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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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フワリング・ファラオ

「おい、こりゃ、どういうことだ……?」


 目の前の光景に、ティーチは完全に足を止めて戸惑っていた。ここに来たときの意気込みなどもはや欠片も残っておらず、何が起きているのかがまるで理解できない。するとそんなティーチの前に、一人の若い女が駆け寄ってきて必死に頭を下げ始めた。


「すみませんすみません! うちのファラオが本当にすみません!」


「お、おぅ!? 何だねーちゃん。どうしたんだ?」


「え、だって関係者の方ですよね?」


「まあ、関係者って言えば関係者だけど……」


 ティーチの荒々しい雰囲気に、アイシャはてっきり寺院の警備を担当する人物がやってきたのだと勘違いしていた。無論ティーチにそんなつもりはないのだが、アイシャは勘違いしたままに未だ光って浮いているスタンの方に近づくと、その仮面をパコッとひっぱたく。


「ほら、アンタも! いつまで光ってんのよ!」


「ぬあっ!?」


 その衝撃で集中力が途切れたのか、我に返ったスタンの体がスッと床の上に着地し、体から放たれていた光も消える。それと同時にちょっと恨めしげな声でスタンがアイシャに話しかけた。


「むぅ、何をするのだアイシャよ。せっかくいい具合に座禅が出来ていたというのに」


「アンタがいい具合だろうと、周りはそうじゃないのよ! 見てみなさいこれ!」


「……ん?」


 アイシャに怒鳴られスタンが周囲を見回すと、そこには何故か自分を囲むように人の姿があり、しかもその全員がちょっと残念そうな顔をしている。そしてそんな光景に、スタンは心当たりがあった。


「これは……ひょっとして?」


「アンタ、また光ってたのよ! あと何か浮いてたし! 何なのアンタ!? 今回はサハルがいたわけでもないのに、何で光るわけ!?」


「ハッハッハ、何を言うかと思えば……物の本によれば、偉大な人物とは輝いて見えるらしいぞ? ならばファラオである余が光るのは当然ではないか! それにそもそも、余はサハルと出会う前から光っていたしな」


「……そう言えば、そうね」


 言われてアイシャが頭を捻ると、確かにスタンは以前から時々光っていた。その時点でどうかと思うのだが、それは既に突っ込み済みなのでここでは気にしないでおく。


「で、でもじゃあ、浮いてるのは何でよ! まさか『ファラオなら浮くくらい当然であろう!』とか言わないわよね!?」


「そちはファラオを何だと思っているのだ? 人が浮くわけないであろうが」


「アンタがそんなこと言うんじゃないわよ!」


「ファラッ!?」


 呆れたようなスタンの物言いに、アイシャのいらつきが瞬時に限界を突破してスタンの仮面を割と本気でひっぱたいた。高まる感情に初めて身体強化が正しく発動したこともあり、きりもみしながら吹っ飛んでいったスタンがよろけながら起き上がる。


「な、何という技のキレ……アイシャよ、腕をあげたな……」


「おかげさまで、突っ込み力ならキレッキレよ! で、どうなの?」


「どうと言われてもな……強いて言うなら、座禅の効果ではないか?」


「えっ!? あの、座禅って浮くんですか?」


 スタンの言葉に、アイシャが虚を突かれた表情を浮かべてボーサンの方を振り向く。だがそんなことを問われたボーサンは、困り果てた表情で言葉を濁す。


「そ、そうですね。確かに座禅はプッター教の修行としても行われておりますし、一の門を開くためには心を浮かせる必要があると言われておりますが、とはいえ物理的に浮くわけでは…………?」


 と、そこでボーサンの脳裏に、完璧に諳んじられるほど読み込んだダイ・プッターの偉業を記した本の内容が浮かんでくる。


(確か記録のなかには、プッター様が座禅を組むと体がふわりと宙に浮き、その周囲には美しい花が咲き乱れ、動物達が集まってくるという記述があった。プッター様の偉大さを誇張して表現したものだとばかり思っていたが、まさかあれは本当のことだったのか……?)


