異常なる日常
「やあ諸君! ファラオである余が、依頼を終えて帰ってきたぞ!」
カチッ!
ファラオアントの巣から帰還して、一五日後。その日もスタンは受けた依頼をこなし、元気に声をあげながら冒険者ギルドへと戻っていた。その頭上にはホーンドアントそっくりの見た目ながら金色の体を持つファラオアントのサハルの姿もあり、元気に顎を打ち鳴らして自己主張している。
「ハッハッハー! ファラオアントのお友達、アイシャさんも帰ってきたわよー! ……ねえ、これ本当に毎回やらないと駄目?」
カッチーン!
そんなスタンに続いて入ってきたのは、そろそろ開き直りに磨きがかかってきたアイシャだ。その胸には同じくファラオアントのファティマの姿があり、彼女の顎の打ち鳴らす音は『ただいま戻りました!』という意思をギルド内の皆に伝えてくる。
「まさか自分達が、こんな目立ち方をすることになるとはな……だがまあ、悪くはないさ。そうだろうバースィラ」
カチーン!
そんな二人に続いて、こちらは注目されることにいくらか慣れているローズが入ってくる。その足下では武闘派ファラオアントのバースィラが力強く顎を打ち鳴らしており、更に背後からはローズの仲間達が続く。
「ふふーん! 私目立つの割と好きだよ?」
「わ、私はちょっと苦手です……でも、ファラオアントの子達のためですし……」
「ん、エミリーは偉い。シーナは……まあ普通」
「そこは私も一緒に褒めたっていいでしょー! もーっ、ミムラは!」
仮面が一人と少女が五人。この目立つ存在がファラオアントを連れ回すことにより、その周知は加速度的に進んだ。明確に意思の疎通が出来るのはファティマだけではあるが、他のファラオアント達も身振り手振り触覚振りで感情を表現することくらいはできるうえ、ファラオアント側は人の言葉をほぼ理解しているため、実際にはそう困ることもない。
そして話が通じるとなれば、打ち解けるのは更に早い。注目度の高さも手伝って、今やこの三匹はヨースギスの町の話題の中心であった。
「お疲れ様です皆さん……今日も目立ってますね」
今日受けた依頼の報告にスタン達が受付に行くと、毎度対応してくれている受付嬢が苦笑しながら出迎えてくれる。連日の嵐のような業務のせいで目の下に若干の隈が出来ているが、それでも笑顔を絶やさないのは流石だ。
「今は認知を広げることこそが重要だからな。ファラオであれば、この程度は造作もない」
「でも、そのせいでギルドマスターは頭を抱えてましたよ? 他の支部とか領主様にどうやって報告すればいいんだって、お腹を押さえながらずっと愚痴ってました」
上機嫌に仮面をカクカクさせるスタンに、受付嬢が皮肉っぽい笑みを浮かべて言う。
人は未知を恐れる。新種の魔物が町の側で発見されたなどという情報を聞けば、誰だって不安に思って当然だ。だがだからこそスタン達は積極的に注目を集め、ファラオアント達の姿を町の人々に見せつけていた。実際にその目で見て関われば、恐れるものではないと実感として伝わると考えたからである。
実際、その試みは割と上手くいっている。特に冒険者達に関しては、従魔というものが存在していると知識としてなら知っている者が多かったため、今ではすっかり慣れ親しんでいる。
「おう、アリ公! 元気にやってるか?」
カチーン!
「ハッハッハ、やる気だなぁ。なら今度また相手してやるぜ」
強くなることに熱心なバースィラは、似たような思考を持つ冒険者達に人気だった。どんな町でも一番多いのはD級冒険者なので、訓練の相手としてもちょうどいいらしい。
加えて「魔物相手に命がけでない戦いができる」ということや、話が通じるので普通に手加減などもできるため、新人に経験を積ませるのにもいいのではないかという話も出ていたりする。
「ファティマさん。少しいいですか?」
カチ? カチーン
「ん? いいわよ、行ってらっしゃい」
カチーン!
若い男性冒険者に声をかけられたファティマが、アイシャに見送られ腕の中から飛び出す。ファラオアントのなかで唯一完全に近い会話が成り立つファティマは、魔物に対する興味のある者達に人気だ。
「なるほど、ホーンドモールにはそんな生態が……ではあれも……」
カチカチーン!
