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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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座禅体験会

「え、何だあれ?」


「仮面……?」


 御堂に入ったスタンを見て、既にそこにいた人達の間にざわめきが広がる。だがそんな人々の肩を、そこにいた二〇代中盤くらいの若い僧侶が、手にした木の板きれのようなものでベシベシと叩いていく。


「ほら、心を乱してはなりませんよ……ショーサン、そちらのお二人は?」


「仮面の方がスタンさんで、そうじゃない方がアイシャさんです。お二人とも座禅の体験をしたいとのことで、お連れしました」


「ふぐっ!? あ痛っ!」


 ショーサンの紹介を聞いた参加者の一人が思わず吹き出してしまい、若い僧侶にその肩を叩かた。なお人生で初めて「仮面じゃない方」という紹介のされ方をしたアイシャは、顔を赤くして俯いている。


「失礼……ではこちらへどうぞ。ショーサンはもう戻っていいぞ」


「はい。ではお二人とも、ごゆっくり!」


 ぺこりと頭を下げると、ショーサンが御堂を出て行く。そうして残されたスタン達に、若い男の僧侶が改めて声をかけてきた。


「私はこのチョイヤバダッタ寺院にて僧侶をやっております、ボーサンと申します。本日はお二人の座禅のお手伝いをさせていただきますので、よろしくお願い致します」


「ボーサン殿か。余は仮面の方のファラオ、イン・スタン・トゥ・ラーメン・サンプーンだ。よろしく頼む」


「アタシは仮面でもファラオでもない方のアイシャです。よろしくお願いします……くっ、そういう流れだったけど、言わなきゃよかった……っ!」


「「「フゴッ!?」」」


 スタン達の自己紹介で、再び参加者の何人かが吹き出した。だがボーサンはそちらをチラリと見ただけで、とりあえずスタン達に話を続けていく。


「では、お二人はこちらで座ってください。座り方は自分の楽な姿勢でも構いませんが……一応本式ではこのような座り方をすることになっております」


 言って、ボーサンがその場で足を組み合わせ、足の裏を上にする不思議な座り方をする。ならばとスタン達も真似をしてみたが、これがなかなか辛い。


「え、これ普通にきつくない? 何かこう、普段使ってない筋肉が引きつるっていうか……」


「慣れてない方はそうでしょうね。座り方よりも集中出来るかの方が重要なので、無理せず足を崩してください」


「じゃあ、アタシは失礼して……ってか、アンタは平気なのね?」


「当然だ。余はファラオだからな」


 たまらず足を崩したアイシャとは対照的にスタンはその特殊な座り方を難なくこなす。そうして二人が落ち着いたのを見ると、ボーサンが静かに説明を始めた。


「では、座禅のやり方を説明させていただきます。まずは目を閉じてください」


「うむ」


「はーい」


 言われて、スタン達は目を閉じる。スタンの方は仮面なので何もわからないが、ひとまずアイシャは目を閉じたので、ボーサンは話を続ける。


「そうしたら、ゆっくりと大きく呼吸をしてみてください。深く深く、自分自身の中に沈んでいくように……そしてそこに意識を合わせて…………内なる自分に向き合うのです」


「「……………………」」


 その言葉に導かれるように、スタンとアイシャは呼吸を整え、意識を沈めていく。だがすぐにアイシャがもぞもぞと体を動かし、その肩をボーサンがペシリと叩いた。


「痛っ!? え、何!?」


「心が乱れた場合は、こうして私が叩かせていただきます。そうしたら軽く一礼してから、もう一度心を落ち着けてください。


 ふふふ、大丈夫ですよ。たとえ本人が気づかない程度の乱れであっても、私は見逃しませんから」


「大丈夫な要素が何処にもないんだけど……うぅ」


 ニヤリと笑うボーサンに、アイシャは微妙に顔を引きつらせながら再び座禅を始める。それを見てボーサンは巡回を再開し、全体を見回しては心を乱した人の肩を叩いていったのだが……


(これは何とも、見事な精神力ですね)


 こんな仮面の人物など見れば絶対に忘れないので、スタンがこの体験会に初参加なのは間違いない。だというのにボーサンはスタンの肩をここまで一度も叩いていない。その理由は勿論、スタンの心に一切の乱れがないからだ。


(ひょっとして、以前に何処かで座禅をしたことがあるのでしょうか? それとも日常的に祈りや瞑想を行う習慣があるとか……おっと、いけない。指導する私が雑念に囚われては、住職様に怒られてしまいますね)


 心の内で己の肩をペシンと叩いて、ボーサンは見回りに意識を戻す。そうしてしばし静かな時が御堂に流れるが……時を同じくして、チョイヤバダッタ寺院に新たな問題の種がやってきていた。





