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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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急がば回れ

 ティーチの勘違いが解け、祖父と孫のわだかまりが解決した後。スタン達は結界維持計画の本格的な稼働に向け、地道な活動を続けていった。


 まず最初の五日で魂装具の試験運用を終え、ファラ・プッターの護符……ミニファラオ君と調整用の魂装具にて結界に力を継ぎ足せることがしっかりと確認されると、町長や各ギルドの長なども交えた話し合いを行い、一〇日後にはチョイヤバダッタ寺院の住職であるジーサンを主導とした説明会が開かれる。


 その話を聞いた住民は予想通り大きな混乱に見舞われたが、ざわめく会場で誰より先に声をあげたのは、若くして孤児院の院長を任された、一人の聖光教の神官であった。


「そんな事実があったことを、私は今まで知りませんでした。この町が、私達の日々が誰かの尊い犠牲の上に成り立っているなど、考えたこともなかったのです。


 ですが今、それを知ることができました。そして今、二度とそのようなことが起こらないように、私にできることがあると教えていただきました。大切な人に護られ、犠牲にするのではなく、自身の力で大切な人を護ることができるのだと教えられたこの喜びを言葉にするのならば……それはきっと『愛』です。


 私は、私達は、顔も名も知らない誰かに、自分の命よりも大切に愛されていた。そしてその愛を、今私は他の皆さんに分け与えることができる。私を育んだ愛で、私もまた誰かを育める……こんな幸せなことはありません。皆さんもそうではありませんか?」


 二〇歳の若い女性神官が、教義になぞらえるのではなく、あえて自分の言葉で語る……その事実は町の人々の心を大いに動かした。元々プッター教の教徒が多く、互いに助け合うという精神が養われていたこともあり、多くの住人が協力を申し出てくれたことで、無事に魂装具の通常稼働に成功した。


 その後は実際にミニファラオ君を持っている町人達の様子をみたり、結界の状態を詳細に観察してみたりしながら過ごし……そして一ヶ月後。その日スタン達は次の町へと旅立つ前の最後の挨拶ということで、チョイヤバダッタ寺院を訪ねていた。


「おいおい、もう行っちまうのかよ……まだ会ったばっかりだってのによぉ」


「無理を言うでないティーサン。スタン殿達にも予定というものがあるのだ」


 この一ヶ月ですっかり打ち解けたティーチ……ティーサンを、ジーサンが優しくたしなめる。それから僧衣の懐より書簡を取り出すと、徐にスタンに手渡した。


「スタン殿、こちらをお持ちください。一筆認めておきましたので、これを見せればプッター教の寺院で、多少は便宜を図ってもらえるかと思います」


「よいのか? ではありがたくいただこう。余が渡した魂装具の説明書の方はどうなっておる?」


「はい。そちらの知識に明るい僧侶と町の職人に見せたところ、手入れくらいなら問題なく行えるとのことです。ただ故障してしまった場合は、おそらく直せないだろうと言われてしまいましたが……」


「それはまあ、仕方あるまい。保守と修理は全く違うものだからな」


 苦笑するジーサンの言葉に、スタンもまたそう言って頷く。今回設置した魂装具は放っておいても数十年、きちんと手入れをすれば推定で四〇〇年ほどは稼働し続けられるものだが、それでも壊れないというわけではない。


 そしてスタンもまた、ファラオではあっても技術者ではない。定期的な保守作業や簡単な問題に対処する説明書くらいなら渡せても、壊れたときの直し方など自分でもわからないので教えようが無いのだ。


「すぐに駄目になるようなものではないが、それでも永遠ではない。根本的な問題の解決法はこれからも模索していくのがよかろう」


「勿論です。今後もたゆまぬ努力を続け、このつかの間の平穏を、きっと永久(とこしえ)のものとしてみせましょうぞ」


「そうだぜ! 俺だって修行頑張って、瘴気なんて元から全部ぶっ飛ばしてやる!」


「ははは、それは頼もしいな」


「そうね。確か『これが俺の悟りの境地!』だったっけ? こう、ハァァってやったんでしょ?」


「ちょっ!? アイシャ、勘弁してくれよ!」


 わずか一ヶ月前の若気の至りをいじられて、ティーサンが猛烈にしょっぱい表情になる。ちなみにティーサンの活躍(・・)はプッター教の教義に則って記録され、希望すれば誰でも見ることができる。「あの後何があったのか」を知るためにマリアや子供達もそれを見ており、孤児院に行く度に「破ー!」とやられるのは、最近のティーサンの悩み事の一つであった。