「はぁ、何かまた難しい話してるみたいねぇ」
「そちは混ざらぬのか?」
「冗談! あーいうのはアタシには向いてないわよ。それよりアンタこそ、それどうするわけ?」
「むぅ……」
ちょっとだけ寂しそうにしていたアイシャに声をかけたスタンだったが、苦笑したアイシャに逆に心配されてしまう。サハルを頭に乗せたスタンの周囲には、今日も数人の老人が集まっていた。
「ありがたやありがたや……」
「ほんにありがたいこっちゃで……」
黄金の仮面とその上に鎮座して光を発するサハルの存在は、どういうわけか町の一部の老人達の信仰心に強烈に刺さった。最初は町ですれ違う時にちょっと手を合わせられるだけだったというのに、今や「ここにくればスタン達がいる」ということが知れ渡ってしまい、冒険者ギルドの一角に場違いな祈りスペースが誕生してしまったほどだ。
「金に輝く尊きお姿、貴方様こそダイ・プッター様の生まれ変わりじゃあ」
「いや、余はそのような者ではないのだが……」
「ありがたやありがたや。その光を浴びるだけで、わしゃあと三〇年は生きられそうじゃ」
「あたしもひ孫が産まれるまで頑張れそうじゃよぉ」
「ほほぅ、ひ孫とはめでたいな。ならば余からも祝いを出そう。手を出すのだ」
周囲を囲んで祈る老人達の言葉を聞き、スタンがそう言って差し出された老女の手を取る。
「ゆくぞ、ファラオローション!」
「ひぁぁ!?」
スタンの仮面の口がカパッと開き、驚く老女の前で白濁した粘液が垂れ落ちる。それをスタンが丁寧にすり込むと、老女の手が見る間につるつるになっていった。
「どうだ? その手でひ孫を抱いてやるといい」
「おお、これぞ奇跡じゃ! ありがたやありがたや……」
「流石はダイ・プッター様じゃ! ありがたいのぅ!」
「ハッハッハ、このくらいはどうということもない。それと余はファラオであって、ダイ・プッターなる者ではないぞ」
「ああ、そうじゃったのぅ! ダイ・プッターのファラオ様じゃ!」
「ありがたやありがたや。ありがたいファラオ様じゃ」
「うむうむ、それならばよい!」
「いいのかよ……いや、いいけどさぁ」
満足げに頷くスタンに、アイシャが微妙な表情で突っ込みを入れる。そんなアイシャに話しかけてきたのは、他ならぬシーナ達だ。
「相変わらずスタン君は凄いねー」
「でも、ちょっと気持ちがわかります。私もあの光を見ると、何だか祈りたくなっちゃいますし」
「えぇ、そう? アタシにはいつもと変わんないようにしか見えないんだけど……?」
「それはアイシャがスタンに慣れすぎてる証拠。あれをみて『いつもの光景』と思ってしまう時点でおかしい」
「うぐっ!? い、言われてみれば……」
光るアリを頭に乗せた仮面男を日常の光景として受け入れてしまうのは、どう考えても普通ではない。ミムラに指摘されて改めて自分の現実が侵食されていることに気づいたアイシャが実にしょっぱい表情になると、それを見たローズが楽しげに笑う。
「ははは、いいじゃないか。私はもう慣れたぞ」
「ローズさん……ひょっとして、ちょっと無理してません?」
「ハハハ、ソンナコトナイサー」
心配して声をかけるアイシャに対し、ローズがどこかうつろな目で答える。度重なる現実離れした光景に、最近のローズの常識はかつてないほどグラグラに揺れ動いていた。今なら朝日の代わりに細長い猫が昇ってきても受け入れられる気がする。
「ごめんなさいローズさん! うちのファラオがご迷惑をおかけして……」
「ローズ、少し休む? 今ならシーナのムチムチの太もも枕もある」
「そんなムチムチじゃないよー!? ローズがして欲しいならいくらでもしてあげるけど」
「教会で祈りを捧げたり、寺院で座禅なんかも心を落ち着けるにはいいですよ!」
カチカチカチーン!
深く頭を下げるアイシャと心配してくれる仲間達に加え、いつの間にやら戻ってきたバースィラまでもがローズの足にコツンと頭をぶつけて励ましてくる。その様子にローズは笑顔を取り戻し、その場でしゃがむとそっとバースィラを撫でた。
「ふふ、バースィラにまで心配されては立つ瀬がないな。よし、こういうときは体を動かすか! 皆も付き合え!」
「ん? いいよー!」
「むぅ、まあいいけど」
「頑張ります!」
カチーン!
「……え、これアタシもやる流れ? 身体強化の訓練で、割とヘトヘトなんだけど……?」
「ふふふ、日数も決まっていることだし、アイシャも頑張りたまえ」
「えーっ!? あーもう、何もかもファラオのせいよ、バカー!」
「むおっ!? 何だ突然!?」
静かに拝まれていただけなのに、何故か突然アイシャから罵倒の言葉を投げつけられて戸惑うスタン。今日もまたヨースギスでの一日が、こうしてゆったりと平和に流れていくのだった。





