懐かしい顔
チョイヤバダッタの町を出て、今日もまた「死の墳墓」のある場所に向けて旅を続けるスタンとアイシャ。その途中で立ち寄った町で普通に通りを歩いていると……不意にアイシャの体が、暗い脇道へと引き込まれた。
「ふがっ!?」
「騒ぐな! 静かにしろ!」
ガッチリと口を押さえられたアイシャの背後から聞こえるのは、若い男の声。必死に抵抗して手足を振り回すも男の体はびくともせず、そのままズルズルと暗がりへと引きずられていく。
「んーっ! んーっ!」
「ちょっ、おい、暴れんなよ! 静かにしろって言ってんだろ!」
「んふーっ!」
暴れるなと言われたところで、暴れないわけがない。鼻息を荒くして口を押さえる手を必死に剥がしにかかるも、その力は自分よりもずっと強い。それでも諦めることなく抵抗を続けるアイシャだったが、その動きが突如として止まる。
「そこまでだ」
「んんんー!」
二人の前に現れたのは、見紛うことなどあり得ない黄金仮面のファラオ。その冷たい声にアイシャは思わず安堵し……そして男の方も観念したかのように足を止める。
「貴様、何のつもりだ? 余の仲間をどうするつもりだ?」
「よかった、すぐ来てくれたか。はは、別にどうもしねーよ。俺はお前達と話がしたかっただけだからな」
「……? 待て、そちは……!?」
聞き覚えのある声に、スタンが驚きを表す。すると男はアイシャの口元からゆっくりと手を離し、顔を隠すように覆っていたぼろ布を脱ぎ捨て、ニヤリと笑う。
「久しぶりだな、二人とも」
「「ライバール!?」」
驚くスタン達の前には、かつて共に戦った、若き冒険者の姿があった。
「いやー、びっくりしたぜ。まさかここでお前達に会えるとはな……てか、何でまだこんなところにいるんだ? お前達が町を出たのって、もう三ヶ月以上前だろ?」
町の片隅、貧民街の一角。ライバールに連れられて半壊した空き家にやってきたスタン達を前に、ライバールが悪びれる様子もなくそう話しかけてくる。その口調はマルギッタの町で別れたときと変わらないが、格好はかなりボロボロになっている。
「それはまあ、色々あったのだ。というか、そちこそどうしたのだ?」
「そうよ! 何でいきなりアタシの口を押さえて引きずっていったわけ? 普通に声かければいいじゃない!」
スタンの問いかけに被せるように、アイシャが抗議の声をあげる。知らぬ仲ではないのだから、話をしたいのなら普通に「よう、久しぶり!」とでも挨拶してくればいいだけのことだ。
なのに何故後ろから襲いかかるような真似をしたのか? その問いにライバールは何とも渋い表情を浮かべる。
「それこそ、色々あったんだよ……話、聞いてくれるか?」
「当然であろう。聞く気がないならそもそもこんなところについてきたりはせぬしな」
「そうそう。ほら、アタシが納得する説明をちゃんとしなさい!」
「へいへい、わかってるし、悪かったって……実はさ、ここ一月半くらい、厄介な奴らに追われてるんだよ」
「追われている? 何かやらかしたのか?」
見窄らしい格好の理由をたった一言で説明しきったライバールに、スタンが重ねて問いかけると、ライバールが何とも言いにくそうに言葉を濁す。
「ああ。やらかしたっつーか……ちょっとしたもんを拾っちまってさ」
「拾ったって、何を? まさかお貴族様の家宝とか、そういうの? 売ったらお金になるんでしょうけど、すぐ返した方がいいわよ?」
「ちげーよ! いや、むしろそっちの方がマシだったとは思うけど……」
「えぇ? アンタ、本当に何やらかしたわけ?」
怪訝な声を上げるアイシャに、ライバールが数度躊躇ってから覚悟を決めてそれを口にする。
「その……生きてるドラゴンの子供だ」
「はぁ!? ドむがっ!?」
「馬鹿、叫ぶんじゃねぇ!」
驚きで大声をあげそうになったアイシャの口を、ライバールが素早く手で塞ぐ。それにアイシャが目で大丈夫と訴えたのを確認してから手を離すと、アイシャは小声で言葉を続けた。
「ドラゴンの子供って、どういうことよ!? 何でそんなの拾うわけ!?」
「俺にだってわかんねーよ! 普通に依頼をこなしてたら、ある日森の茂みのなかでピーピー泣いてる奴がいてさ。で、近くに寄ってみたら、ドラゴンの子供がいたんだ」
「何よそれ!? 何でそんなところにドラゴンの子供がいるわけ!?」
「だからわかんねーんだって! 冒険者ギルドでさりげなく聞いてみたけど、親ドラゴンの目撃情報もねーし……」
