見極めとお誘い
明けて翌日。スタン達が約束通りに冒険者ギルドに顔を出すと、人混みのなかから大声で呼びかけられる。聞き覚えのある声にスタン達が振り向いて近づくと、そこにはシーナやミムラを含む四人組の女性冒険者の姿があった。
「おはよー、アイシャ! それにスタン君! 朝の冒険者ギルドは混み混みだから、すぐ見つかってよかったよー!」
「ハハハ、そうか。まあ余の持つファラオの輝きは、どんな場所でも知らずに放たれているからな。目立つのもやむなしだ」
シーナの言葉に、スタンが上機嫌でそう答える。それを聞いた全員の胸の内に「目立ってるのは仮面のせいでは?」という思いが浮かんだが、誰かがそれを口にするより早く、四人の中で一番年長と思われる女性が口を開いた。
「君がスタン君か。私はこのパーティのリーダーで、C級冒険者のローズだ。よろしくな」
「ローズ殿か。余はD級冒険者のイン・スタン・トゥ・ラーメン・サンプーンだ。長い故に、スタンで構わぬぞ」
スタンと同じくらいの女性としては高い身長を持ち、年齢はおそらく二〇歳ほど。まっすぐに伸びた艶のある茶髪を肩口ほどで切りそろえ、胸や腕など要所に金属板の張られた革鎧を身につけ、腰には長剣を、背中には大きな金属製の盾を背負ったローズの差し出す手を、スタンががっちりと握り返す。
「私は癒法士でD級冒険者のエミリーです。よろしくお願いします」
「エミリーね。アタシはアイシャよ。同じD級冒険者同士、仲良くしてね」
そんな二人の隣では、首元で揃えられた金髪が内向きにくるんと丸まる可愛らしい髪型と青いサーコートに身を包んだ、自分と同い年くらいの小柄な少女エミリーの挨拶に、アイシャが笑顔で答えている。そうして互いに自己紹介を終えると、改めてローズがスタン達に話しかけた。
「さて、スタン君にアイシャさん。どうやら私の仲間が色々とお世話になったようだね。まずはお礼を言わせてくれ、ありがとう」
「世話をしたというほど大げさなものではないぞ。単に乗合馬車で一緒になり、話をしただけだ」
「そうよね。途中で魔物に襲われたりとかもなかったし、お礼を言われるようなことは……」
「だが、シーナとミムラの二人が馬車で暴れたと言っていたぞ? それに何やら高価な魔導具ももらったとか」
「あー、それは……」
ローズの言葉に、アイシャが思わず苦笑する。その視線の先ではシーナがそっぽを向いてとぼけた顔をしており、それをミムラがじっと睨んでいる。素直に報告したのかあの御者からの苦情が届いたのかはわからないが、少なくともやらかしたことはきっちり伝わっているらしい。
「馬車の件は、まあ年頃の娘であるからな。多少元気がいいのは愛嬌のうちであろう。それに魔導具……は、余が勝手に贈ったものだ。それで恩に着せたり、何らかの取引をするつもりはない。欲しいと言うのであればローズ殿やエミリーにも追加で渡しても構わぬ……その程度のものだしな」
「ほぅ? それは随分と気前がいい話だけれど、残念だが遠慮しておくよ。ミムラから聞いた話だと、これは人の命を吸い取る魔導具なんだろう? 安全だとも聞いたし、実際今のところミムラ達に影響は出ていないが……それでもリーダーの私が持つのは、ちょっとね」
「ちょっ、ローズ!? そんな言い方……っ! 違う、スタン。私は――」
スタンの申し出を断ったローズに、ミムラが慌てて弁明を口にする。だが言われた方のスタンは気にした様子もなく、むしろ賞賛するような言葉をローズに返した。
「大丈夫だミムラよ。ローズ殿の言うことはもっともであり、人を率いる者としてその慎重さは褒められこそすれ、責められるものではない。それに余としても無理に渡すつもりはないし、何らかの問題が生じたならば、言ってくれれば引き取りさえしよう。
だがミムラにも言った通り、売ったり捨てたりするのはやめてくれ。どうしてもという時は、冒険者ギルドに余宛てで預けてもらえると助かるのだが」
「わかった。もし処分するときはそうしよう」
