一歩先のファラオ
その後特に何事もなく町へと帰った一行は、消耗品の買い出しや食事を済ませ、色々な意味で疲れた心と体をぐっすりと眠って癒やし……そして翌日。その日もまた昨日と同じように長距離マラソンをこなし、クタクタになったスタンとアイシャは魔力を流し込まれていたのだが……
「む?」
自分の中に押し入ってくる、自分のものではない力。その存在を昨日よりもはっきりと感じ取り、スタンは思わずうなり声をあげてしまった。
「? どうしたのスタン?」
「いや、昨日よりもはっきりと魔力の流れを感じるというか……」
「え、もう!?」
スタンの言葉に、ミムラが驚きの声をあげる。普通に考えれば思い込みや勘違いの類いだろうが、それでも本人が言うならとミムラは次の段階を試してみることにした。
「なら、今から私はゆっくりとスタンの中から魔力を抜いていく。そうしたら空白になった場所に自分の魔力を流し込んでみて」
「いや待て。そちの魔力が抜けるのはおそらく感知できると思うが、余の魔力と言われても……」
「大丈夫。魔力で広げた場所だから、空っぽになれば勝手に魔力が流れ込む。スタンはそれをしっかり感じ取ればいい」
「そ、そうか。わかった、やってみよう」
今ひとつピンと来なかったが、それでも言われたとおりにスタンは自分の左手に意識を集中させる。するとそこからズルリと何かが抜けていき……同時に自分の中の何かが、そこを満たすべく流れ込んでいくのを感じる。
「これ、か?」
「集中! 流れ込む勢いがあるうちに、強く引き込んで体を内側から押し上げる感じ!」
「むむむむむ……むぅ!?」
自分に分け入ってきたミムラの魔力に比べれば随分とか細い力の流れだったが、それをスタンは必死に引きずり出そうとする。しかしその勢いが弱すぎてどうにも上手くいかない。
(ミムラの魔力が川の流れだとすれば、余の魔力は湧き水といったところだな。これでは……いや、待て)
と、そこでスタンは昨日の出来事を思い出した。己の意思とは無関係に光っていたらしいときに感じた、あの全能感。あの時スタンのなかには慣れ親しんだ力と未知なる力、その二つが渦巻いて混在していた。
(未知なる力の正体は、これだ! ならばもう一つの力は……)
思い当たるものなど、スタンには一つしかない。この地に目覚めてからはほぼ毎晩抽出していることですっかり使い慣れてしまった魂の力、ソウルパワーをか細い魔力の流れに混ぜ込んでいくと……スタンの手が、ビクンと跳ねた。
「ファラッ!?」
「きゃっ!? な、何!?」
「あ、いや、すまぬ。どうも余の予想よりもずっと力が強かったというか……なるほど、これが身体強化というやつの恩恵なのか?」
言って、スタンは近くの石を拾い上げると、ギュッと握る。すると小石は粉々になり……スタンの手はシワシワに干からびた。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!? ちょっ、スタン、それ!?」
「……なるほど、併用するとこうなるわけか」
「何でそんな落ち着いてるの!? エミリー! 回復! 回復魔法! 早く!」
「え? 何が……うわぁぁぁ!?」
焦って声をあげるミムラに呼ばれたエミリーが、スタンの手を見て悲鳴をあげる。
「スタンさん!? ミムラ、何したんですか!?」
「な、何もしてない! 本当に何もしてないから!」
「とにかく、すぐに回復魔法を、えっと、えっと……」
「はいはい、二人とも落ち着いて……うぷっ。コイツは大丈夫だから……うぷっ」
あたふたするミムラとエミリーに、自分の方があまり大丈夫そうではないアイシャが声をかける。そのまま慣れた手つきで水筒を取り出すと、スタンの仮面の口元をカパッと開き、水筒を突っ込んで水を飲ませた。
「まったくアンタは……これで平気? それとも手だけみたいな場合は、そこに直接水をかけた方がいいの?」
「んぐっ、んぐっ……ぷはっ! まあ平気だが、何というか、だんだん扱いが雑になっておらぬか?」
「そりゃアンタが頻繁に干からびるからでしょ! あのね二人とも、スタンはこうやって時々干からびるけど、水飲ませとけば平気だから、気にしないで」
「ひ、頻繁に干からびる!? 意味が、意味がわからない……!?」
「人体が干からびるなんて、余程のことですよ!? しかもそれが水を飲んだだけで即座に元に戻るなんて、一体どういう仕組みなんですか!?」
