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黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~  作者: 日之浦 拓


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プッター教の町

 ヨースギスで滞在を経て、再び旅を再開したスタンとアイシャ。二人は今日も馬車に揺られ、その日山裾に広がる新たな町へと辿り着いたのだが……


「うむ?」


「ん? どうしたのスタン?」


「いや、ここはどうも、今までの町と雰囲気が違うと思ってな」


 門をくぐった先に広がる光景に、スタンが軽く仮面を傾ける。今までの町は何処も石造りの建物が多かったのだが、ここは随分と木造の建物が多い。一つ前の町は普通に石造りの建物が多かったので、特別に木材が余っているとか石材が枯渇しているということも考えづらく、その理由がわからなかったのだ。


 だがそれは、あくまでもこの世界の常識に疎いスタンだからこそ抱いた疑問。理由に心当たりのあるアイシャは、特に考えることもなくその疑問に答える。


「あー、そういうこと。多分だけど、この町はプッター教の信者が多いんじゃない?」


「プッター教? そういえば余とサハルを崇めていたご老人達もそんなことを言っていたが、聖光教とは違うのか?」


「それは勿論、違うとも!」


 と、そこでスタン達に、近くにいた男性が声をかけてくる。スタン達がそちらに顔を向けると、男性は柔らかい笑みを浮かべて話を続けた。


「いや、すまない。君達の話が聞こえてしまってね。君達はこのディーヤバダッタの町は初めてかい?」


「あ、はい。私達は旅の冒険者なので……」


「そうかい。なら簡単に、この町のことを説明してあげよう」


 そう言うと、男はゆっくりと話し始める。


「まずは聖光教だけど、ざっくり言うと彼らは世界を創造した神に祈りを捧げ、神が創造した理想にして完全なる人、イヤス・モロビトを救世主として崇める人達だ。神は天にあり、その光で常に人々の心を照らし続けている。なので神の慈悲に対し、人は感謝の祈りを捧げましょう。また神があらゆる人々が生きるために負う罪……心の痛みを癒やすべく産みだしてくれた救世主様に感謝を捧げよう、そういう感じの教義だね。


 対してプッター教は、かつて実在したダイ・プッターと呼ばれる偉大な神官……プッター教では僧侶というんだけど、その人が長い修行の果てに見いだした心理、『悟り』を皆で共有しようという宗教なんだ」


「悟り? それはどういったものなのだ?」


「神はあらゆるものの内にあり、その全てを見守っている。喜びも悲しみも全てはそうした神様の思し召しだから、目先の利益や幸運に溺れず、不利益や悲しみに囚われず、あるがままの日々を健やかに生きよう……というものさ」


「ほほぅ。なるほど確かに、それは一つの真理であろうなぁ」


「でしょう? 別に喜ぶなとか悲しむなってことじゃないんです。ただ激しすぎる感情は他者を見下す傲慢や立ち上がれないほどの悲嘆を生んだりするから、何事もほどほどにしよう、くらいのものなんですが……いやはや、これがなかなかに難しいんですよ」


「ははは、そうだな。言葉として理解できたとて、人の心はそう簡単に制御できるものではない。ならばこそその……ダイ・プッター殿か? も崇められているのであろうしな」


「うわー、アタシには一生悟るのは無理そうね。ちょっとしたことで喜んだり落ち込んだりしまくるし」


「それはそれでいいと思いますよ。生き方や信仰を人に押しつけることこそ傲慢の極みですからね。


 ああでも、せっかくこの町に来たんですから、坂の上にある寺院には行ってみた方がいいと思いますよ。別にプッター教の信者でなくても大丈夫ですから」


「そうなのか。ではせっかくであるし、顔を出してみるとしよう。丁寧な説明を感謝するぞ」


 礼を言って、スタンは腰の鞄から銅貨を数枚取り出して男の手に握らせようとする。だが男は笑顔のままそれを固辞すると、「もしよければその分は寺院に寄付してください」と告げ、そのまま立ち去っていった。


「親切な人だったわね。まあプッター教の信者さんではあるんでしょうけど」


「だな。何にせよ有益な情報であった」


 そこに住む者の人となりを知るのに、どのような神を信じているかは大きな手がかりとなる。ヨースギスでは訳もわからず祈られているだけだったが、その祈りの対象である存在のことを知れたことは、スタンにとっても喜ばしいことだった。


「とはいえ、いきなり寺院に行くというものでもあるまい。とりあえずは冒険者ギルドに顔を出して、色々と話を聞いてみることにしよう」


「そうね」


 スタンの提案にアイシャが同意し、二人は通りを歩いて冒険者ギルドを捜す。するとすぐに見慣れた看板を掲げる建物を発見し、二人揃ってその中へと入っていき……中を見回したスタンが思わず感嘆の声を漏らす。