「おい、ジジイ! ジジイはいるか!」


 寺院の門前から響く怒鳴り声。そこには一八〇センチほどの身長でしっかり筋肉のついた体に、そうと言われなければわからないほど着崩した僧衣を纏う若い男がいた。ボサボサの黒髪をガリガリと掻きむしるその男に、慌てて寺院内部から出てきた僧侶達が声をかける。


「ティーサン殿! またそのような格好で大声を出して……」


「うるせーな、俺の勝手だろうが! それよりジジイは何処にいるんだよ?」


「住職様でしたら、お客様の対応中です」


「客ぅ? また適当な馬鹿を騙くらかして金をむしり取ってんのか? 相変わらずあくどいジジイだぜ」


「ティーサン殿! そのようなことを言ってはなりませぬ! 住職様は、今も悩み迷える方々にダイ・プッター様のお言葉を伝えているだけで……」


「ハッ! それが胡散臭いって言ってんだよ! あと俺はティーチだ! ティーサンなんて名前じゃねぇ!」


「ですが、プッター教では……」


「だから俺はプッター教なんて関係ねーんだって、何回言えばわかるんだよ!」


「…………騒がしいな」


 なんとかティーチを落ち着けようとする僧侶達と、それに真っ向から対峙するティーチ。その騒ぎを聞きつけて、寺院の中からジーサンが姿を現した。


「またお前か、ティーサン」


「俺はティーチだ! ティーサンなんて名前じゃねぇ!」


「ふぅ……ではティーチよ、今日は何用だ?」


「用? そんなの決まってんだろ。金だよ金! 可愛い孫に小遣いの一つもくれたってバチは当たんねーだろ?」


「金? 少し前にもそれなりの額を渡したはずだが?」


「ハッ! たったの銀貨三〇枚なんて、あっという間に使い切っちまったよ!」


 ジーサンの言葉に、ティーチは悪びれる様子も無く言う。ちなみに銀貨三〇枚は、一般的な町民の月収よりやや多いくらいの額であり、十分な大金である。


「なあいいだろ? 寺院の中にゃ金貨が唸ってるって知ってんだぜ?」


「それは寺院を維持するための金だ。決して個人が自由に使っていい金ではない。そんなことはお前もわかっているだろう?」


「いいや、わかんねーな! わかってんのは、その金は俺の物だってことだ! 何せ俺は、ジジイの孫なんだからな! 親父とお袋が死んじまった今、この寺院はいずれ俺の物になるんだから、それを少しくらい先取りしたって問題ねーだろ」


「そんなわけなかろうが!」


 その言葉に、ジーサンが険しい表情で叱りつける。確かにティーチにはこの寺院を相続する正当な権利があるが、だからといって二〇歳にもならぬ孫に全てを自由にさせるつもりなど、ジーサンにはない。


「なあティーチ。トーサンは……」


「トールだ!」


 ジーサンの言葉に、ティーチが激しく反応する。


「親父の名前はトールだ。トーサンなんて名前じゃねぇ!」


「ティーチ……」


 睨み付ける孫の視線に、ジーサンが悲しげな表情を浮かべる。そのまましばし互いに見つめ合っていると、やがて痺れを切らしたティーチが顔を逸らして歩き出した。


「チッ、もういい。ジジイが何と言おうと、俺が勝手に持ってきゃいいだけだ。確か御堂の奥にしまってたよな?」


「お待ちくださいティーサン殿! 今御堂では座禅の体験会をやっておりまして……」


「んなこと俺が知るかよ!」


 引き留める僧侶達を振り払い、ティーチが足早に御堂へと向かう。そうして乱暴に引き戸を開くと……


「まさか生きとる間にプッター様にお目にかかれるとは……長生きはするもんじゃのぅ」


「賽の目を……っ! 次の賽の目を六ゾロにしてくれ! いや、それともカードの絵柄を揃える方が……とにかく賭けに勝たせてくれっ!」


「プッター様、お願いです。理解のある彼くんをください。高収入で優しくて家事も育児も手伝ってくれて私のやって欲しいことを何も言わなくても察して全部やってくれる、理解のある彼くんが欲しいです」


「な、何だこりゃ……!?」


 そこにあったのは座禅を組んで宙に浮かびながら光を放つ黄金仮面が、体験会の参加者と思われる者達から拝まれ倒している光景であった。

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寺生まれのティーサンを ジーサン「破ぁ(門)!」
[一言] 理解のある彼くんわろた
[一言] スタンが紫色だったらアカウントbanの危機だった(例のアレふ)
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