の……まあ知り合いだな。挨拶をするのだ」


カチカチカチッ!


「お、おう、よろしく……って待てよオイ! 今俺、コイツの言ってることが何となくわかったぞ!? どうなってんだよ!?」


「うむうむ、ならば余の方も説明してやろう」


 驚き戸惑うライバールを前に、スタンがこれまでの旅の話を簡単にしていく。するとライバールはファティマとスタンの顔を交互に見ながら、ポカンと口を開けて声を出した。


「あー……そうか、スゲーな。ちゃんと話を聞いたのにこれっぽっちも理解出来ねーところが、スゲーお前っぽいぜ。まさかドラゴンの子供を拾った俺より嘘くさい体験をしてるとはなぁ」


「嘘くさいとは失礼な! 全て本当のことだぞ!」


「そりゃわかってっけどさ。実物を前にしても信じるのが厳しいレベルってことで……ファラオアント……えぇ……?」


カチカチッ!


「キュー!」


「おおー! 二人とも似合ってるわよ! 可愛い可愛い!」


 困惑するライバールの前では、アイシャとファティマとミドリの一人と二匹が楽しそうに遊んでいる。どうやらファティマの触覚とミドリの尻尾に、アイシャがおそろいの赤いリボンを巻き付けたようだ。


「おいアイシャ、何やってんだ?」


「何って、お洒落よ? ファティマもミドリちゃんも女の子なんだし、いいじゃない! ねー?」


カチッ!


「キュー!」


 楽しげに触覚を揺らすファティマの横からミドリがテコテコと歩いてライバールに近寄り、赤いリボンを巻いた尻尾を見せつけるように振る。その姿は確かに愛らしく、ライバールも思わず頬が緩む。


「キュキュキュー!」


「おう、可愛いぜ。てかお前、メスだったのか」


「キューッ!」


ベチンッ!


「イテェ!? 何すんだよいきなり!?」


 いきなりミドリの尻尾でひっぱたかれ、ライバールが不満げな声をあげる。だがミドリはフンと尻尾を一振りしてからアイシャの元に戻ってしまい、それを抱き上げたアイシャが呆れた声でライバールに告げる。


「今のはアンタが悪いわよ。せっかくお洒落した女の子に『お前メスだったのか』って……そもそも何で今まで知らなかったのよ?」


「何でって……むしろアイシャは何でわかったんだよ? ドラゴンの性別なんて、俺わかんねーぜ?」


 ドラゴンに限らず、ぱっと見で雌雄の判別できない生物などいくらでもいる。ましてやドラゴンを見たのは生まれて初めてのライバールに、ミドリがメスであったことなどわかるはずもない。


 だがそれはアイシャとて同じはず。なのに何故と問うライバールに、アイシャは事もなげにその答えを口にする。


「何でって、ミドリちゃんが自分で言ったからだけど?」


「は!? え、お前ミドリが何言ってるかわかるのか!?」


「アタシじゃないわよ。ファティマが通訳してくれたの」


「その角アリが!?」


カチカチカチッ!


 驚愕するライバールを前に、ファティマが得意げに顎を鳴らす。それによると元々ドラゴンには全ての種族と意思疎通する能力があるが、唯一人間だけは言語という不自由な手段を取らないといけないため、ライバールには理解できなかったということだった。


「つまり、あれか? 人間以外はその鳴き声で意思が伝わるけど、人間だけはちゃんとした言葉じゃねーと意思が伝わらねーから、俺の言ってることはミドリに伝わってたのに、ミドリの言いたいことは俺には伝わらなかったってことか?」


「キュー!」


カチッ!


「今まで何度も女の子だって伝えたのに伝わらなくて、寂しかったって。でも抱っこしながら寝てくれるのは嬉しかった……えぇ、アンタそんなことしてるの?」


「そ、それは!? だって、ほら、子供って温めねーと死んじゃいそうな気がして……」


「卵ならともかく、生まれた後なら……そうでもないの? まあアタシだってドラゴンの子供の育て方なんて知らないけど……」


「キュー!」


カチカチ……


「えぇ? ミドリのお腹をプニプニしてたの? ライバール、アンタって……」


「何だよその目!? ミドリだって喜んでたんだぞ!?」


「そうらしいけど、でも……ねえ?」


 アイシャが視線を向けると、確かにミドリのお腹はツヤツヤのプニプニだった。さっき少しだけ触ったが、柔らかく弾力があり、ほのかに温かいその感触が気持ちよかったとも思う。


 だが小さな女の子を抱きしめてお腹をプニる成人済みの男の絵面は、端的に言って犯罪者のそれであった。


「くっそ! 余計なことばっかり言いやがって! もう返せよ!」


「あっ、ちょっ!? アンタこそ返しなさいよ! もっとミドリちゃんを抱っこしたい!」


「うるせー、もう駄目だ! お前は教育に悪すぎるからな! ほーらミドリ、あんな奴の言うことを真に受けちゃ駄目だぞ? これからも俺と一緒に寝ようなー?」


「キュー!」


「ぐっ、まさか恥も外聞もなくそっちに開き直るとは……アタシだって一緒に寝てみたいのに……っ!」


カチカチッ!


「あ、ファティマが一緒に寝てくれるの? 嬉しいけど……ならそうね、アタシとファティマとミドリちゃんで一緒に寝るから、ライバールはスタンと一緒に寝ればいいんじゃない? ほら、これで全部解決よ!」


「何も解決してねーよ! 何で俺がスタンと寝るんだよ!」


「……別に寝るのは構わぬが、それは一体何の解決なのだ?」


「うるさいわね! とにかく女の子は女の子同士が一番ってことなのよ! ほら、アンタ達は、何か……あれでしょ? これからどうするかみたいなのを話し合うんでしょ! だったらほら、ミドリちゃん貸して!」


「あっ!?」


 ライバールの腕から、ひょいとアイシャがミドリを取り上げる。これを「遊んでいる」と解釈しているミドリはキューキューと楽しそうに鳴き、その様子を見てライバールが苦笑しながらガリガリと頭を掻く。


「ったく、仕方ねーなぁ」


「すまぬなライバールよ。あまりはしゃぎすぎるようなら、余からも注意しておくが……」


「いいって。ミドリも楽しそうだし……俺一人じゃ、どうしたってこんなに構ってやれなかったからなぁ」


 ミドリを拾って、守りながら逃げ続ける日々は、決して楽なものではなかった。遊びたい盛りの子供を自由に遊ばせてやれないことは、ライバールもまた気にしていたことだった。


「やっぱり、お前達に会えてよかったぜ」


 ほんの少し寂しげに、だがとても幸せそうに微笑みながら、ライバールはアイシャ達と遊ぶミドリを見つめて、優しい声でそう呟いた。

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