ドラゴンとは、言ってしまえば翼のついた巨大なトカゲだ。だがその戦闘力は国家レベルの脅威であり、発見されれば周辺諸国にまで通達が出る。
だがライバールが調べた限り、この近辺でのドラゴンの最後の目撃情報は今から三〇〇年ほど前。ドラゴンならば三〇〇年生き続けていることに不思議はないものの、子育てをしているのに目撃情報がないというのは考えづらいため、やはりこの辺にドラゴンはいないというのがライバールの出した結論だった。
無論そうなると「ならこの子供はどこからきたのか?」という謎が残るが、それを誰より知りたいのは、他ならぬライバール自身である。
「ふーん……まあ大変だったのはわかったけど、でもそれとアンタが追われてるってのは、どう繋がるわけ? あ、殺したドラゴンの素材を売り払って、大金をもらったとか?」
「……………………匿ってんだ」
「……え? ごめん、もう一回言ってくれる?」
「だから、匿ってんだよ……その、生きてるドラゴンの子供を……」
「何でふがふがっ!?!?」
「だから叫ぶなって言ってんだろ!」
再び大声を上げかけたアイシャの口を、ライバールが必死に塞ぐ。だが今度はアイシャにガリッと指を囓られ、ライバールが痛そうに顔をしかめた。
「いった!? 何しやがんだよ!」
「そりゃこっちの台詞よ! 匿ってるって、どういうこと!?」
「そりゃあ、ほら…………あれだよ…………」
ぐいっと詰め寄るアイシャに、ライバールが目を泳がせながらもごもごと口を動かす。
「だって……なあ? 俺のこと全然警戒しねーで、スゲー綺麗な目で見つめてくるんだよ。そんなの殺せねーだろ!?」
「殺せないって……アンタ、それゴブリンの子供でも同じ事言うわけ?」
「それは……違うけどさぁ…………」
幼い頃は無抵抗だろうと、魔物は魔物。成長すれば人を襲うようになるのだから、無垢な子供に見えたところで殺すのが当然。そんな冒険者の基本の心構えを問われ、ライバールが表情を曇らせる。だが……
「ハッハッハ、よいではないかアイシャよ」
「スタン!? どういうつもりよ!?」
「どうもこうも、言葉通りだ。その子供のドラゴンとやらは、ライバールに懐いているのであろう? ならば誠意を持って接すれば、余とファラオアント達のような関係になれるのではないか?
それともドラゴンはゴブリンのように、人を餌としか見ておらぬ、絶対に和解できぬ存在なのか?」
「いや、そんなことねーよ。ドラゴンを従えた冒険者が国を興したなんて話もあるくれーだしな」
「いやでも、それ伝説の類いでしょ? 本当にあった話なわけ?」
「そこは何とも言えねーけど、でもドラゴンの頭がいいってのは間違いねーと思うぜ。うちのミドリも俺の言ってることわかるっぽいし」
「うちのミドリって……アンタ名前までつけてるのね」
「あっ!? い、いいだろ! オイとかコラとかじゃ呼びづれーし……」
「そうね、まあいいわよね」
慌てて言い訳をするライバールに、アイシャが呆れたような目を向ける。名前をつけるほど可愛がっているなら、殺せないのも納得だ。
「ふむ。今のところそちが余達に何を求めているのかがわからぬが、どうするにせよそのミドリというドラゴンと会ってみねば何の判断も下せぬ。そのドラゴンはすぐ会える場所にいるのか?」
「おう、いるぜ! お前達なら大丈夫そうだから声かけたってのもあるしな。んじゃ、移動するからついてきてくれ」
「うむ、いいだろう。ではアイシャ、行くぞ」
「はーい。ドラゴンかぁ……うわ、今更だけどちょっとドキドキしてきたわね」
「ふむん? 何故だ?」
「何故って、ドラゴンよ!? 普通に生きてたら一生見る機会がないんだし、あと何かこう、憧れない? いや、実際に遭ったら絶対死ぬから、会いたいけど遭いたくないって感じではあるけども」
「おらお前ら、静かにしろよ! できるだけ目立たないように……スタンがいる時点で無理、か?」
「そうだな。ファラオというのは常に人目を引く存在だからな」
「頭からぼろ布でも被せたらいいんじゃない?」
「それはファラオ権侵害であろう! 被らぬぞ! 余は絶対に被らぬからな!」
「何よファラオ権って!」
「あーもう! せめて黙るくらいはしてくれよマジで!」
見知った顔を見つけて思わず声をかけてしまったことを若干後悔するライバールだったが、とはいえ信頼できそうな相手との再会に久しぶりに心の緊張がほぐれるのを感じる。
そうしてライバールはスタン達を連れ、目立ちながらも静かに貧民街を歩き進んでいった。





