特別な贈り物
「な……え……な、何? えっと…………何!?」
目の前で起きた謎の現象に、アイシャの語彙が死ぬ。突っ込みたいことが喉元で大渋滞を巻き起こしており、逆に言葉が出てこないのだ。それは他の者達も同じで、全員が口をパクパクとさせているのだが、スタンはそれを気にすることなく再び女王に話しかける。
「さて、では女王よ。そちが今後産む卵は全てファラオアントになるであろうが、今既にいる者達は別だ。しかしその者達もまた余の配下に他ならぬ以上、差別はよくない。
故に皆をここに集め、一列に並ばせるのだ。余が手ずから叙任して進ぜよう」
カチッ!!!
スタンの申し出に、女王が嬉しそうに顎を鳴らす。次いですぐにカチカチと音を響かせると、巣穴の奥から黒いアリの群れがぞろぞろと這い出してきた。
カチカチカチ……
「ははは、そう緊張するな。ほら、これでそちも今日からファラオアントだ」
カチーン!
スタンがミニファラオ君を角に被せると、ジャストフィットしたそれがパッと輝き、ありきたりなホーンドアントの体がほんのり金色に染まる。だが女王とは違い、それ以外はそのままだ。
カチ?
「この仮面はファラオの証だからな。そうなりたいと願うなら、そちも王を目指して頑張るといい。さ、次だ」
カチッ!
やる気満々といった感じで触覚を揺らしてそのアリが去ると、次のアリがすぐにやってくる。そうして三時間ほど使い、スタンは巣にいたほぼ全てのホーンドアントおよび、二回りほど体の大きい戦闘種であるソルジャーアントをファラオアントへと進化させた。
「ふぅ。では次はそち達だな。こちらに来るのだ」
ガチンッ!
ずっと女王の側に控えていたナイトアントの二匹が、スタンに呼ばれてその前にやってくると、膝をついて頭を垂れる。その頭の角にそっとミニファラオ君を被せれば、彼らの赤い体が艶めくローズゴールドへと変化した。
「おお、これは美しいな。ならばそち達は、これよりファラオナイトアントと名乗るがよい。これからもしっかりと主を守るのだぞ」
ガチンッ!
直立の姿勢を取った二匹が、渾身の力を込めて顎を打ち鳴らす。そうして二匹が女王の側へと戻ると、最後に残ったのは通常のホーンドアントが三匹。最初にスタンの元に訪れ、ここまで導いてきた三匹だ。
「さあ、最後はそち達だ。こちらに来い」
カチ……
理由もわからず自分達だけがのけ者にされていた三匹が、心細そうに顎を鳴らしてスタンの前にくる。するとスタンはその場に腰を落とし、三匹の体をそっと撫でた。
「不安がらずともよい。そち達こそが、余をここに招いた最初の三匹だ。故にそち達には、ミニファラオ君と共に特別なものを贈ろう」
カチ?
首を傾げるホーンドアントの角にそっとミニファラオ君を被せると、スタンが静かにそれを告げる。
「そちの名はファティマだ。我らは人とアリなれど、種を超え共に歩むものである」
カチッ!?!?!?
贈られたものの大きさに理解が追いつかず、ホーンドアント……ファティマが戸惑う。そんなファティマをスタンは優しい目で見てから、次のホーンドアントに向き合う。
「そちの名はバースィラだ。死を恐れてなお余の前にやってきたその勇気を賞賛する」
カチッ!
贈られたものの誇らしさに、バースィラが力強く顎を鳴らす。それを見て小さく頷いたスタンは、最後に残った一匹に向き合った。
「そちの名はサハルだ。暗き夜を越え夜明けをもたらしたそちに、ファラオたる余の祝福を与えん」
カチ……カチッ!
贈られたものの暖かさに、サハルは震える顎を打ち鳴らす。そうして並ぶ三匹を前に、スタンは改めて両手を広げて宣言する。
「さあ、ファラオの戦士としてとく目覚めよ!」
カチーン!!!
三つの顎が揃って打ち鳴らされ、角に被せられたミニファラオ君が消失する。すると三匹のアリ達が眩く輝き、その体が変化する。
「……あれ? 何か他の子達より光ってない?」
まぶしさに我に返ったアイシャが、生まれ変わった三匹の姿を見て軽く首をかしげる。他のファラオアント達が淡い金色……ちょっとくすんだ黄銅のような色なのに対し、この三匹は紛うことなく金色だ。比べなければわからないかも知れないが、比べてしまうと艶が違う。
「ふふふ、違うのは見た目だけではないぞ。バースィラ! そちの力を見せてやれ!」
カチーン!
