粗忽者
「まったくお前という奴は! 以前から粗忽者の気があることはわかっていたが、まさかこれほどまでとは!」
「……………………」
洞窟内部に響き渡る、ジーサンの怒号。その前では頭に大きなたんこぶを作ったティーチが神妙な顔つきで正座をさせられている。下はむき出しの地面なので非常に足が痛いが、そんなことを言い出せる空気ではない。
ちなみに、ジーサンを呼んできたのはアイシャである。ティーチがスタンに殴りかかっている時にこっそり横を抜け、寺院の中へと戻ったのだ。スタンの怪しさを誰よりも理解しているアイシャだからこそのとっさの機転であり、それが功を奏した形である。
「いいか? 確かにスタン殿は怪しげな仮面を被っておられるし、どう見ても不審者なのは間違いない! だがその見た目とは裏腹に、この町と寺院が背負った宿命から我らを解放してくれようと尽力してくださっていたのだ! それをお前という奴は……」
「ぬぅ、不審者……」
「フッ、クックックッ……」
本人に悪気は全くないだろうが、ナチュラルに不審者呼ばわりされたスタンがカクッと仮面を揺らし、アイシャが口元を押さえて腹をひくつかせる。しかし興奮しているジーサンは自分の失言にもそんな二人の様子にも気づくことなく、更にティーチを詰めていく。
「にしても、何故そのような勘違いをしたのだ? いくらお前でも、まさかスタン殿が怪しい仮面を被っているからというだけでここまで暴走したわけではあるまい?」
「それは……こいつを見つけたから……」
訝しげな表情で言うジーサンに、ティーチが懐からミニファラオ君を取り出す。
「てか、そうだよ! おいジジイ、人の命を吸うような魔導具を何も言わずに町に配るなんて、どういうつもりだ! そりゃ結界の維持には力が必要なんだろうけど、そんな重要なことを秘密にしたまま配るなんて、駄目に決まってんじゃねーか!」
「無論そうだが……だからと言って、いきなりそんな説明をするわけにもいかんだろう? 町の者達は、この結界の存在すら知らぬのだぞ?」
かつては誰もが知っていた事実は五〇〇年という年月により風化し、今ではこの結界の事を知っているのは寺院の関係者と、領主や国王などの一部の権力者のみとなってしまっていた。今まで犠牲となった者達の全員が、己の功績より人々の安寧を願う尊い心根を持っていたこともまた、皮肉ながらもその要因となっている。
「ファラ・プッターの仮面の力を説明するには、その利用先である結界の存在や、どうしてそんなものがあるのかまで含めて全てを説明せねばならん。だがいきなり『この町は常に滅びの危機にあり、人柱によってその安寧が保たれている』などと伝えたら大混乱になってしまうのは必定。
故にまずは少数を配って試験運用し、本当にこの結界を維持できそうな目処がたったところで改めて説明して協力を仰ぐつもりであったのだのだ。加えてその時までにファラ・プッターの仮面を所持していた者に何もなければ、魔導具の安全性も主張できるしな」
ジーサンのその言葉に、しょんぼりと反省していたティーチが激しく憤る。
「安全だと!? そいつのせいで、リーベルが……孤児院の子供が倒れたんだぞ!?」
「何!? それは……スタン殿?」
「その話、もう少し詳しく聞かせるのだ」
驚くジーサンが顔を向けると、スタンが会話に入ってくる。そんなスタンにティーチがあの時の状況を説明すると、スタンは仮面の首元の隙間に手を入れ、それを取り出した。
「なるほど……なあティーチよ。その子供が持っていた偽の聖印というのは、ひょっとしてこんな形をしていなかったか?」
「あっ!? そうそう、それだよ! やっぱりテメーが――」
「待て待て、順番に説明するから落ち着くのだ。まずそちや子供が持っていたファラ・プッターの仮面……ミニファラオ君だが、確かにこれにはソウルパワー、そちの言う魂の力を集める効果がある。
だがそれは走って流れた汗とか、吸って吐いた息とか、そういう生きているだけで当たり前に垂れ流しているものを集めるだけの効果しかない。つまりそれを持っていることで消耗が増えるなどあり得ぬのだ」
「嘘つくんじゃねーよ! ならどうしてリーベルは――」