(ふむ、人は見た目によらないというが、本当らしいな)
不振を隠さない自分の言葉を正面から受け止めたスタンの様子に、ローズは内心でそう考える。
(こんな仮面を被っているから、さぞ自己顕示欲が強い者だとだろうと思って警戒したが、杞憂だったか? それでも変わり者には違いないのだろうが)
女性ばかりのパーティのリーダーということもあり、邪な考えを持って近づいてくる者は今も昔も事欠かない。なので今回も好奇心の強いミムラを餌で釣り、そこから自分達に接触を図ろうとしているのかというローズの懸念は、この時点である程度だが払拭された。
無論完全に信頼して気を許すには遠く及ばないが、それでもいきなり怒ったり強引な手段を取る相手でないなら、後は普通に冒険者同士として接すればいいだけの話なのだ。
「まあとにかく、そちらの思惑がどうであれ、シーナとミムラが世話になったことは間違いない。何か我々で手助けできることがあれば、多少は力になろうと思うのだが、どうだろうか?」
「そうだな……」
そんな内心をおくびにも出さずそう口にするローズに、スタンはわずかに考え込む。昨日の時点から色々と考えてアイシャとも話し合っていたのだが、実際にローズやパーティの雰囲気を見たことで、何を頼むかはすぐに決まった。
「では、そち達の仕事に同行させてもらうことは可能か?」
「ん? それは私達と臨時パーティを組みたいという意味かい?」
「そうでもいいし、単純に見学でも構わぬ。その場合は報酬もいらん」
「……? 何故そうしたいのか、理由を聞いても?」
怪訝な顔で問いかけてくるローズに、スタンはアイシャと軽く顔を見合わせてから言葉を続ける。
「うむ。実はな、アイシャは半年前、余に至っては四ヶ月程前に冒険者として登録したばかりなのだ」
「えっ!?」
「半年に、四ヶ月!? それでD級って、凄くない!?」
スタンの告白にローズ達が驚き、中でもシーナが声をあげる。そうしてスタン達を交互に見ると、アイシャが軽く死んだような目をして答える。
「凄いというか……ちょっと事情があって、とんでもない勢いで、誰もやらないような雑用依頼を片っ端からやりまくったのよ。もう一回やれって言われたら、絶対に断るわ……」
「そ、そうなんだ……二人とも苦労してるんだね」
「まあ、それなりにな。そんなわけなので、余達には冒険者としての知識や経験……とりわけD級冒険者としてのものが決定的にかけておるのだ。無論誰でも最初は初心者というのはわかるが、先達に教えを請う機会があるのなら、それを拒否して自分達だけで頑張る必要もなかろう?
その点、そち達は経験豊富なローズ殿に率いられたよいパーティだと見受けられる。故にその仕事ぶりを見せてもらえればと思ったのだ」
「本来なら昇級した町の冒険者ギルドで先輩から教わればいいんだろうけど、ほら、アタシ達って旅してるでしょ? そうなるとそういう人がいなくて……シーナもミムラも同い年くらいで話しやすかったし、ならいいかなって話してたの。どう?」
「ふむ……皆の意見を聞きたい。どうだい?」
スタンとアイシャの申し出に、ローズが仲間に問いかける。何故急いで昇級したのかとか、何故そんな状態で旅に出たのかなどの疑問点はあるが、そういうプライベートな部分を除けば、スタン達の申し出は特におかしなものではなかったからだ。
「えっと、ローズさんがいいなら、私も別にいいですよ? ただその、スタンさんには少し距離を取ってもらえたら嬉しいですけど」
「私は勿論、大賛成ー! スタン君は面白いし、アイシャは話も合うしね!」
「私も問題ない」
「消極的賛成一に、賛成二か……なら考えるまでもないな。いいだろう。こちらの注意事項に従ってくれるなら、その申し出を受けよう」
「おお、それはありがたい。よろしく頼むぞ」
「よろしくね、みんな!」
承諾するローズの言葉に、スタンとアイシャが喜びの声をあげる。こうしてスタン達は、旅先にて先輩冒険者パーティと一緒に依頼を受けることが決定した。