顎を打ち鳴らしたバースィラが、アイシャの脇を風のように駆け抜け、土壁に向かって突進する。するとドンッという大きな音と衝撃に合わせ、土壁に大きなへこみができた。
カチカチカチ!
「おぉぅ、凄いわね。凄いけど……これ、どのくらい凄いの? あの、ローズさん?」
「あー、そうだな。この威力の攻撃が出来るなら、単体でD級上位くらいの分類になるだろうか?」
アイシャの問いかけに、ローズは自分の見立てを語る。ホーンドアントは元々D級難度の魔物だが、それはあくまでも複数体を同時に相手にすることが前提だからだ。単体でこれだけの力があるなら、最低五匹の斥候部隊でも討伐難度はC級に届くと予想される。
(これは、大丈夫なのか? 上手く報告できなければ、凶悪な利敵行為として我々の首が物理的に飛びそうなんだが……)
「まだまだだぞ。ファティマ!」
カッチン!
そんなローズの内心をよそに、スタンが新たな名を呼び、呼ばれたアリ……ファティマがやってくる。だが今度は戦ったりするわけではなく、皆の前に歩み出ると、その顎を打ち鳴らし始めた。
カチカチ、カチカチカチ……
「えっ!? ね、ねえミムラ。私この子が今『初めまして、ファティマです。よろしくお願いします』って自己紹介したように感じたんだけど……?」
「私も感じた。ローズとエミリーはどう?」
「あ、はい。私も、なんとなくそんな感じが……これって!?」
「まさか、意思疎通ができる……!?」
カッチーン!
「そうだ。人とアリを我らとするファティマは、その気持ちをなんとなく伝えることができる。やはり円滑な関係の構築には、互いの意思が伝わった方がいいであろうからな。
そして最後は、サハル!」
カチッ!
スタンに名を呼ばれ、誰よりも誇らしげにサハルが顎を鳴らす。するとその体から柔らかな光が放たれ始め、一同の体を照らしていく。
「光るだけ? でもこれ、何か温かいっていうか、落ち着くっていうか……」
「何だか凄く癒やされる気がする……」
「ホントだ、疲れが抜けていく感じがありますね。ひょっとして私の回復魔法みたいな効果があるんでしょうか?」
「サハルの光はあらゆる闇を照らしだし、その魂を癒やす効果がある。傷を治したりはできぬだろうが、逆にそちらはいくつも手段があるからな。ありがとうサハル。もういいぞ」
カチッ!
スタンの言葉に光を収めると、サハルがスタンの足下に近寄っていく。褒めて欲しそうにゆらゆらと触覚を揺らすサハルに、スタンは当然のようにその体を撫でた。
「よしよし、よくやったな……ということだ。どうだ? 余の配下にふさわしい、立派なファラオアントになったと思わぬか?」
「そうね。話ができるのはいいわよね。よろしくファティマちゃん」
カッチーン!
「バースィラちゃん、凄いねー! 今戦ったら、私負けちゃうかも?」
「お腹に受けたらリバース確定。シーナのお尻ガードを推奨」
「お尻だってあんなの受けたら大変だよ!」
カッチーン!
「サハルさんのその光って、どうやって出してるんですか? 頑張れば私も光ったりできるでしょうか?」
カチッ?
「ははは、どうやら打ち解けてくれたようだな。うむうむ、頑張った甲斐があったというものだ」
アリ達とアイシャ達が仲良く話し始めた光景を、スタンは満足げに仮面を揺らしながら見つめる。その側には徐々に他のファラオアント達も集まっていき、少しずつ人とアリの交流が広がっていく。
「にしても、わかり合えぬ者達がわかり合う光景というのは、何度見てもいいものだな。ローズ殿もそう思わぬか?」
だがそう話を振られたローズはというと……
「そう、だね。それは本当にその通りだと思うよ」
(これを素直に受け入れられないのは、私の対応力が低すぎるからか? それとも皆の柔軟性が高いんだろうか? わからん……)
スタンの言葉に何の異論もない反面、常識に縛られて未だ戸惑い続けている自分の在り方に、何とも言えない表情で内心頭を抱えるのであった。