「だから待てと言っておろうに……その子供が持っていたこれはアンクと言ってな、魂の力を溜め込むことのできる道具だ。そしてこのアンクとミニファラオ君を組み合わせると、漏れ出るだけの力ではなく、能動的に魂から力を取り出して充填することができるのだ。子供が倒れたというのは、つまりそういうことだろう」
「ならやっぱり危険なんじゃねーか! おいジジイ、本当に洗脳されてるんじゃねーなら、今すぐコイツを――」
「待て! 待つのだ! 何故そちはさっきからずっと、最後まで人の話を聞かぬのだ! いいか? 確かにこの二つが揃えば己の魂を消耗することは出来るが、そもそもそれが滅多なことでは起こらぬ偶然だ。余がこの世界、あるいは時代に目覚めてからアンクを見たのは、まだたったの二回だけだからな。
そして仮に揃ったとしても、魂の力を絞るには強烈な不快感が生じる。実際その子供もそれに襲われ……そしてすぐに目覚めたのではないか?」
「あ、ああ。そうだったなような……?」
「であろう? つまり別に魂の力を絞り出して充填したとて、即座に悪影響など出ないのだ。加えて言うなら、仮に意味もわからずただひたすら自分が不調になるだけの祈りを続けたとしても、途中で安全装置が働いてそれ以上は使えないようになっておる。
もし何らかの理由で安全装置すら動かなくなっており、明らかに命の危機を感じながらも無理矢理に魂の力を振り絞るなら話は別であろうが……流石にそこまでなったら、もう余やミニファラオ君がどうという話ではないのではないか?
たまたま余が配った魂装具と、極めて希に世界に捨てられているらしいアンクを同時に所持し、その二つに施された安全装置がたまたま壊れた状態で、本能的に拒絶反応を示してしまうような不快感に耐えてまで必死に祈り続ける……如何に余がファラオとて、そこまでされたらどうしようもないぞ?」
「む、むぅ……」
スタンの言葉に、ティーチがむすっと口を閉じて唸り声をあげる。確かに最後まで話を聞いてみると、奇跡のような偶然が重なった果ての責任まで問うのは無茶が過ぎるということが理解できてしまったのだ。だがそれで納得しておしまいにしてしまうのは何となく気に入らなくて、ティーチは更に問いを重ねる。
「な、ならあの角アリはどういうことだよ! 魔物を使って何をしようとしてやがった!」
「うむん? サハル達の事か?」
カクッと仮面を傾けたスタンが後ろを振り向くと、そこでは今もファラオアント達が作業を続けている。
ファラオアント達はティーチが攻撃する直前に結界を維持するための魂装具と一緒に<王の宝庫に入らぬもの無し>にしまい込み、スタン自身もまた地に伏せて被弾面積を最小にしたうえで身を守ったため、スタン共々ファラオアント達もティーチの攻撃による被害は受けていない。それもまたティーチがこの程度の説教で済まされている要因の一つなのだが……閑話休題。
「先ほどジーサン殿も言っておったが、魂装具が正式稼働した暁には、一部の民をここに招いて実際に動いている様を見せる予定だったのだ。だが人というのは目に見えるものしか信じず……そして結界や瘴気は見えぬであろう?
なのでわかりやすく畏怖を感じられるような作りにすべく、ファラオアント達に頼んで改修工事をしていたのだ」
結界は無色透明であり、触れれば抵抗があるものの、力を込めれば割と簡単にすり抜けてしまう。これは防ぎ続けるだけでは内部の瘴気がひたすらに濃くなってしまうので、瘴気の一部を浄化して結界の外に放出し、同時に外からも空気が流入する仕組みになっているからだ。
だが見学に来た一般人からすると、単に暗い洞窟があるだけにしか見えない。結界を超えて奥に進ませ、瘴気を直に感じさせれば話は別だが、極めて危険なうえに人が通り抜けるたびに力を消費してしまうので、現実的ではない。
そこでスタンが考えたのがこの工事だ。虚仮威しではあるが、見た目のインパクトの重要性は誰もが知っているところ。ただ結界の近くというデリケートな場所では<王の改革に留まること無し>は危険なため、ファラオアント達と協力してコツコツ作業をしていたのである。
「ってことは、俺は……」
「粗忽者の中の粗忽者だ! この馬鹿孫めが!」
ポカンと間抜け面を晒すティーチの頭に、もう何度目かもわからないジーサンの拳骨が落ちた。