「では、何かあったら冒険者ギルドを通じて連絡をしてくれ」


「はい。本当にありがとうございました。お二人の行く末に、ダイ・プッター様の導きがありますように」


「じゃーな! スタン! アイシャ!」


「またね!」


 二人の僧侶に見送られ、スタンとアイシャは寺院を後にする。だがその下り坂の途中で、アイシャがスタンに声をかける。


「これでこの町ともお別れかぁ……ねえスタン、本当に調べなくてよかったの?」


「よくはないが、どうしようもないのでな」


 スタンはアイシャにだけは、この近隣にサンプーン王国にゆかりのある何かがある可能性を告げていた。それを踏まえて町中を調べてみたがそれらしい物は何も見つけられなかったため、唯一残った……そしてもっともその可能性が高いのは、山の中にあるという瘴気の発生元だ。


「『死の墳墓』などというのが存在していることから鑑みると、この山の中にはそこと同じく不正な挙動をしているピラミダーが埋まっている可能性が高い。可能であれば今すぐにでも調べたいが……その手段がな」


 瘴気がソウルパワーに由来するものであれば、スタンにはそれを防いだり無効化できそうな算段はある。故に単純に穴に潜るだけならば今すぐにでも可能だ。


 だが今回の場合、ピラミダーのある位置が町とあまりに近すぎる。下手に刺激して瘴気が吹き出す量が増えてしまえば町の存亡に関わってくるため、余程周到に準備を整えてからでなければ手出しはできないのだ。


「手段ねぇ……いつものファラオの秘宝でどうにかならないの?」


「ならないこともない。が、あの規模の構造物に影響を与えるとなると、ソウルパワーの量が圧倒的に足りぬ。それこそ一〇〇万都市に設置されているピラミダーを一基丸ごと占有でもしなければ、安全な作業など不可能だ」


「うっわ、そりゃ無理ね」


 スタンの言葉に、アイシャが思わず顔をゆがめる。一〇〇万人というのは国家の総人口として語られる数であり、町一つでそんな人数など聞いたことすらない。であれば考えるまでもなく無理だと切って捨てて当然だ。


「それに、本当に余の知るピラミダーであるかどうかもわからぬ。となればエディス殿に聞いた場所で存分に調査を行い、その結果を以てこの町のピラミダーに当たるのが最善だろう。そこなら周囲に人もおらぬようだから、多少大胆に行動しても大丈夫だと思われるしな」


「なるほど。そういうの、何て言うんだっけ? 急がば走れ?」


「それでは単に急いで走っているだけではないか! 正しくは『急がば回れ』だ。目的地に直進するのが一番近いのは当然だが、道なき道を強引に突っ切るくらいなら、多少遠回りでも整備された街道を進んだ方が結果として早いという意味だな」


「面倒くさがって近道すると、酷い目に遭ったりするもんね……アンタに初めて助けてもらったときもそうだったし」


 あの日盗賊志望の男にアイシャが襲われたのは、遠回りになる街道ではなく、森の中の獣道を進んだからというのが要因の一つにある。実感がこもっているだけに、アイシャの言葉は重い。


「だな。気持ちが急いている時こそ、足下をしっかり固めて行かねばならぬ。特に今回のような場合、転んだときに被害を受けるのは余だけではすまぬからな」


「ならまあ、今後も地道にいきましょうか。どうせそういう風に心がけてたって、アンタはやらかすんでしょうしね」


「ぬおっ!? 何だその評価は!? 余が一体何をやらかしたというのだ!?」


「むしろやらかさなかったことがあるわけ? 今回だってちょっと寺院に来ただけで、町の存亡に関わるような事柄に手を貸したり、悪の黄金仮面として討伐されそうになったりしたのよ?」


「ぐぬぬ…………」


 呆れた口調で言うアイシャに、スタンは何も言い返せない。望んだわけでもないトラブルに巻き込まれるのは、もう「いつものこと」と言えるようになってしまっている。


「ハァ、余が普通にファラオをしていた頃は、こんなではなかった気がするんだがなぁ」


「なら、アンタの部下はよっぽど優秀だったんじゃない?」


「それはまあ……否定はせぬが。そうか、ひょっとして余は、昔から迷惑をかけていたのであろうか?」


「さあね? アタシにはわかんないから……アンタが直接本人に聞きなさい」


「フッ……そうだな。そうするためにも、次の町へと向かうとしよう」


 さりげないアイシャの気遣いに、スタンが仮面を空へと向ける。晴れ渡る空は旅立ちの日に相応しい青さで……何処までも何処までも、きっと世界の果てまでも続いていた。

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