大盤振る舞い
新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
(ねえシーナ、アンタのお仲間、ちょっとチョロ過ぎない? 何か心配になるレベルなんだけど)
(うーん、普段のミムラはあんな感じじゃないから、アイシャの相棒君が女たらしなだけじゃない?)
(本気? 仮面よ!?)
(うぐっ、それはそうだけど……)
そんなスタンとミムラのやりとりを見て、アイシャとシーナがこそこそと内緒話を交わす。ミムラはともかくスタンのファラオイヤーにはその内容が聞こえていたのだが、そこはあえて何も触れない。ファラオ危うきに近寄らずである。
「あー、まあいいや。ねえスタンくーん! ミムラにくれるなら、それ私にもちょうだーい!」
「ちょっ!? シーナ、いくら何でもそれは図々し過ぎる!」
場の空気を変えるべくあえて軽い口調でおねだりするシーナに、ミムラがむっとした表情で声をあげる。だがねだられた当人であるスタンの方は、軽く笑いながら新たなミニファラオ君を取り出した。
「ハハハ、いいぞ。ほれ」
「へ!? あ、ありがとう……これ本当にもらっていいの?」
「うむ。手持ちはまだあるから、気にするな」
「ふーん……じゃあもらっとくね」
まさか本当にもらえるとは思っていなかったシーナだったが、くれるというのなら受け取らない理由もない。ニコニコしながらミニファラオ君を観察するシーナに対し、スタンが注意事項を付け加える。
「念のため言っておくが、それを売るのはやめておけ。一見金に見えても、それはサンプーン王国で作られた合金製だ。故に宝飾品の類いとして売れば偽金として安く買いたたかれ、魔導具として売ろうとすれば、魔力で動かぬガラクタとして扱われてしまうであろうからな」
「あははー、流石にもらい物を売ったりしないよー!」
「それは当然。でも……ねえシーナ。シーナの分も私にくれない?」
「ん? 私の? 何で?」
自分だけがもらったならともかく、同じ物を先にもらっているミムラがこれを欲しがる理由がわからない。首を傾げて問うシーナに、ミムラが真剣な表情で答える。
「これ、ちゃんと調べたい。でも調べるとなると分解したりする必要があるから、オリジナルも手元に残したい」
「そっか。なら――」
「そういうことなら、もう一つ進呈しよう」
シーナが「いいよ」と言って自分の分を渡すより先に、スタンが三つ目のミニファラオ君を取り出し、ミムラに手渡す。すると両手にミニファラオ君を乗せたミムラが、途端にあたふたし始めた。
「え!? いや、それは流石に悪い! 未知の力で動く魔導具……じゃなくて、魂装具? そんなのをただもらうだけなんて、いくら何でもスタンが損し過ぎてる!」
「そうだよー。そりゃ私はくれる物は全部もらっていくタイプだけど、もらいっぱなしは気になるよ。ミムラが駄目って言うなら、私の体でも――キャン!?」
「シーナ! 馬鹿! シーナ!」
さっきよりも語彙が減った分力が増したミムラの拳骨が、シーナの尻に炸裂する。
「痛い! 痛いよミムラ! そんなにやったらお尻が割れちゃうから!」
「最初から割れてるから問題ない! むしろそのたるんだお尻を引き締めるべき!」
「酷いよー! もー、こうなったら……」
「……お客さん?」
「「アッハイ、ゴメンナサイ」」
御者台から聞こえた低い声に、じゃれていたミムラとシーナがすぐに大人しくなる。だが姿勢を正したミムラは、改めてスタンに声をかけてきた。
「シーナの冗談はともかく、本当に何かお礼はしたい。スタンは何か、私達にして欲しいこととかない?」
「ちょっとだけだけど私達の方が先輩冒険者だし、うちのリーダーはC級だから、そこそこの融通は利くと思うよ? どう?」
「ほう? それはなかなか魅力的な誘いだが……では一つ頼みたいことがある」
そう言ってスタンが仮面の裾から取り出したのは、足を揃えてまっすぐ伸ばし、両手を広げて立つ人のような形をした物体……アンクだ。
「これと同じものを見かけることがあったら、それがどこにあったかなどを教えてくれぬか? もし実物を持ってきてくれるなら、買い取ってもよい。と言っても状態のよいもので上限銀貨一枚くらいだが」