「そんなのアタシだって知らないわよ。それでも強いて言うなら……」
チラリと視線を向けるアイシャに対し、スタンが胸を張って言う。
「余がファラオであるからだ!」
「……だそうよ」
「……………………」
「訳がわからないですぅ……」
呆れた表情で肩をすくめるアイシャにミムラは今日も絶句し、エミリーはちょっと泣きそうな顔になる。そしてそんな二人の様子に、少し離れたところから警戒もかねて見守っているローズとシーナもまた、困惑の表情を浮かべている。
「あ、あははー。スタン君、本当に凄いね-」
「そう、だな。凄いな……いや、凄いというか……まあ凄い、な…………」
凄いの一言で片付けられる許容範囲はかなり超えている気がするが、それ以外には言葉が出てこない。そんな常識人達の反応を尻目に、アイシャが普通にスタンに話しかける。
「にしても、アンタもう身体強化が出来るようになったわけ? アタシは全然なんだけど!?」
「そう言われてもな。というか、普通はどのくらいで出来るようになるものなのだ?」
「……あ、私? 私は習得に三ヶ月かかった」
スタンに仮面を向けられたミムラが、我に返ってそう答える。するとそれに続いて、エミリーも意識を戻して会話に加わってくる。
「ミムラには私が魔力を流し込んだんですけど、ミムラ自身の保有魔力がとても多かったので、なかなか流し込むのが難しかったんです。それもあって感覚を掴みづらかったんじゃないかと……」
「だよねー。アタシは一月で身につけたよ!」
そこにシーナも加わり、ブイとばかりに指を二本立ててニヤリと笑う。なお元々身体強化の出来ていたローズの体をエミリーとミムラが調べ、更に自分自身で推論を検証し、そうして得た答えを試したのがシーナだっただけなので、別にシーナが才能にあふれていたというわけではないのだが、それは言わぬが花である。
「なるほど、個人差はあって然りだが……ではそち達の見立てでは、アイシャはどのくらいで身体操作を身につけられそうであろうか?」
「どう、エミリー?」
「そうですね、アイシャさんの魔力量はシーナと大差ないですから、一応同じくらいでいけるとは思うんですけど……」
「そうか。ならばアイシャよ、身体強化が身につこうとつくまいと、一月で町を出るということでどうだ? 流石にずっとここに滞在して、ローズ殿に迷惑をかけるわけにはいかぬからな。
ローズ殿もどうであろうか? 無論そちらの都合に合わせる故、長すぎるということであればいつ打ち切ってくれても構わぬし、その分の報酬を払ってもいいのだが……」
「いや、報酬はいらないし、そのくらいなら付き合おう。我々としても……色々と学ぶことはありそうだしね」
当初の予定では、ローズは数日面倒をみて終わりにするつもりであった。だが謎多きスタンの存在に興味を引かれていたり、仲間達がアイシャと打ち解けて仲良くなっていること、そして何より一番の懸念であったエミリーが、スタンに対してはあまり忌諱していない……まあ性別以前に気にすることが多すぎるからかも知れないが……ということもあり、今はしばらくこの関係を続けるのを悪くないと考えている。
ならばこその承諾に、スタンもまた仮面を傾けて頷く。
「ということだから、頑張れよアイシャよ! 余はもう出来るようになったからな!」
「アンタのそれ、できるって言っていいわけ? 普通干からびない……干からびないですよね?」
「干からびないな」
「干からびないねー」
「干からびるわけない」
「干からびたりはしないですね」
一瞬心配になって問うたアイシャに、ローズ達が口を揃えて答える。身体強化は干からびない、その当たり前の事実を再確認して、アイシャはほっと胸をなで下ろした。
「ほら見なさい、やっぱりそれ出来てないのよ! アタシも頑張るけど、アンタもちゃんとした身体強化が出来るように頑張りなさい!」
「む、むぅ? まあ、確かにいちいち干からびるのは不便であるしな」
アイシャに凄まれ、スタンが一歩後ずさる。だが応用を身につけたからといって基礎をおろそかにするようではファラオの名折れ。すぐに気を取り直し、気合いを入れ直す。
「よし、では共に頑張るか、アイシャよ!」
「そうね。正直アタシはそこまで頑張りたくはないけど……うぅ、何かまた気持ち悪いのが戻ってきたかも……」
二人はその場に座り込み、改めて訓練を再開するのだった。