「おお、ここもなかなか趣のある建物だな」


 一般的な冒険者ギルドは、一階が受付や依頼掲示板など冒険者が仕事をするために必要な場所になっており、二階は事務所や資料室になっていることが多い。


 だがこの町の冒険者ギルドは一階ホールの左右に大きな階段があり、二階部分が食堂になっているようだった。ホールの部分は吹き抜けになっており、そこから伝わってくる喧噪や料理の匂いが、仕事と日常をより強く結びつけているように感じられる。


「冒険者ギルド、チョイヤバダッタ支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「余はD級冒険者のイン・スタン・トゥ・ラーメン・サンプーン……スタンで構わぬ……で、そちらは連れで、同じくD級冒険者のアイシャだ。目的地へ向かう旅の途中でこの町に初めて立ち寄ったので、色々と話を聞かせてもらえると助かるのだが」


 言って、スタンとアイシャはそれぞれ登録証を出す。受付嬢はそれを確認すると、ニッコリと笑って話を続けた。


「スタン様にアイシャ様ですね。初めてでしたら、町の様子に戸惑われたんじゃありませんか?」


「そうね。門の近くで話をしてたら、いきなりプッター教の信者さんっぽい人に宗教について説明されたわよ」


「あはは……他の町と違って、この町では住人の八割くらいはプッター教徒ですからね。建物の様式も、ダイ・プッター様の生まれ故郷を参考にしてるって話もありますし……まあ本当かどうかはわかりませんけど」


「ふむ、ありがちな話だな」


 苦笑する受付嬢に、スタンもまた軽く頷いて返す。人の記憶は移ろいやすく、どれほど偉大な人物であろうとそれは変わらない。長い年月の果てに「真実だから語り継がれている」が「語り継がれているのだから真実である」に置き換わってしまうのはよくある話だ。


 加えてスタンの場合、あのままサンプーン王国でファラオを続けていれば、自分自身が歴史に語り継がれることとなっていたのだ。それを考えれば偉人の伝承というのは人事ではなく、だからこそ会ったこともない過去の偉人(ダイ・プッター)に、スタンは何処か親近感と共に強い賞賛を覚えた。


「だがそれでも、ダイ・プッター殿を慕う者がこれほどの町を築き上げているのだから、それだけで氏の偉大さがわかるというものだ。余もそうありたいものだな」


「ですね。頑張ってください、スタンさん」


 スタンはファラオとして語ったのだが、受付嬢はそれを「冒険者として大成し、名を残したい」と受け取って微笑む。そんな多少のずれはあったものの、その後は軽くおすすめの宿や坂の上の寺院の話などを聞いてからギルドを後にすると、二人は食事を済ませてからそれぞれの部屋に戻った。


「ふぅ、今日も実によい日だったな。にしても、ダイ・プッターか……」


 明かりを消した天井を見上げながら、ベッドに横になったスタンが独りごちる。その頭に浮かぶのは、たった一日で何度も耳にしたダイ・プッターなる人物のことだ。


(数千年もの歴史を誇る宗教の開祖か……一体どんな人物だったのであろうか?)


 サンプーン王国にも太陽神を崇める宗教はあったが、聖光教やプッター教と言うものは聞いたことがない。なかでもプッター教は神ではなく人が至った教えを共有するという考え方に、スタンは強い興味を抱く。


(あのままサンプーン王国でファラオを続けていたならば、余もまた民の心に数千年先まで輝きを残せるような、そんな偉大なファラオになれていたであろうか……?)


 その答えは何処にもない。辿り着くはずだった未来は白紙の過去によって失われ、今のスタンにはファラオの肩書き以外、何も残っていないのだ。


(……いや、違うな。なれたかではない。なるのだ。何せ余はファラオであるからな!)


 だがその怯懦を、スタンは仮面を振って振り払う。ソウルパワーを抽出している関係で眠るときすら脱がないのは少々窮屈だが、その仮面の存在こそがスタンに力を与えてくれる。


(とにかく明日だ。寺院に出向いたら色々と話を聞いてみるとしよう。それほど歴史のある宗教、かつあれほど立派な建物であれば、ひょっとして冒険者ギルドにはないような資料が残っているかも知れぬしな)


 たまにはそんな淡く甘い期待を寄せてみるのも悪くない。そんなことを考えながら、スタンは静かに夜の帳に意識を溶かしていくのだった。

もう一度念を押しておきますが、当作品は完全なるフィクションなので、作中に登場する人物、団体等は、たとえ似た響きのものが存在していたとしても、一切関係ありません(笑)

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