「へー、何これ? 教会の聖印……じゃないよね?」
「似てるけど違う。スタン、これ何?」
「これはアンクといって、ソウルパワーを溜めておく道具だ。ソウルパワーの知られていないこの国ではゴミのような扱いをされていることもあるだろうが、余ならば使い道があるからな。もののついでで見かけたならば、確保してくれるとありがたい」
「わかった。なら見つけたら拾っておく。もし銀貨一枚より高い値段で売ってたりしたら、どうする?」
「その場合はどこで売っていたかを教えてくれればよい。それ以上の金を出すほど価値のあるものでもないからな」
「ん、了解」
「わかったよー。じゃあ後でリーダー達にも言っておくね」
スタンの言葉に二人が頷き、それを以て一端会話を終える。その後は適当に雑談をしながら過ごし、次の町に着いたところでスタン達はシーナ達と別れることとなった。
「それじゃアイシャにスタン! また明日ねー!」
「冒険者ギルドで待ち合わせ」
「うむ、ではまた明日だ」
「二人とも、またねー!」
夕焼けに染まる町並みに、シーナとミムラが溶けていく。そうして二人を見送ると、スタン達もまた適当な宿を取ってから、いい匂いのする通りを歩いて本日の夕食を決める。冷えたエールを呷り、湯気の立つ肉団子入りのパスタを食べながら、アイシャがスタンに話しかけてきた。
「もぐもぐ……そういえばスタン、アンタあれ、あんなに簡単にあげちゃってよかったの?」
「あれ? あげたということは、ミニファラオ君のことか?」
「そうそう。デブラック男爵領ではみんなに配ってたけど、マルギッタの町では誰にもあげてなかったでしょ? その違いって何なの?」
「ああ、そういうことか。以前にも言ったが、ミニファラオ君一つが集めるソウルパワーは微々たるものだ。男爵領の時のように、一カ所でまとまった数を配るのでなければ、一つや二つ渡したところでほとんど意味がないからな」
「じゃあ、何で今回はあげたの? まさか本気であのミムラって子が気に入ったとか?」
ジト目を向けてくるアイシャに、スタンは軽く笑って返す。
「ハッハッハ。確かにあの娘はなかなかに見所のある者だったと思うが、一番の理由はあの娘が魔法を使え、かつソウルパワーに興味を示したからだな。魔法が使えぬ余にはどうやっても無理だが、あの娘ならば魔法とソウルパワーの関係を解き明かすことが出来るかも知れぬと思ったのだ」
「ふーん? でもそういうことならちゃんとした研究機関とか、あるいはデブラック男爵領のみんなにお願いでもすれば、凄く必死に調べてくれるんじゃない?」
「そうであろうが、その場合は情報漏洩が問題となる。余が頼んだ者達が誠実であったとしても、金と人員をつぎ込んで何かを調べているとなれば、その情報は必ず流れるからな。そしてそうなった場合、現状の余では対処しきれぬ。
故に今は、個人が趣味で調べるくらいでちょうどよいのだ。少なくとも余がファラオとして揺らがぬ地盤を築くまではな」
「相変わらず面倒なこと考えてるのねぇ。まあアタシだって、分不相応な騒動に巻き込まれるのはごめんだけど……今更……ううん、やっぱ何でもない」
これまでの日々を思い返すと、身の丈に合わない事件ばかりがガッツリ思い出されたが、目の前で仮面の隙間に肉串を突っ込むファラオの姿に諦めのため息を吐く。
何もかも皆ファラオのせい。だがそれを楽しむ自分もいるのだから、本当にどうしようもないと苦笑するしかないのだ。
「……あー、じゃあアンクは? 何であれを急に探し始めたの?」
故にちょっとしたごまかしも含めて、アイシャは話題を次に移す。するとスタンはカパリと開いた仮面の口にエールを流し込んでから話を続けた。
「それに関しては……まあ検証のようなものだな」
「検証? 何を確かめるわけ?」
「うむ。これは前から思っていたのだが……ひょっとしてここは、サンプーン王国なのではないか?」
「……へ?」
全く予想していなかったスタンの言葉に、アイシャは思わず間抜けな声をあげてしまった。