「あの、ボーサンさん?」


「ああ、すみません。その…………ひょっとしたらなんですが、座禅を極めると浮く……ことがある……かも知れません」


「えっ、本当に浮くんですか!?」


「おお、やはりそうであったのか! いやはや、プッター殿の教えというのは本当に凄いな!」


「そうね、凄いわね…………アタシももっと真剣にやってみようかしら」


 ボーサンの言葉にスタンが賞賛の声をあげ、アイシャは「やっぱり足の組み方も重要なのかしら?」と改めて床に座り込む。更にその話を聞いていた他の参加者達も「プッター教マジ凄い」とばかりに真剣に座禅に取り組み始めた。


 そうして御堂に静けさが戻ると、それまで呆気にとられて突っ立っているだけだったティーチに、やや遠慮がちにボーサンが話しかける。


「それでティーサン。御堂に何かご用ですか?」


「えっ!? あ、ああ。いや、それは……」


 現金が置かれているのは御堂から奥に入った部屋なのだが、完全に勢いをそがれてしまい、もうそんな気分でもない。どうしたものかと悩むティーチの背後から、ジーサンが近づいてきて声をかける。


「どうした? 金を持っていくのではなかったのか?」


「ジジイ!? う、うるせーよ! てか、何だよコイツ! その仮面野郎!」


「仮面? ああ、スタン殿がどうかしたのか?」


「どうかってジジイ……遂にボケたのか? 光って浮く仮面とか、意味がわかんねーだろ! 俺の知らねー間に寺院は見世物小屋にでもなったのか!?」


「? すまぬ、本当に意味がわからんのだが?」


「あの、ジーサン様。実は……」


 戸惑うジーサンに、ボーサンが今し方起きたことを説明する。すると流石のジーサンも怪訝そうな目をボーサンに向けてしまう。


「ち、誓って嘘など申しておりません! 確かに私自身も非常に信じがたい光景ではあったのですが……」


「ああ、いや、ボーサンが嘘をついているとは思っておらん。座禅で集中した結果、スタン殿が無意識に魔法を使ってしまったのかも知れぬしな」


「ああ、確かに!」


 光を出す魔法は難易度も低く、魔導具を利用するなら発動も容易だ。体全体を光らせるというのも、やろうと思えばできそうだと思える。


 対して浮かぶ方はよくわからないが、高名な魔法士や希少な魔導具には重力を制御するようなものもあると聞く。そういうものをスタンが持っていて……というかあの仮面がそうで、うっかり発動させてしまったと考えれば、今の怪現象に納得のいく説明がついた。


「まあ、その辺は体験会が終わったら、後ほどスタン殿に私が聞いてみることにしよう。それはそれとして……ティーサン、いやティーチよ。お前はこれからどうするつもりなのだ?」


「チッ、何か色々ケチがついちまったし、町に帰るよ」


「そうか……であれば少し茶でも飲んでいかぬか? 久しぶりに顔を合わせたのだ、話くらいしてもいいであろう?」


「やだね! ジジイに話すことなんざ俺には何もねーよ!」


「しかし……」


「しつっけーなー! ねーって言ったらねーんだよ!」


「……なら、せめて両親の墓に参るくらいはしたらどうだ?」


「ざっけんな!」


 ジーサンのその言葉に、これまで一応周囲に配慮して小声で話していたティーチが大声で怒鳴る。


「ここにあるのはトーサンの墓だろ! 俺の親父の……トールの墓じゃねぇ! 死んだ息子まで利用して、そこまでしてこんな寺院を守りてーのかよ!」


「違うぞティーサン。そうではない!」


「俺はティーチだ!」


 うっかり僧名で呼んでしまったジーサンに対し、ティーチが噛みつかんばかりの勢いで掴みかかる。その怒りと憎しみの籠もった目を、ジーサンはただジッと見つめ返す。


「……とにかく、俺はプッター教なんてのに関わるのはごめんだ。じゃあなジジイ」


 ジーサンの体を突き飛ばすと、ティーチがその場を去って行く。ふらりとよろけたジーサンは、そんな孫の背を黙って見送ることしかできなかった。

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>偉大な人物とは輝いて見えるらしいぞ? スタン君は涅マユリと意気投合できそう。
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